テレビからの幻影(前)
「悪鬼彷徨う怪奇の世界からおこんばんは~。幽幻 ゆうな、です! 今晩も徘徊者のみんなを霊界に引きずり込んじゃうぞ♪」
今晩もまた幽幻ゆうなの配信が始まった。ここ最近はスポーツジムやプールサイドなど変則的な配信ばかりだったため、いつも部屋に戻ってきたことで安心する声や物足りなさを訴えるコメントがあがった。
「さすがに毎日は出かけられないよ。ネタが無くなっちゃうから小出しにしたいの。ゆうなのマンションにはまだまだ沢山面白い施設があるから楽しみにしててね」
部屋の外からの配信は概ね好評ではあったが乱発は出来ない、と幽幻ゆうなは判断した。あくまでも新鮮さこそが評価に繋がるとされるなら、リスナーにやたらめったら刺激を与えてはならない、と考えられたからだ。
「まずは徘徊者高橋智也さん(仮名)からの投稿を紹介しちゃうよ。え、と。「これは会社の同僚が酒の席で語っていた話です。彼は――」」
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かつて、ある小さな町に住む家族が、古びたテレビにまつわる怪談を語り継いでいた。その家族の中で最も長く生きる祖母が、そのテレビにまつわる不気味な出来事を次のように語った。
「昔々、この家に住んでいた頃、私たちの家には古いテレビがあったのさ。それはとても大きくて、黒い画面に白黒の映像が映し出されるものでね。子供たちはいつも夢中になって観てたんだが、ある晩、異変が起こったわけだ」
祖母は、その夜のことを思い出しながら続ける。
「あの時の夜は普段と変わらなかったねぇ。テレビを点けていると、画面がノイズで乱れはじめてね。最初は単なる電波の調子が悪いかと思ったんだが、それが次第にこう、不気味な形状に変わっちまったんだ」
一家の家族は固まり、驚きと恐れの入り混じった表情で祖母の話に耳を傾ける。
「そんで、そのノイズが次第に形を成してね、一つの影が現れたんだ。まるで人間のような影で、けれど何かこの世のものとは思えない存在のようにも感じたものだ。なんと、だ。それは画面から抜け出して部屋に佇んじまったのさ。そりゃあ子供たちは恐れおののいたし、私たち大人も言葉を失っちまったさ」
祖母は深いため息をつきながら続けた。
「そんな私たちをあざ笑うようにその影は静かにしてたものだ。時折こう、手を伸ばしては私たちに向けて微笑むような仕草をしてきて、怯える私たちを尻目に不気味な踊りも踊ったもんだ。ありゃあ言葉にできないぐらい奇妙で、同時に恐ろしかったものだ」
「それからね、その影は毎晩、同じ時間に現れては私たちを観察しているようでね。何度か部屋に入ってきたこともあって、自分の家にいる筈なのにその時ばかりは異次元だとか幻想的な夢のような世界にいるんだと錯覚したものだ」
祖母は目を閉じ、当時の恐怖が蘇るのを感じながら続ける。
「ある晩、その影は最後のお別れでもするような仕草をして、テレビの中に戻っていたなぁ。それ以降、テレビは普通に使えるようになったんだが、それ以後も家族全員が同じ夢を見たり、不思議な現象に見舞われたりすることがあるんだとさ」
話が終わると、部屋には静まりかえった雰囲気が漂う。一家の誰もが、その怪談話を聞き終えた瞬間、何か不可思議なものに触れたような感覚に包まれたのだった。
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「以上でした。この影は一体何なんだろうね? 幻を見ていただけ? 影が現れてる瞬間だけは別の世界にいる? それとも幽霊の類が現れて何かを訴えてる?」
リスナーからも様々な意見が飛び交うものの、やはりコレといった結論は出ずじまい。議論という体のリスナー同士の語り合いを楽しみたいからで、答えを求めてなどいないのだから。
「答えは分からないってことで。まだ科学では説明がつかない超常現象で世の中は溢れてるしね。んじゃあ次、岡本莉音さん(仮名)からの投稿よ。これは本人の体験談みたい」