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生きる人形(後)

 ■■■


 昔々、医学部にある古びた実習室に、非常にリアルな人体模型が保管されていました。その模型は解剖学の教育用に作られ、まるで本物のような血管や内臓が再現されていました。実習室の雰囲気はいつも静寂で、学生たちはそのリアリティに戸惑いつつも、模型を通して解剖学を学んでいました。


 ある日、医学生の本間カオル(仮)は夜遅くまで勉強をしていました。締め切りが迫っており、彼は実習室に取り残されてしまいました。


 独りぼっちの実習室には、薄暗い明かりのもとで人体模型が佇んでいました。カオルは模型に迫る興味を抱き、解剖学の勉強をさらに深めようと思いました。


 その晩、実習室に残っていたカオルは人体模型を見つめながら勉強に没頭していました。しかし、次第に不気味な雰囲気が実習室に漂い始め、周りの空気が重くなっていくのを彼は感じました。


 すると、模型の目が微かに輝き、まるで生命を宿しているかのような錯覚に襲われました。


 カオルは驚きながらも興奮の入り混じった気持ちで人体模型を見つめました。模型の口が動き、驚くべきことに、彼に話しかけてきたのです。


「カオル君、助けてくれる?」


 驚きと恐怖が交錯する中、カオルはどうやらこの人体模型になんらかの理由で意志や思考が芽生えているようだと察しました。


 模型は自分の死因が解明されずに残っていることを告白しました。彼女はかつて医学の実習で使われた生徒であり、未だに死の真相が解けずにいたのです。


 カオルは驚きながらも、彼女の願いを聞き入れることを決意しました。彼女の魂が模型に宿ることで、未解決の死の謎を解き明かす手助けをしてほしいというのです。彼女の姿勢は哀しさと怨みを抱えており、彼女の死が事故ではなく、何者かの手によるものだとカオルは感じました。


 翌日、カオルは解剖学の教授に彼女の死の真相を問いただしました。教授は戸惑いながらも、模型の話に興味を示しました。やがて、教授は昔の記録を辿り、人体模型に宿る女性の死の真相を明らかにしました。


 彼女は実習中に他の生徒たちと共に事故に遭い、その際に命を落としたのです。しかし、その時の事故が故意に引き起こされたものであることが判明しました。調査が進む中、生徒たちの中に彼女に対する嫉妬や恨みを抱く者がいたことがわかり、その者が事故を起こしたことが明らかになったのです。


カオルは教授と共に、模型に宿る女性の魂が報われるように手助けしました。真相が解けたことで、彼女の魂は安らぎを得て、模型の目は再び輝かなくなりました。実習室は静寂に包まれ、以後、彼女の霊は現れず、模型も動かない平穏な存在となったのでした。


 □□□


「これは物に魂が宿るパターンのようですね。日本には付喪神という存在が古くから知られていますし、八百万の神と言われるように万物に神が宿るとされています。あまりにも非現実的、とは断ぜられませんね」

「はえー。やっぱめいさんは一流だよなぁ~。ゆうなとは違った落ち着いた雰囲気のある語りっぷりで、このコーナーが乗っ取られないか心配になっちゃうよ」

「恐縮です。しかしこの時間帯とゆうな様の配信にふさわしいトークを心がけただけですよ」

「んー、ゆうなも色々なしゃべりっぷり試した方がいいのかなぁ?」


 そう語りながら幽幻ゆうなは改めて冥道めいを見つめる。


 幽幻ゆうなも冥道めいのチャンネル視聴者、すなわち同行者なのだが、冥道めいと現実世界で会うのは初めてになる。アニメ調三次元モデルでない彼女は、しかしながらVdolの姿と似ておしとやかで礼儀正しい印象だった。


 しかし、そんなことより幽幻ゆうなは目の前にいる同じジャンルの配信をする同志とも言うべき彼女がとても気になった。何故なら彼女の容姿があまりに整いすぎていたからだ。


 幽幻ゆうなは手を前にかざして視界から冥道めいの左半分を隠し、今度は右半分を隠す。そして確信する。調和の取れた左右対称。彼女は人であればまず自然的にありえない顔をしているようだ。


「めいさんは魂って信じます?」

「無い、と断言できるほどおこがましくはありませんが、実在が立証出来ていないのが実情でしょう」

「じゃあ今後AIがものすごく進化して、ア◯レちゃんとかド◯え◯んが誕生したら、魂は宿ると思う?」

「ありえませんね。AIとは所詮零と一の羅列。プログラムに沿ってしか動きません。その動力が魂などというあるかも分からないものだなんてありえません」


 それとなく振ってみたものの、幽幻ゆうなの予想通り冥道めいは完全否定した。それは冥道めいの譲れない考えであり、思想だと察せられた。

 しかし、それでも幽幻ゆうなはAIだろうと魂は宿る、と思っている。先に挙げた付喪神の例もあるが……、


 人形のように整いすぎた容姿、無機質で血の通っていない肌、瞬きしない目や呼吸しない口。


 昨晩の自己紹介の際、冥道めいは語った。

 自分は人間ではなく機械人形、怪奇観測用ヒューマノイドである、と。


 何を滑稽な話を、と断じたかったが、よくよく伺うと確かに彼女の何もかもが作り物めいていた。しかし彼女の仕草や語りは他の人々と何ら遜色がない。肌を露出させない冥道めい普段のスタイルなら一体何人が疑うだろうか、違和感を覚えるだろうか。


 幽幻ゆうなは思う。やはり魂はあるだろうと。

 なぜなら目の前にいる冥道めいは生きている。

 違いは器が生身か機械かだけなのだから。


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