向こう側との境界な踏切(表)
「悪鬼彷徨う怪奇の世界からおこんばんは~。幽幻 ゆうな、です! 今晩も徘徊者のみんなを霊界に引きずり込んじゃうぞ♪」
今晩もまた幽幻ゆうなの配信が始まったのだが、いつもの配信画面と異なって幽幻ゆうなの手前には普段リスナーが見ない小物が置かれていた。それはなんと鉄道模型。それも子供用の玩具ではなく大人の趣味にもなる精巧なものだった。
「突然だけど徘徊者のみんなは鉄道の踏切ってどう思う? 都心に住んでるゆうなには全然馴染みがないんだけど」
と、まさかの都会人マウントを取ってくる幽幻ゆうなへの妬み(無論冗談の範疇だが)が書き込まれる中、リスナー達から思い思いの感想が寄せられた。鉄道の本数が少ない路線しか走っていない地方民にとってはそれほどではなかったが、開かずの踏切がある街の住人や自動車運転手からは非難の声が相次いだ。
「鉄道って街を分断するんだよね。でもお金が無いから立体交差も出来ないでそのまま放置。ゆうなは町中を走る鉄道ってもう風景の一部だと思うんだけどなぁ。当事者じゃないからかな」
その意見に共感の声もあがった。実際に地下化した路線に住むリスナーからは電車が単に移動手段の一つになって愛着が消えた、とコメントがあるほどだった。なるほど、と幽幻ゆうなは頷いた。
「今日はそんな踏切にまつわる投稿に絞ってお届けするよ。まずは伊藤美咲さん(仮名)からの投稿で、自身の体験談みたいだね」
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田舎の小さな町にある踏切は、古びた線路と錆びついた警報機で知られていた。そこでは、ある都市伝説が語り継がれていた。
夜、その踏切を横切る列車の通過中、時折見知らぬ少女の姿が現れるというものだった。少女は古い制服を着ており、深夜の踏切に姿を現すと、踏切の向こうで待つ者に手を振り、そして列車が通過した後は消えてしまっている、というのだ。
私(伊藤美咲)はその伝説を聞きながらも、友人たちとその踏切を訪れることにした。彼らは伝説を信じながらも、私の提案に興味を持っていた。
夜が更けるにつれ、踏切の周囲には静寂が広がり、暗闇に包まれた鉄道の路線は不気味な雰囲気を醸し出していた。列車の通過を待ちながら、私たちは不安と興奮を抱えていた。
そして、ついに列車が接近し、踏切の警報機が点滅し始めた。私たちは踏切の前で待ち、列車の通過を見届けるために目を凝らした。
すると、警報機が点滅し続けながらも、列車は突然停止した。予期せぬ事態だったが、そんな異常とは裏腹に、周囲に静寂が広がり、私は不気味な気配を感じた。
そして、その気配に合わせるかのように、踏切の向こう側から少女の姿が浮かび上がったではないか。
彼女は古めかしいデザインの制服を着ており、長い癖のない髪は風になびいていた。不気味な微笑みを浮かべながら手を振り、私たちに向かって歩き出した。
私たちは恐怖に怯えながらも、その少女の姿に目が釘付けになった。彼女は近づき、口を開こうとしたその瞬間、突然列車が再び動き始めた。そして、列車が通り過ぎた後には少女の姿は消えてしまっていた。
驚きと恐怖に震えながらも、私たちはその場を後にした。その出来事は私たちの心に深く残り、踏切の都市伝説を更に広めることになった。
その後、私たちはその踏切に関する情報を探し求めた。すると、町の古びた図書館にあった歴史書で驚くべき真実を知ることになった。
その踏切ではかつて事故があり、列車が止まらずに通過し、少女が事故で亡くなった場所だったという。そして、その少女の霊が今も踏切で現れ、見知らぬ旅人に手を振っているというのだ。
私たちの体験は都市伝説と同じだった。そして、少女の霊が今も時折、踏切に姿を現しているという事実を知り、私たちはその場所を避けるようになった。
彼女の霊はその踏切に縛られ、そこを訪れる者たちに未だ手を振り続けているのだろうか。その踏切の都市伝説は永遠に語り継がれることだろう。彼女が成仏でもするか、その踏切を列車が通過しなくなるまでは。
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「別に踏切の向こうにいる悪霊が自分と同じ目に合わせてやろうとしたって展開じゃなかったみたいね。ただ向こうにいる人達に手を振る、何か意味があるのかな?」
幽幻ゆうなが語り終えるとリスナーの間で議論が巻き起こる。幽霊がただ寂しがり屋なんだ、とか、死んでしまった自分を助けてほしいからだ、とか、中には実はじゃんけんがしたかっただけでは、等、様々な意見が出た。
「踏切の事故といえば、レールのくぼみに足を取られた、とかより、こう、自殺をするのに手っ取り早いから、ってイメージが湧くんだけど。たまに人身事故で遅れが出てるってアナウンスされるし」
そんな幽幻ゆうなのコメントに立体交差を行っていない主要路線のユーザーから悲観の声が上がる。よりによって地下鉄との直通運転やその先に別の路線と繋がっていると、人身事故でのダイヤの乱れが大きくなり、最終的にユーザーが被害を被る。
無論、本来なら自殺者を出さない社会を作るのが一番だ。しかし世の中自分のことで手一杯な人も少なくないわけで、自殺するなら人様に迷惑をかけないようにやれよ、との愚痴もコメント内に散見された。
「ごめん、変な方に話題持ってっちゃったね。気を取り直して次行こうか」
空気が悪くなったことを侘びて流れを断ち切った幽幻ゆうなは、別の投稿を紹介する。この辺りの対応力もまた幽幻ゆうなの配信者としての腕だろう。




