ホラーゲーム実況(後)
「雨乞いとか水害対策に生贄を捧げて神に怒りを静めてもらう、なんてことが大昔はあったみたいだけれど、現代社会でも山奥の村とかはそんな地元の風習が残ってたりするのかなぁ?」
「科学じゃ解明できない現象なんで今もまだ山ほどあると思うわよ~」
「ん? 何コレ。歌、かな? えっと……いや、こういうのってあまり朗読しない方がいいんだっけ。音にして祟られたくないし、黙読しよっか」
「懸命ね~。余計な真似をして要らない連中を招き入れない方がいいわ~」
やがて儀式が執り行われる日となった。主人公の前にいくつもの怪奇が立ちはだかり、主人公はこれまで入手した情報と道具を駆使して危機をかいくぐる。いよいよもって儀式の現場に辿り着いた主人公は、今まさに神に捧げられようとする妻を救うべく躍り出て――。
「あ」
「あらあらまあまあ」
失敗した。儀式を阻むのに充分な道具を揃えきれていなかったのだ。中途半端に儀式を妨害したため、神の眷属たる異型の悪鬼悪霊が至るところに出現し、儀式を執り行っていた村人達をむさぼり食い始める。
「げっ、主人公の奥さん邪神に連れてかれちゃったじゃん! でも追いかけたらヤバそうだし、ここは戦略的撤退を選びましょう」
「……ねえゆうなちゃん。ところで美味しそうなコレとか、食べちゃっていい?」
「いいですよー。いくらでも食べちゃってください」
「じゃあ遠慮なく、いただきま~す。あ~ん」
もはや幽幻ゆうなが操作する主人公はなりふり構わずに村から脱出する選択肢を取った。山を抜ける県道でふもとの町まで下りた主人公はビジネスホテルに泊まって一晩を明かし、改めて寺や神社を回って応援を呼ぶことにした。
結末として、村には誰も残っていなかった。正確には誰もが発狂死していた。まるで地獄を垣間見たかのように死に顔は全員酷く歪んでいたのだ。そして、主人公の最愛の妻の行方は分からずじまいだった。
「寝取られやんけー! 後味悪いわー」
「儀式を完璧に阻止できてたら結末は変わってたんでしょうね~」
主人公は神隠しにあった妻を助けられなかった自分の無力さを悔やんだが、同時にもはや決して取り戻せやしないとの確信もあった。主人公は謝罪の言葉を何度も口にし、妻がいなくなったことを涙を流して悲しんだ。
廃村となった村は閉鎖された。禍々しい言い伝えや神は過去の存在となったのだ。これから語れることは決して無いだろう。
主人公はやがて新たな出会いを果たし、多くの事柄を経てかけがえのない存在を失った心の傷が癒やされた。そして妻だった愛する女性に別れを告げ、主人公は未来に向けて歩み始めたのだった。
――そんな主人公を背後から見つめる、漆黒の人影。
完、ノーマルエンド。
「完走した感想だけど、なかなか面白かったかな。物語には引き込まれたし音楽とか画面の演出も凝ってたし。ただこれ、インディーズで出そうとしてたのかなぁ? フルプライスだったら値下がりしないと手を付けたくないかな」
スタッフロールが流れる中でエンディングテーマが流れる。ただ、主人公だけが助かったノーマルエンドのためか、とても物悲しい印象を与える曲だった。
緊張が解けた幽幻ゆうなはコップに注いでいた飲み物を口にした。七尺二寸もまたペットボトルから直にジュースを飲んでいく。
「どうするの~? 日を改めて再走する~?」
「んー、止めとく。こういうノベルゲーム風ホラーゲームって一度試した結果をそのまま受け入れたい、みたいな? 別のエンディング目指そうとすると、どうしても既読スキップとかしたくなって、物語を読むっていうより流れ作業になっちゃうから」
「それで、この寄贈されたゲームは配布するの~?」
「それもしない。藤井愛莉さんからの行為を無下にしたくないから」
プレイしていたホラーゲームをインストールしていたノートパソコンをシャットダウンし、普段の配信画面に戻った幽幻ゆうなは溜まったコメント欄の返信やスパチャのお礼を述べて、いつものように締めくくった。
「それじゃあ、時間オーバーしちゃったけど、今日はこの辺で。ばいび~♪」
■■■
林大輔(仮名)は幽幻ゆうなのファンである。彼女が実況プレイするゲームを同時にプレイするぐらいにはまっている。今回も幽幻ゆうなが他のリスナーから提供されたという幻のホラーゲームもダークウェブから入手してきた。
そうして幽幻ゆうなのゲームスタートと同時に彼もゲームを開始した。とはいえ彼は幽幻ゆうなのプレイをなぞる気は毛頭無く、事前調査した攻略情報を頼りに自分なりに選択してゲームを進行させていく。
しかし、林大輔は幽幻ゆうなと違って重要なアイテムを入手し損ね、攻略に直結する会話を聞けず、順調に死地に追い込まれていった。そして林大輔は、おそらく同じ状況なら他の誰だってそうだっただろうが、それに気付けなかった。
倉庫に忍び込んで読んだ古文書に記される民謡。それを何かの暗号だと確信した彼は口ずさみながらそれを紙に書き写していく。……実際にはそれこそ神との儀式で使われる呪文の一部だったのだが。
林大輔は気づかない。いつの間にか彼の背後で闇が蠢いていたことを。その闇が次第に異型の悪鬼悪霊に形作られていくことを。そして、それが大きく口を開けるように林大輔に覆いかぶさろうとしていることも――。
翌日、無断欠勤していた林大輔が自宅で亡くなっているのが発見された。
その死に顔はあのホラーゲーム内で犠牲になった村人と同じものだった。