宵闇よいちはかく新たな娘を迎えし
◇◇◇
「アブダクティの諸君、ごきげんよう。宵闇よいちだ」
Vdol宵闇よいちはいつものように軽く微笑んだ様子で配信を始めた。しかし待ち構えていたアブダクティと呼ばれた視聴者達の雰囲気は普段とは違っていた。通常の数倍の人数が今か今かと待機しており、宵闇よいちが配信開始するとすぐさまコメントで沸き立つ。
「ちょっと今日はアブダクティが多すぎやしないか? こっちとしては諸君に構わず普段通りの内容でお届けしたいところだが、どうせ知りたいことがあるから全裸待機していたんだろう? なら望み通り需要に答えようじゃないか」
そんな宵闇よいちの配信は、背景がいつもと異なっていた。いや、背景どころか宵闇よいちがアニメ風三次元モデルな姿である以外は全て実写映像のままだった。しかも、その場所は騒ぎとなったマンションのフロントではないか。
宵闇よいちは低層階用のエレベーターを呼び出し、中へと入る。そして居住階の行き先ボタンを押すが、何の反応もない。他の居住階も同様にうんともすんとも言わず、宵闇よいちが管理者用カードをセンサーに反応させて初めて行き先ボタンが点灯した。
「ご覧の通り、カード無しだと住人が住んでいる階には行けなくなった。怪奇に汚染されてた頃はミミック階へとご招待されてたからね。それから居住階も住人用、来客用、管理者用いずれかのカード無しでは行けなくなった。正常に戻ったと言っていいだろう」
宵闇よいちは適当な階で降りた。そこは幽幻ゆうなを始めとする様々な視聴者の配信で公開されてきた内装そのままだった。異なる点は廊下に何も置かれておらず、更に表札にも何も記載されていなかった。
「霊界入りした階はご覧のとおりだ。人、物、全部向こうに持ち去られてしまった。けれど寂れちゃいない。まるで初めから誰も生活していなかったかのように綺麗な状態でこの世に戻ってきた、と言っていい」
そうして宵闇よいちはマンション内を案内する。怪奇から解放された階はそのままで、霊界に飲み込まれた階は抜け殻になっていた。美術館階や工場階などただ広い空間だけの空虚な有様は、哀愁すら漂わせていた。
低層階用エレベーターから高層階用エレベーターに乗り継ぎ、宵闇よいちはある階に降り、マスターキーである一室へと入っていく。中には何もなく、空き家物件のような様相だった。宵闇よいちは去り際、ここが幽幻ゆうなの部屋だった、と呟いた。
「エレベーターも全部乗って全部の階に降りたし、階段も自分で確かめた。リアルタイムで管理用ロボットも巡回させてる。結論から言おう。このマンション、ヴィンテージヴューヴィレッジは、怪奇から解放された、と」
視聴者にとっては映画や漫画の終盤を味わうようだったが、当事者である宵闇よいちはとても複雑な感情が渦巻いていた。しかしそれは裏で発散すれば良い。配信ではVdol宵闇よいちとして余裕を持って優雅に振る舞うだけだ。
そんな宵闇よいちの配信だったが、どうもいつもと違う、と気付いたのは古くからアブダクティとして彼女を追ってきたファンだった。彼女は屋外ロケ時はドローンやロボットに撮影させていたのに、どうもカメラワークが活動初期に戻った、と。
「ん? ああ、目ざといね。実は怪奇が解決して安全になったから、カメラマンを無人から有人に戻してみたんだ。ほら、手を振ってアブダクティ達に挨拶するんだ」
すると、配信画面の端に大きな手が映り込み、上下に振られた。それは明らかに屈強な大人の男の手であり、視聴者一同を騒然とさせた。そんな反応が面白いのか、宵闇よいちは声を押し殺して笑う。
「男? 彼氏? そんなんじゃない。彼は私の大切な旦那様さ。幻滅させて申し訳ないが暴露しよう。リアルの私は子持ちの人妻さ」
阿鼻叫喚な様をスルーしつつ宵闇よいちは最上階に降りた。そして自宅へと戻ってくる。しかし自分では扉を開けず、インターフォンを押して中から扉を開けてもらった。宵闇よいちを迎えた少女に視聴者は更に混乱する。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
姿を見せたのは幽幻ゆうなが座敷童こけしと呼んでいた少女だった。
そんな彼女が生活感ある服装で出迎え、戻ってきた宵闇よいちに抱きついた。
「ああ、座敷童こけしはご両親が霊界に行ってしまい、孤児になってしまったからね。この子と親しかった幽幻ゆうなも旅立ってしまったし。良かったらと私が引き取ることにしたんだ」
「ありがとう。……嬉しかった」
「幸いにも私は家庭を築いていたからね。子供が一人増えたぐらいなら問題ないさ。さっきのカミングアウトはそれを諸君に知らせるためでもあった」
「それじゃあママ。また後でね」
「ええ、パパと遊んでらっしゃい」
有人撮影からドローンからの映像に切り替わる。座敷童こけしは先ほどまでカメラマンを務めていた男性と手を繋ぎながらリビングの方へと向かっていった。座敷童こけしに語りかける宵闇よいちの声は、今までで一番慈愛に満ちていた、と後に切り抜かれることとなる。
「さて、諸君の欲求は満たしたことだし、またいつもの配信に戻ろうじゃないか。さあ、今日も超常現象について存分に語ろう」
そうして宵闇よいちは日常を取り戻し、引き続きVdolとして活動し続ける。