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マンションを徘徊する地縛霊(後)

 ■■■


 そのマンションは、古びた外観と相まって、廊下に広がる静寂が不気味な雰囲気を漂わせていた。私(渡辺隆之)はそのマンションで一人暮らしをしていた。


 ある晩、私は深夜に帰宅し、エレベーターを降りて廊下を歩いていた。廊下は暗く、何もないように見えたが、何かがおかしいと感じた。足音が何かのリズムを奏でているように聞こえたのだ。


 足音は確かに私の足音ではなく、廊下の向こう側から聞こえてきた。近づくにつれ、その音は不思議な形で響いてきた。まるで、何者かが廊下を歩いているかのようだったが、廊下は誰もいなかった。


 心臓が高鳴り、不安を感じながらも私は歩き続けた。だが、その足音は止まらず、私の後ろをついてくるようだった。恐怖に支配されたまま、私は振り返って廊下を見渡したが、誰もいなかった。


 その夜以来、毎晩同じように足音が廊下で聞こえた。それは静かな夜に不気味な響きをもたらし、私の心を不安にさせた。廊下を歩く者の姿は見えず、誰もがその足音の正体を知ることはできなかった。


 友人に相談するも、彼らは私の話を信じず、それを私の想像だと一笑に付していた。しかし、私はその足音の存在を否定できなかった。そして、私は真相を突き止めるために調査を開始した。


 ある晩、私は夜更けに廊下に潜んで、足音を録音しようとした。録音機をセットし、静かに待つと、やはり足音が廊下に響き渡った。録音機がその音をキャッチし、私は録音した音声を再生した。


 再生された音声からは足音だけではなく、微かに何かの声が聞こえた。それは不明確だが、何かを呟くような音だった。私は音声を何度も聴き返し、その言葉を解読しようとした。


 すると、その言葉が徐々にはっきりと聞こえ始めた。そして私の背筋を凍りつかせたのだった。


「恨めしや」


 絞り出すような苦しげな声はとてもよく響き、そして、その声が私の部屋の扉の向こうから聞こえていることに気付いた。


 私は恐怖に身を震わせながら扉を開けたが、誰もいなかった。廊下は静まり返っており、私の部屋だけが暗闇に包まれていた。そして、再び足音が廊下に響き渡った。


 それ以来、私はそのマンションを去り、決して戻ることはなかった。その足音の正体や声の主は不明のままで、その怪奇な出来事は私の心に深く刻まれたままだ。


 □□□


「うらめしや~、と聞いて小学校時代のギャグ思い出しちゃった。裏飯屋~表パン屋~、て感じの。あと本当なら恨めしいってかなり恐怖感ある言葉なんだけど、お化けものの創作物でありふれてたせいで言葉自体が陳腐化したフシがあるよね」


 今回もまた音の主にとって投稿者の何が恨めしかったのか、は話題の焦点にならなかった。幽幻ゆうなの発言を発端に子供の頃のお化け屋敷やホラー映画などの話題になり、怪談小説を懐かしむ声も上がった。


「あー、邦画界にまた鬼才が現れて傑作ホラー映画作られないかなー。リ◯グとか着信◯りみたいなさ。直接的な残酷描写じゃなくて雰囲気や心理的に怖がらせるのが好みなんだー、って話は前もしたっけ」


 そんな望みを語った幽幻ゆうなをからかうように、幽幻ゆうなに突然として怪奇が降りかかるかも、とのコメントが飛んだ。それに端を発して色々な案が飛び交い、今まさに突然の来訪者からーのー、といった感じに盛り上がった。


 そんなリスナー達は次の瞬間凍りついた。

 ピンポーン、と来客を告げるチャイムが流れてきたことで。


「ん? ゆうなのところみたい。応対してくるからちょっと待っててね」


 まさかの真夜中の訪問者に様々な憶測が飛び交った。まさか本当に怪奇に襲われて戻ってこなくなるのではないか、と幽幻ゆうなを心配する声もあがった。玄関向こうの音声が配信で全く流れてこないのが余計に不気味だった。


 しばらくして、そんな不安を払拭するかのように慌ただしい足音が響いてきた。そして幽幻ゆうなが興奮した様子で画面の前に再び現れる。安心する声もあがる中、幽幻ゆうなは腕を抱きかかえて『彼女』を画面の前に引っ張り込んだ。


「サプライズゲストー! なんと、冥道めいさんが来てくれましたー!」


 画面に映し出されたのはヴィクトリアンメイド服に身を包んだ気品ある様子の女性だった。それはVdolの冥道めいが配信の際に自身のアバターとして使うモデルそのままの姿で、そんな彼女はカメラの前でうやうやしく頭を垂れた。


「徘徊者の皆さん、こんばんは。冥道めいと申します」


 リスナーによるコメントが加速した。同時接続数も跳ね上がっていき、スパチャも次々と投げられた。これまで幽幻ゆうなの配信で映った人物は近所周りだけで、コラボの際はオンラインで同じ場所にいるふうに装ったものばかり。同じ画面にいる、つまり同じ空間にいるVdolは冥道めいが初めてだったからだ。


「そして……同行者の皆様、ご覧の通りこちらは幽幻ゆうな様です。いかがでしたでしょうか?」


 そんな冥道めいもまた配信を行っているようで、自撮り棒を付けたスマホに向けて手を振ってみせた。幽幻ゆうなもそちらに向けて自己紹介してにこやかに手を振ってみせた。冥道めい曰く、自分の配信も最高潮に達しているとのこと。


「どうやってここを見つけ出したんですか?」

「配信内に手がかりは多くありましたので、調べました。詳しく知りたいのでしたら明日説明しましょう」

「近くにホテル取ったんですね。ここの近所、結構良いホテルあったでしょ」

「その件で一つご相談がありまして」

「はい、なんでしょうか?」


 しかし、そんなお祭り騒ぎすら前座に過ぎなかった。次の言葉にとっては。


「今晩、ここに泊めてほしいのです」

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