11・真の聖女の幸福と、偽りの聖女の転落
「……以上で、採寸は終わりとなります。オブシディア辺境伯夫人のウェディングドレスを仕立てられるなど、光栄の極みです。最高のドレスをお作りいたしますね」
「ありがとう、とても楽しみにしています」
アートルム様と、正式に結婚式を挙げることになり――最近は日々、そのための準備を進めている。
結婚式と一言で言っても、ウェディングドレスをオーダーしたり、当日料理人に作ってもらう料理のメニューを決めたり、関わりのある貴族達に招待状を書いたり……やることはいろいろある。
オブシディア辺境伯の結婚なのだからかなり盛大な式となるのだし、オブシディア夫人……私のお披露目会のようなものでもあるから、気を抜くわけにはいかない。
(でも……正式にアートルム様と愛を誓い合えるというのは、純粋に、嬉しいな)
胸の奥が温かくなるのを感じながら、採寸に来てくれていた裁縫師さんに礼をする。
裁縫師さんが部屋を出て行った後、入れ替わりでアートルム様が入ってきた。
「ユーリア。採寸は終わったようだな、お疲れ様」
既製品ではなく、私にぴったりのオーダーメイドドレスを注文するため、女性の裁縫師さんに屋敷まで来てもらい、身体中の隅から隅までサイズを測ってもらった。そのため、単に採寸と言っても結構な時間がかかった。
ここに来た際も使用人さんに簡単な採寸をしてもらい、アートルム様に何着もドレスを誂えてもらってはいた。だけど私はここに来るまでは栄養不足でガリガリで、オブシディア領でおいしい食事をすることでだんだん肉付きがよくなってきたせいもあり、体型の変化が大きい。そのため、あらためてちゃんと測ってもらうことになったのだ。
「ユーリアの花嫁姿、とても楽しみだ。ウェディングドレスを纏った君ほど美しいものは、この世にないだろう」
「ふふ……ありがとうございます。これから結婚式まで、太らないように気をつけなければ」
「ユーリアは、もっと太っても可愛いとは思うのだがな」
「も、もう。アートルム様は、私を甘やかしすぎだと思います……」
「俺はもっともっと、君を甘やかしたいぞ。君の好きなものだけを与えて、君を悲しませるものは消してしまって……君の幸せそうな笑顔を、独り占めしていたい」
「アートルム様……」
「……様はいらない」
「え?」
「もう、結婚を決めてから何日も経つんだ。そろそろ、アートルム、と呼んでくれ」
「で、ですが……そんな……」
「なんだ、遠慮しているのか? だが君はもう辺境伯夫人……俺の妻になるのだから、呼び捨てに慣れてくれると嬉しいな」
「遠慮といいますか、その……」
「ん?」
「う、嬉しいのですが……少し、照れてしまうといいますか、その……」
かああっと、自分の顔が熱くなってゆくのを感じる。
(って、どうして、このくらいで照れているの……。私だって、以前は婚約者がいた身なのに。まあ、私が聖女だと気付くこともない、最低の婚約者だったけど……)
熱くなった頬を押さえていると、アートルム様はくすくすと微笑んだ。
「……恥ずかしがる顔も可愛いな、ユーリア」
「あ、あまり見ないでください、アートルム様……」
「アートルム、だ」
「アートルム……」
「……ああ。やっとそう呼んでくれたな、嬉しいよ、ユーリア」
とろけるほど甘い眼差しを向けられ、胸の高鳴りがおさまらない。
愛しい人との結婚に向けた日々は、抱えきれないほどに幸福だ――
◇ ◇ ◇
一方その頃、王都では――
ザワザワと、街の人々は混迷の渦に巻き込まれていた。
「おい! 東の空から、鳥型の魔獣が襲ってきたそうだぞ!」
「またか? この前も、似たような事件があったじゃないか」
「なんでも金属を好む魔獣で、煌びやかな装飾品を身に着けた貴族達が襲われたそうだ。肉食の魔獣ではないから、死傷者は出なかったそうだが」
「一体、どうなっているんだ? 最近、ずいぶん物騒だな……」
また、王城でも、国王のもとへと報告が入っていた。
「陛下。魔道具の予知水晶が、凶暴な魔獣が、王都を襲う未来を示しております」
この国において魔法とは、通常は人間が持つ力ではない。だからこそ、魔の眷属であるアートルムが特殊な存在なのだ。
だが、この国に魔法というものが一切ないのかというと、それもまた違う。
そもそも「魔獣」という名の通り、魔獣は魔力を持つ存在である。
魔獣を倒すと、その残骸は石化して魔石となる。その魔石を人間が加工することで魔道具となる。魔道具を使用すれば、魔力のない人間であっても、魔法の力の恩恵を受けることができるのだ。
国王の前に文官が持ってきたのも、魔道具の一種である。それもかなり高位な、この国に一つしかないものだ。
予知水晶――その名の通り、未来を予知し、映し出すというもの。
「ふむ……最近、城下に魔獣が襲ってくることもよくあると、報告が上がっているしな。ここ十数年は、こんなことはなかったというのに。何か異変が起きているというのか……?」
「わかりません。ですが何か対策を講じなければ、多数の犠牲者が出るかもしれません」
「『聖女』はどうなっているのだ? 我が国の歴史書には、この国の危機には必ず、聖女が人々を救うと記されているだろう。確か……クリスタリム家、であったか。その家に、聖女の証を持つ女がいると聞いたことがあるが」
この国、セイファニールの現国王は、2年前に即位したばかりの、まだ25歳の男である。ユーリアのことについては、噂で少し聞いた程度のことしか知らない。
ユーリアが王都のタウンハウスや、自分の領地にいた間はずっと平穏が続いていて、わざわざ聖女の力に縋る必要がなかったからだ。
――もっとも、ずっと平穏が続いていたというのは、ユーリアが聖女の力で皆を守っていたからなのだが……それを知る者は、ユーリアとアートルム以外誰もいない。
「はい。ですがその聖女は、証を持ちながらまったく力を使うことのできない、偽りの聖女だとの話です」
「なんと……では聖女に力を貸していただくことはできないのか」
「ですが、いい知らせもあります。姉は偽りの聖女だったのですが、妹……クリスタリム家の次女が、真の聖女だったというのです。ゲルニア公爵家の子息がその奇跡の力の恩恵を受けたのだとか」
「ほう、真の聖女が見つかったのか。それはめでたい」
「はい。そのためゲルニア公爵子息は、クリスタリム家の長女ではなく次女と結婚することになったのだとか」
「ふむ……? それはそれで、クリスタリム家の長女が哀れな気もするが」
「しかし、長女の方は虚言癖があるうえ妹を虐げる、とんでもない悪女だったとの噂です。まあ、その長女の方もオブシディア辺境伯との結婚が決まったそうですし、問題ないかと」
噂、噂でちっとも確かな情報がないのだな、と王は思った。
だが何が噂で何が真実なのか判別できないのは、幼い頃から王になるための教育、そして即位してからは執務に忙殺され、貴族達の情勢をあまり気にしてこなかった自分のせいでもある、とも王は思う。
「ともかく、その真の聖女とやらの話を聞こう。クリスタリム家の次女を、王城に招いておけ」
「かしこまりました」
王城でそんな話が交わされた、数日後――
◇ ◇ ◇
「……え? 私が、王城に?」
クリスタリムのタウンハウスにて。城からの使者を前に、リリーナは目をぱちくりさせていた。
「はい。近いうちに、王都が邪悪な魔獣に襲われると、予知水晶によって示されたのです。そのため、聖女様のお力が必要でして……。リリーナ様は、最近聖女として力が目覚めたというお噂でしょう。ですから、ひとまず王城にいらしてほしいのです」
使者の話を聞き、リリーナの父と母はわっと喜びの表情を浮かべた。
「やったわね、リリーナ! 国王陛下のお役に立てるのよ!」
「クリスタリム家の誉れだな。さすがは我が娘だ」
「え、ええ! とっても光栄で、嬉しいわ!」
得意の可愛らしい笑顔を浮かべながら、リリーナは内心で激しく狼狽える。
(どうしよう。私……聖なる力なんて、使えないんだけど)
ここからユーリアの更なる幸せと、リリーナの転落が始まっていきます。
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