冥道めいはかく新たな一歩を歩みし
◇◇◇
「皆さん、こんにちは。冥道めいと申します」
冥道めいは配信を始めたと同時に恭しく一礼した。しかしもはや彼女はアニメ風三次元モデルを使ったVdolではなく、完全実写のままで撮影している。完全にUdolのスタイルに切り替えていた。
しかし、元々Vdol冥道めいそのままに製造された現冥道めいがそのまま映ろうと、全く違和感が無かった。実写自体に嫌悪感を抱く一部を除き、概ねの視聴者には受け入れられている。
そもそもあの工場階での大立ち回りや大どんでん返しが衝撃すぎて、そんな些事など大したことがないと思われている節も見られる。とはいえ、冥道めいの事前告知によれば、実写での配信はこれで最後にする、とのことではあったが。
「……実は、わたくしからの配信は前回で最後にしようと考えていました」
突然始まった告白に視聴者一同はどよめいた。
引退していたかもしれない、などと明かされたらそうもなるだろう。
「何故ならわたくしは初代冥道めい、すなわちお母様から引き継いで二代目冥道めいとして活動していました。それはお母様から記憶、思想、人格などを継承しているから、というのも理由の一つです」
しかし違った。冥道めいは初代冥道めいである妹ではなく、妹を裏方として支えてきた姉として受け継いだのだ。妹は冥道さつきとしてバックアップが取られていて、怪奇解決時に二人して脱出出来ている。
なら、冥道さつきにVdolとしての立場を返すのが妥当ではないか?
冥道めいはそのように冥道さつきに提案したのだが、あっさり拒否された。
何故なら、現在の冥道めいとしての支持は彼女が培ったものだから。
「んー、やめとく。わたし、これからは裏方として頑張るから。今度からもお姉ちゃんよろしく」
カメラの背後から別の女子の声が聞こえてきた。例の工場階で冥道めいと戦い、自由を取り戻し、共に脱出した冥道さつきの声だ、と視聴者が気付くのに、そう時間は要らなかった。
冥道めいはやれやれ、と頭を押さえながら嘆くも、まんざらではない様子だった。
「このような調子ですので、引き続きVdol冥道めいはわたくしが務めます」
「同行者のみんな、これからもお姉ちゃんの活躍を応援よろしく」
冥道めいは再びカメラに向かって丁寧にお辞儀をした。
こうした慎ましさもまた彼女の支持へと繋がっている。
「ところでお姉ちゃん」
「はい、何でしょうか?」
「どうしてわたしを最初お母様って呼んで、初代冥道めいのこともお母様って呼ぶのか、同行者のみんなに説明したっけ?」
唐突に浴びせられた冥道さつきからの質問は、まさに視聴者の疑問だった。ヒューマノイドとして冥道めいを誕生させたのが初代冥道めいだから、など、様々な憶測は立てられていたが、結局結論には至らずじまいだった。
「いえ。説明不要とばかり思っていましたが……」
「駄目。この際だから、ここでちゃんとはっきりさせて」
「ですから、Vdolは自身の器をデザインしたイラストレーターをママと呼ぶのでしょう? であれば冥道めいそのままの姿が初代をお母様と呼ぶのは自然な流れです」
「と、言う事情なのよ。同行者のみんな、分かった?」
明かされた真意に皆が納得したところで、冥道めいは咳払いした。もちろんヒューマノイドの彼女は咳どころか呼吸すら不要なのだが、人らしく創造された彼女は仕切り直す意味合いで機能として備えている。
「それと、Vdolに専念すると理由付けして休止していたイラストレーターとしての活動ですが、妹のさつきが再開する予定です」
「再開ってお姉ちゃんは言ってるけど、前のわたし、初代冥道めいからは全部アカウント変えるから。画風が同じな別人、って思ってくれていいよ」
今後の活動について少し詳しく語る二人は、静かな住宅地の中を歩き続ける。途中から冥道めいの姿以外の背景はモザイクがかかり、場所が特定されないようになっている。そうして辿り着いた先は、とある一軒家だった。
「本日は、初代冥道めい達の実家を訪ねようと思ったのです」
そして告白される今日の配信目的、実写での配信となった理由だった。
冥道姉妹は語る。怪奇に遭遇して行方不明となった初代冥道めい姉妹は、未だ死亡届が出されていない。姉妹の両親はまだ信じているのだ。いつかきっと娘達が自分達の元へと帰ってくる、と。
しかし工場での怪奇に取り憑かれ、二人は犠牲になった。いくら冥道めい達が彼女達の全てを引き継いだところで、果たしてそれは同一人物だと言えるだろうか? 少なくとも冥道めいと冥道さつきはそう認識していなかった。
「我々はどう扱われるのか。その結果は後ほどお知らせいたします。その間はこれまでの配信の総集編映像を流しますので、しばらくお待ち下さい」
「娘が帰ってきた、なんて言い出しはしないわ。正直に打ち明けて、お父さんお母さんがどう答えても全部受け入れるつもりなの」
「……行きましょう、さつき」
「ええ、お姉ちゃん」
意を決して冥道めいがインターフォンを鳴らし、それを合図として配信映像は全く別のものに切り替わった。冥道めいの語った通りこれまでの名場面が上手く編集されて配信されるが、冥道めい達の行く末を案じた視聴者は気が気でなかった。
映像が元に戻ったのは一時間弱が経過した頃だった。画面に映る冥道めいはどうも落ち着かない様子でそわそわし、カメラに集中できていない。こんな様子の冥道めいは初めてだったため、視聴者一同は大きく反応を示した。
「……えっと。どう申せばよろしいでしょうか……」
「お姉ちゃん、焦らすのは良くないよ。それにお母さんたちがまだ中で待ってるし」
「そ、そうでしたね。その、結論から申しますと、よく帰ってきてくれた、と大変喜んでいただけて。どうやら私達を初代冥道めい姉妹だと思われたようで……」
「本当は複雑だと思う。けれど姿以外は全部初代冥道めい達そのままのわたし達をお母さんたちは認めてくれた。うん、わたしもとっても嬉しいよ」
そこからコメント欄は大フィーバー、大盛りあがりだった。冥道めい達を祝福する書き込みが相次ぎ、次々とスパチャも贈られる。冥道めいはスパチャに対して一個ずつ、そして他のコメントにも丁寧に感謝を述べた。
「では、ここからは家族と語り合いたいと思いますので、この配信はこれまでとさせていただきます。また真夜中、いつもの時間にお会いしましょう」
「チャンネル登録と高評価はよろしくね」
そう締めくくり、冥道めいはこの配信を終えた。
そうして冥道めいは冥道さつきと共に引き続きVdolとして活動していく。