迷惑な配信者(前)
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「どもどもー、翠海るなとー」
「紫雲彩斗でーす!」
Vdolが戦国時代に突入しているように、Udolもまた群雄割拠する状態となっていた。更には配信者の増加により動画配信サイトからの収益も減っていくこととなった。動画配信サイトを宣伝の場としてグッズやイベントで稼ぐようになったVdolもいれば、企業案件を取ってネットより広い世界に挑むVdolも現れていた。
ところがUdolの場合、現実世界で活動しようとすると、アイドルや芸能人といった先駆者がいる。そのためVdolと同じような戦略が取れない。そのため、動画そのものの再生数と高評価を稼ぐため、リスナーの興味を引く内容を配信するようになった。
少しでも他のUdolより目につくよう、より派手に、より過激に、より大胆に。下手をすれば炎上、更には逮捕にまで発展しかねないスレスレを攻めることで支持を得る。そうした怖いもの知らずなUdolが出現し始めていた。
「今日はあたし達、とある都市のとあるマンションに来てまーす」
「ここに突撃して何かおもしれーことが起こらないか確認するんで、ヨロシク!」
紫雲彩斗と翠海るなは男女のペアで活動するUdolである。彼ら二人は主に全国各地の心霊スポットに突撃して何か怪奇現象が起こらないかを確認していく動画の内容で一定数のファンが付いている。
そんな彼らはつい先日、関係者以外立入禁止になっていた山奥の神域に不法侵入していた。特に祟りに見舞われずに警察に捕まって厳重注意を受けたという何ともしまらない結末を迎えたのだが。
「で、なんであたし達がこんな何の変哲もないマンションに行くかってーと」
「実はここ、今中々ホットなスポットなんだよ。俺達が入手した噂によれば、何人も行方不明者とか失踪者が出てるって言うんだ」
「完全に事故物件だよねー呪われてるよねー。だからあたし達が確かめるってわけ」
「ま、こちとら修羅場を何度もくぐり抜けてきた一流なんだから、大丈夫っしょ」
二人の後ろに映るマンションにモザイクがかけられていて、どこにあるどれなのかを特定するのは難しいだろう。隠す理由は紫雲彩斗曰く、本当に何もないか複数回突撃するつもりだから、他のUdol達に来てほしくないんだとか。
この二人組の動画は主に出向いた先でロケを行い、撮った動画を編集して投稿するスタイルであり、今この時リアルタイムで配信されているわけではない。実況では何かあった際に責任問題になりかねないため、を理由にしている。
マンションの正面玄関を入ってすぐ待ち構えていたのはオートロックの自動ドアだった。翠海るなはドアの隙間からチラシを中に投げ入れて内側のセンサーを作動させる。開かれた自動ドアを堂々と入ったのだった。
「へえ、中々オシャレじゃん」
「豪華なタワマン並みに施設が揃ってるらしいよ。いいなー。あたしもこんなところに住んでみたいー」
「きっとトップの連中はこういうトコでリッチな生活してるんだろうなぁ」
「あ、何かフロントっぽいのがあそこにあるよ」
エントランスホールはホテル並みに豪華で、フロントには二人の受付が待機していた。特に不正に侵入してきた二人を咎める気はないらしい。用も無いので通り過ぎようとも思ったが、紫雲彩斗は彼らに語りかけることにした。
「いらっしゃいませ。何かご入用でしょうか?」
「あー、うちらUdol……動画配信者でさ。ここの中をちょっと見て回りたいんだけど、いいよな?」
受付らしき女性は訝しげに眉をひそめるも、うやうやしく頭を垂れる。
「承知しました。規約はこちらの紙に書かれていますので、ご一読ください。くれぐれも住人の方々にご迷惑をおかけしないようにお願いします」
「わーってるって。あ、そうそう。ここで何人か行方不明になってるって噂を聞いて来たんだけど、ホント?」
「お答えいたしかねます。しかし、このマンションには交番もございますので、何かございましたらそちらをお訪ねくださいませ。また、迷ってここに戻れなくなった場合は紙の下に書いてある電話番号にご連絡を」
「そっか。んじゃ、ありがとさん」
紫雲彩斗は手をひらひらさせて翠海るなと合流、エントランスホール先のエレベータホールまで向かう。いちゃいちゃしながら去っていくUdol二人組の背中を追う受付の視線は、興味を失ったようですぐに外れた。
エレベータは全部で四機あり、うち二機が低層階用、もう二機が高層階用となっていた。マンションに併設される各種施設は、部屋を利用した個人運営の店以外は低層階に集まっているようだった。
「まずは住居エリアがどんなもんか見てくっか。ガキの頃マンションでドロケイやってたの思い出すわな」
「あーやったやった! それで大人に怒鳴られるまでがセットだよねー」
高層階用のエレベータに乗った二人は適当な階のボタンを押した。階のランプが光り、扉が閉まる。静かに上っていく間も二人は視聴者を退屈させないようトークを止めない。
そんなトークに夢中で二人は気付かない。エレベータに乗っている間、ほんの僅かな間だけスマホを始めとした各電子機器の電波が圏外となっていたことに。
そうして適当にやってきた居住エリア。エレベータホールを含めて廊下はちょっとしたホテル並の内装となっており、通常のマンションとは明らかに異なる趣だった。二人は思わず感嘆の吐息を漏らす。
「うわっ、すっごくオシャレ! るな、こんなところ住んでみたーい」
「家賃とか高そうだな。もっと評価されるようになったら考えようぜ」
「んじゃ、とりあえず一周りしてみよっか」
「賛成ー!」
とりあえず二人は廊下の端から端まで行き来したものの、特にこれといった事象は起こらなかった。廊下側の窓から除く限りではいずれの部屋も生活感で溢れていたぐらいか。住人に出会えるかと期待もしていたが、そう都合良くはいかないらしい。




