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死者と語りたかった者の末路④

 □□□


 全ての部屋の扉が開け放たれ、血が通っていない青白い手が闇の中から伸びてくる。座敷童こけしを捕らえようとする霊界の手を、幽幻ゆうなは次々と撃ち落とす。座敷童こけしの手を取って、エレベーターホールへと駆ける。


「お姉ちゃん……!」

「後ろを見ちゃ駄目!」


 背後からは白い手だけが飛び出ている闇の塊が蠢き、逃げる幽幻ゆうなと座敷童こけしに迫ってくる。幽幻ゆうなが霊撃を行えばひるみはするものの、決定打にはならない。結局は逃げるしか手はなかった。


 エレベーターホールでは冥道めいと冥道さつきがレーザーソードを振るって襲いかかる闇を祓っていた。ヴィクトリアンメイド姿の乙女達が魅せる美しい剣さばきは海外の映画を見ているようだったが、しかし闇の侵食は勢いが衰えておらず、ジリ貧な様子だった。


「めいさん! こけしちゃん連れてきたよ!」

「エレベーターは呼んであります! 早く中へ!」


 扉が開けっ放しのエレベーターにまず座敷童こけしが、次に幽幻ゆうなが、次に冥道さつき、最後に殿として冥道めいが乗り込む。扉が閉まる前に怪奇が襲いかからないよう、幽幻ゆうなが手のひらを前へ向け、結界を展開、侵食を阻む。


 やがて女性の案内音声が流れて扉が閉まり、動き出す。禍々しさ、背筋の凍る冷気はもはや感じられず、あの世とも言える霊界から遠ざかっているのを四人とも実感出来た。


「お父さん、お母さん……」

「ごめんね。ゆうなの身勝手で、こけしちゃんを家族と引き離しちゃって」

「ううん、大丈夫……。きっと、これでよかったんだ」

「こけしちゃん……」


 幽幻ゆうなは座敷童こけしに寄り添い、優しく頭を撫でる。座敷童こけしは涙をこらえながらも手と手を合わせ、霊界へと飲み込まれていった家族の冥福を静かに祈るのだった。


「幽幻ゆうな様が住んでいたフロアは、これで全て冥界に飲み込まれた。そう解釈してよろしいですか?」

「ええ。生存者はここにいるだけ。あーあ、Vdolとして活動する機材とか結構かかったんだけどなぁ」

「良い機会と開き直って一新してはいかがでしょうか? それが出来るほどには支持されていますでしょう」

「出来るけどさぁ、愛着っていうのがあってね」


 最後に残った幽幻ゆうなの居住階の白黒をはっきりさせたため、これをもってマンション内の全フロアが現世と霊界で綺麗に分かれることになった。曖昧さが無くなったため、今後は行き来出来なくなるだろう。


 エレベーターの扉が開いた先は一階のフロントだった。向こうでは宵闇よいちが待ち構えており、冥道めい達の帰還を歓迎した。宵闇よいちにとっては自分のマンションを飲み込んだ怪奇が解決したこと、感無量以外の何物でもなかった。


「ありがとう。これでこのマンションは救われた」

「礼には及びません。わたくしも個人的思惑で行動したに過ぎませんし」

「……オリジナルは残念だった。私がもっと早くあの工場階を見つけ出せていれば」

「零号機が巧妙に隠していましたから。宵闇よいち様は悪くありません」

「そう言ってくれると慰めになる。しかし、君達にVdolとしての冥道めいを託したことには絶対に意味がある、と思うよ」

「そうですね……。活動を続けることで弔いになれば良いのですが」


 冥道めいが降り、冥道さつきが降り、幽幻ゆうなが降り……なかった。代わりに彼女は寄り添っていた座敷童こけしの背中を押す。バランスを崩した幼い彼女の身体を宵闇よいちが慌てて抱きとめる。


 突然の暴力を非難しようと幽幻ゆうなを睨みつけ、宵闇よいちは気づいた。幽幻ゆうながエレベーターから降りようとしないことに。そして、冥道めいが顔をしかめて彼女を見据える様子で、悟ってしまった。


「……ここで、お別れですか」

「ええ。ゆうなはそっちに行っちゃいけないから」

「分かりました。どうか安らかにお眠りください」

「うーん、そうなるかはゆうなにもちょっと分からないかな」


 事情を飲み込めていないのは座敷童こけしと、幽幻ゆうなの配信を視聴する徘徊者一同。現世と霊界の境界がはっきりとした今、彼女がエレベーターからフロント側、すなわち現世へと踏み越えてこないことで、やがて視聴者も理解し始める。


「幽幻ゆうな様、既にお亡くなりになっていたのですね」


 配信者幽幻ゆうなは本当に霊界の住人なのだ、と。


「え、そんな、お姉ちゃん……どうして……」

「こけしちゃん。大家さんとめいさんが後は何とかしてくれるから。いい子にするんだよ」

「行っちゃ嫌だ……!」

「……ごめん、それは出来ない」


 幽幻ゆうながエレベーターのパネルを操作し、静かに扉が閉まっていく。大声をあげて追いすがろうとする座敷童こけしを宵闇よいちが必死になって留める。幽幻ゆうなは最後まで笑顔で手を振った。救われた少女を少しでも悲しませないように。


「それじゃあ今日の配信はこの辺でおしま~い。次回の配信予定は……無いといいね。亡者が現世に未練残しちゃいけないもの。チャンネル登録と高評価は線香代わりにぜひよろしく。ばいび~♪」


 扉が閉まり、エレベーターが動き出す。現世から完全に切り離された狭間を移動するエレベーターの中は次第に電波の入りが弱くなり、幽幻ゆうなの別れの挨拶とともに圏外となって、配信は終了となった。


 残された視聴者達は大騒ぎしたものの、次第に落ち着いていき、最後には彼女の冥福を祈り、退室していった。それはまるで今生の別れの場である葬式のような雰囲気だった、と徘徊者の一人は後に語った。

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