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隣人紹介(後)

 幽幻ゆうながチャイムを鳴らすと向こうからは一家団欒の音が聞こえてきた。「今日は大好物のオムライスよ」「やったぁ!」「ははは、嬉しそうだな」「鷹のマークの昭和製薬から~」など、温かい家庭の様子やテレビのコマーシャルまでリスナーに届けられた。


「はい、なんでしょう?」

「幽幻ゆうなだよ。ほら、この前言ったアレ」

「お姉ちゃん? ちょっと待ってね」


 向こうからあどけない幼子の声が聞こえてくると、軽快な足音が玄関へと近づいてきた。そして玄関のチェーンを外して鍵を開ける音がする。そして現れたのは声から受けた印象通りの少女だった。


 そして、リスナーはどうして幽幻ゆうなが少女を座敷童こけしと呼んだかを察した。確かに前髪を額に垂らして切り下げ、後ろ髪を背中で切りそろえた少女はまさに座敷童やこけしと呼ぶべきだろう。


「こんばんは、こけしちゃん!」

「こけし……?」

「ほら、この前言ったじゃん、配信の時は本名言っちゃ駄目なんだって。だからこの間だけはこけしちゃんはこけしちゃんね」

「ん、分かった……」


 幽幻ゆうなは“不服そうで草”といった指摘をスルーして座敷童こけしとの雑談を開始する。少女は普段この時間には眠っているらしいのだが、幽幻ゆうなが深夜訪れると聞いて頑張って起きていた、と語った。


「ないわ~。ゆうなちゃん、それ虐待よ。ないわ~」

「いや、だって昼の配信の時にしようか、とは言ったんですよ。こけしちゃんが別にこの時間帯でもいいって言ったから……」

「夜でもいいけど昼でも都合ついたんでしょう? だったらゆうなちゃんはもうすぐ大人になる年代なんだから、配慮しないと駄目よ」

「……ごめんなさい」


 七尺二寸に叱られて幽幻ゆうなはしゅんとしながら謝った。座敷童こけしは顔を横に振って謝らなくてもいいとコメント。再び雑談が再開された。座敷童こけしに関する質問が飛び交ったものの、現実世界での少女を特定しかねない情報が漏れそうになった時は幽幻ゆうなや七尺二寸が「わーわー!」と叫んでごまかした。


 幽幻ゆうなは座敷童こけしのことをズッ友だと語った。これは座敷童こけしがたまに幽幻ゆうなの部屋に遊びに来るからで、学校の宿題も幽幻ゆうなの所で済ます日もあった。これはその方が楽しいのとはかどるからで、別に座敷童こけしの家庭環境が悪いからではない、と彼女は明言する。


 そんな中、先程から座敷童こけしの家族がじっとこちらを見つめ続けている、とコメントが入った。幽幻ゆうなが視線をそちらに向けると、確かに玄関、そして廊下を挟んだ向こうのリビングからは家族と思われし者達が一同に起立して幽幻ゆうなたちを見つめていた。男性、女性、座敷童こけしの兄弟達、全員が笑顔のままで。


「相変わらず気色悪いわよね~こけしちゃんところの家族」

「そう言っちゃ失礼ですよ。でも確かにちょっと不気味なんですよね」


“見返したら確かに扉開けてからずっとあのままだったわ”

“ヒエッ”

“ストーカーかよ”

“実はアレ全部人形なんじゃね?”

“ずっとこけしちゃんを観察しっぱなし……妙だな”


「こけしちゃんと廊下で会う時ってあの人達いっつもあんな感じなの。こけしちゃんのご両親が普段何やってんのかサッパリ」

「旦那さんは昔、大企業でぶいぶい言わせてたエリートだったんだけどね~」

「じゃあ家でも出来るテレワークに切り替えたのかな?」

「食べるのにも一苦労ってほどの台所事情ではないみたいね~」

「あ、悪い人達じゃないんだよ。ゆうなもたまに喋ったりするし」

「あたしもたまに中に招待されるわ~。都合がつかない時ばっかだからいつも断っちゃってるけど」

「へえ、ご近所さんを招き入れるぐらいフレンドリーなんだ」


 リビングでこちらを眺めていた座敷童こけしの両親らしき大人の男女は、幽幻ゆうなと七尺二寸に対して手招きをしていた。彼らの体の向こうではテーブルに並ぶ色とりどりの家庭料理が湯気を立てている。


「ごめんなさい、おじさんおばさん! わたし仕事中だから駄目なんです!」

「ごめんなさいね~。あたしももう夕食作っちゃったし、また今度ね~」


 二人が断ると両親からの誘いは無くなったが、相変わらず座敷童こけしの家族は幽幻ゆうな達から視線を外さない。幽幻ゆうなは居心地の悪さを感じ、今度はお宅訪問せずに自分の部屋へ二人を招き入れようと決めた。


「ごめんなさいお姉ちゃん。お父さんとお母さんが……」

「いいのよ。温かい家族じゃないの」

「……あたし、お父さんもお母さんも好きじゃない」

「それじゃあ今日はどうもありがとうね! 明日このお礼に果物届けるから!」


 何やら不穏な流れになりつつあると確信した幽幻ゆうなは強制的に座敷童こけしの言葉を打ち切った。そして幽幻ゆうなは例を述べて立ち去ることとした、座敷童こけしは小さな手でバイバイしてから自分の家へと入っていった。


「七尺二寸さんも今日はどうもありがとうございました。おかげでとても盛り上がりました」

「いいのよ~。前から動画配信には興味あったから~。これからも気さくに呼んでね~」

「はい! それじゃあ徘徊者のみんな、今日はこのあたりで、ばいび~♪」


 七尺二寸と別れた頃にはちょうどいい時間となったため、配信はここで終わりとなった。自撮り棒を縮めてスマホをしまった幽幻ゆうなは七尺二寸に深くお辞儀をし、自分の部屋へと戻っていく。


 深夜の廊下に一人きりとなった七尺二寸、と呼ばれた彼女はそのまま自分の部屋へと帰っていく。チェーンどころか鍵もかけず、靴を脱ぐ音も廊下が軋む音も廊下には聞こえず、そして部屋の明かりが廊下に漏れてくることもなかった。

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