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マンションを徘徊する地縛霊(前)

「悪鬼彷徨う怪奇の世界からおこんばんは~。幽幻 ゆうな、です! 今晩も徘徊者のみんなを霊界に引きずり込んじゃうぞ♪」


 その日の夜もいつものように幽幻ゆうなの配信が始まった。しかし待機組を初めとしてリスナー一同は昨日の配信の最後で起こったサプライズで大いに盛り上がっていた。そう、Vdol冥道めいとのコラボ配信に関して。


「冥道めいさんの配信はゆうなみたいに怪奇談ばかりじゃなくて、世にも不思議な話だったり神秘的な話だったり、もうちょっと幅広くやってるね。あと現実世界での取材動画もあげてるよ。ゆうなも同行者の一人なんだー」


 Vdolはリスナーとの結束を深めるために別の名称で呼ぶことが珍しくない。幽幻ゆうながリスナーを徘徊者と呼ぶのと同じで、冥道めいはリスナーを同行者と呼ぶ。幽幻ゆうなはリスナーと共に霊界を徘徊するから徘徊者、冥道めいは案内人たる自分と共に冥界を彷徨うから同行者、の呼ぶようになった由来がある。


「冥道めいさんとのコラボだけど、明日の夜に決定したよ! 打ち合わせは明日早いうちにやることになったから、何をやるかは当日のお楽しみにー」


 それじゃあ、と幽幻ゆうなはいつものようにリスナーからの投稿を紹介し始めた。


 ■■■


 深夜、孤独なマンションの廊下を一人で歩く田中春華(仮名)。彼女は友人のアパートに向かっていた。廊下は静かで暗く、彼女の足音だけが響いていた。しかし、彼女が一つの部屋の前を通り過ぎようとしたとき、その部屋から異様な音が聞こえてきた。


 何かが落ちる音や何かが動く音だったが、誰もいないはずの部屋からの音に、田中春華は興味を引かれた。彼女は一度振り返り、その部屋のドアを見つめたが、特に異変はなかった。一瞬、彼女はその場を離れることを考えたが、何か引き留められるような感覚に駆られた。


 そして、ドアの前で足を止めた田中春華は、部屋の扉に耳を近づけた。すると、部屋の中から何かがささやく声が聞こえてきた。それは誰かが何かを繰り返し言っているようだったが、何を言っているのか言葉は聞き取れなかった。しかし、その声には不気味な響きがあった。


 田中春華は心の奥底で不安を感じながらも、勇気を振り絞り、ドアを軽くノックした。すると、そのささやく声が一瞬止んだ。数秒後、部屋の内側から静かな足音が聞こえ始め、誰かがドアの向こうに近づいてくる音だった。


 そして、ドアが開かれた。

 しかし、その向こうの誰もいない部屋の中には明かりがついておらず、暗闇だけが広がっていた。


 田中春華は不安を感じながらも、声が聞こえた場所を確認しようとドアを開けたが、誰もいなかった。ただの暗闇だった。


 しかし、その暗闇の中から再びささやく声が聞こえてきた。今度はよりはっきりと、何かを言っているようだった。田中春華は怯えながらも、その声に引き寄せられるように部屋の中に足を踏み入れた。


 すると、暗闇の中から突然、白い霊的な姿が浮かび上がった。それは年老いた女性のような姿で、顔は悲しみに満ちていた。彼女は口を開き、何かを言いたげに田中春華を見つめたが、その声はささやくような響きを持っていた。


 田中春華は怖怖に怯えながらその場に立ち尽くしていたが、その時、彼女の耳には年老いた女性の声が、明確に「助けて」と囁いたように聞こえた。


 悲鳴を上げた田中春華は、その場から逃げ出し、階段を駆け下りて友人の部屋に避難した。彼女はその夜を友人と共に過ごし、次の日まで部屋から一歩も出ることができなかった。


 翌朝、田中春華は管理人にその部屋のことを報告しようと考えたが、なぜかその部屋は新しく引っ越してきた住人がおり、以前の住人はそのような老女の話をしていなかったと言われた。それでも、田中春華はあの不気味な出来事が夢か現実かはっきりとはわからないまま、今もその廊下のイメージを忘れることができないのだった。


 □□□


「結局この老人の亡霊は何だったんだろうね? 田中春華さんの白昼夢か幻覚だったのか、それとも彼女はその時霊界を彷徨ってたのか。何かお祓いでもした方がいい気もするね」


 素直に感想を述べるリスナーもいたが、話の内容がありきたりな場合はコメントが大きく脱線することがたまにある。今回の場合は寺生まれの◯さんの話題に移ったせいでいかに幽霊退治するかで大いに盛り上がった。


「そういえば徘徊者のみんなって除霊といったら何を思い浮かべるのかな? 鬼◯郎みたいな感じ? それとも◯の手で一撃必殺? 掃除機っぽい秘密兵器もロマンあるよねー」


 幽幻ゆうなはよほど酷く荒れない限りはコメントの流れに便乗する。そうすることでリスナーとの一体感が増し、より活気だつからだ。単に幽幻ゆうなにとってもその方が楽しいからなのもあるが。


「それじゃあ次、渡辺隆之さん(仮名)からのお便りだね。これは体験談っぽい」

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