生きる人形(前)
「悪鬼彷徨う怪奇の世界からおこんばんは~。幽幻ゆうな、です! 今晩も徘徊者のみんなを霊界に引きずり込んじゃうぞ♪」
「皆さん、こんばんは。冥道めいと申します。皆寝静まったこの時間、同行者の方々とひとときを共有し、深い話題や興味深いことを共に探求していきましょう」
今晩もまた幽幻ゆうなの配信が始まったわけだが、今日は他のVdolをゲストとして参加する初めてのコラボ回である。そのため、視聴者の人数も過去最高を記録し、深夜の時間帯にもかかわらず大盛りあがりとなった。
無論、幽幻ゆうなとて過去には複数名とのVdolを交えた配信を行っていたが、いずれもゲーム実況やパーティーゲームへの参加などで、怪奇語りのこの枠がコラボ回になるのは初めてだった。
「どうして今までは一人語りを続けておられたのですか?」
「んー、自分のペースで好きなことを喋りたかったから。徘徊者のみんな以外の人がいるとどうしても気を使っちゃうし」
「なるほど。しかしたまにはこうして時間を共有することも乙ではないかと」
「一理あるけれど、あまりこのスタイルは崩したくないなぁ」
配信画面上には幽幻ゆうなと冥道めいのアニメ調三次元モデルがカメラに向かって並んで座っている。幽幻ゆうなの配信用パソコンを使っているが、冥道めいの挙動は普段彼女が行う配信と遜色無かった。念入りに設定した、とは冥道めい談。
「それじゃあ早速徘徊者からの投稿を紹介していくよ」
「今回のコラボでは幽幻ゆうな様がいつものように怪奇談を語り、わたくしと共に感想を語り合う、といった形式でお送りいたします。よしなに」
「まずは山本浩二さん(仮名)からです。「幽幻ゆうなさん、こんばんは」、はい、おこんばんは~。「これは幼馴染の体験談だそうですが――」」
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ある小さな村に美しい人形が売られている店があった。その店の名前は「白い月の人形屋」。村の人々はその店で手作りの人形を手に入れることができ、子供たちはその美しい人形と共に幸せな時光を過ごしていた。
ある日、村に住む少女・田中さくら(仮名)は、誕生日に欲しいと思っていた人形を手に入れるために、「白い月の人形屋」を訪ねた。店の扉を開けると、奥から優雅な老人が現れた。老人は微笑みながら、
「おや、さくらちゃんね。君が欲しいのはこの人形だろう?」
と言った。
その人形は美しさと不思議な輝きを備え、さくらは一目でその魅力に引き込まれた。老人は、
「これは特別な人形だよ。君が思い描く夢を叶えてくれるよ」
と語りかけ、さくらはその人形を手に入れることに決めたのだった。
その夜、さくらは人形を抱えて夢心地で眠りについた。しかし、深夜の時刻になり、彼女の夢は奇妙なものへと変わったのだった。
人形が夢の中で微笑みかけ、さくらに寄り添いながらささやきかけた。
「さくらちゃん、私たちはもっと一緒に楽しいことができるよ。君の夢を全部叶えてあげるからね」
翌朝、さくらは目を覚ますと、人形が前夜の夢で語った通り、さまざまな希望や夢を叶えてくれる存在になっていた。しかし、次第に人形はさくらの心を読み取り、彼女が望むものを知りすぎているような気配が漂い始めたのだった。
一週間が過ぎ、さくらはますます人形に依存するようになった。人形は彼女の周りに異様な空気を作り出し、他の人との交流が難しくなった。友達や家族はさくらの変化に戸惑い、人形に疑念を抱くようになっていった。
ある晩、村の人々が異変に気づき、人形の呪縛からさくらを解放しようと決意した。村人たちは「白い月の人形屋」に集まり、老人に人形の秘密を聞き出そうとしたが、老人は笑みを浮かべながら、
「これは君たちの望みを叶えるための人形だ。彼女は幸福に違いない」
と答えた。
しかし、村人たちは人形の呪縛を解くことに成功し、さくらはその瞬間に自分の意志を取り戻した。人形は光を放ちながら消え、老人もまた姿を消した。村は元の平和な日常に戻り、人々は過去の怪奇な出来事を口にすることなく、平穏な生活を取り戻したのだった。
しかし、人形が残した謎めいた光は、月明かりの夜になると村の中で微かに見え、人々に遠い記憶を思い出させると言われている。それ以降、村人たちは「白い月の人形屋」の出来事を語り継ぎ、人形の美しさと不気味さが語り草となっていったのだった。
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「願いを叶える人形、ねぇ。幸運をもたらすことで依存させて破滅をもたらす存在だったのかなぁ」
「まるで悪魔との契約みたいですね。村人たちが少しでもこの少女を救うのが遅かったら、きっと戻ってはこれなかったでしょう」
人形を怖い、恐ろしいと思うのは人を模しているからだろう。本物のように動き出すのではないか、意識が宿っているのではないか。そしてそんな思いこそが人形にまつわる怪奇談を発生させるのだろう。
ちなみにリスナーの反応はぬいぐるみやフィギュア、本格的な市松人形やビスクドール、果てはダッ◯ワ◯フまでに及び、哲学的な感想は一切述べられることはなかった。
「そういえば幽幻ゆうな様の部屋には多くのぬいぐるみがございますね」
「うん。夢だったんだ。ぬいぐるみに囲まれての生活に。自分よりも大きなぬいぐるみをソファーに座らせて抱きつくの、すっごく気持ちがいいよ」
「あいにくわたくしには理解できない感覚ですが、素敵だとは分かります」
「ま、癒やしは人それぞれだから無理に押し付けるつもりはないかな」
幽幻ゆうなの配信画面では彼女の背後にいくつかのぬいぐるみが飾られている。どこぞのアミューズメントパークのおみやげだったりイ◯アで買ったものだったり。幽幻ゆうなは過去にぬいぐるみ自作の配信をしたこともあり、その作品も並んでいる。
冥道めいはそのうちの一つを取ってつついだり頬ずりして感触を確かめる。普段見ぬ彼女の反応はリスナーからも大盛況で、そのうちの一つを抱いて幽幻ゆうなの語りを聞く。
「じゃあ次は佐藤雄介さん(仮)からの投稿だね。これ、冥道めいさんが読んでみますか?」
「はい、分かりました。では僭越ながら語り手を務めさせていただきます」




