第2話 公爵 電化製品に感動する
第2話
ふっくらもちもち、まるでクリームパンのような手だ。
あれから数日がたちやっと目が開くようになり自分の現状を理解した、つもりだ。
この数日間で覚悟はしていたがいざ目の当たりするとかるく絶望する。
これはあれだな転生というやつだ。
過去何度も名のある魔術師が挑戦したと聞いているが成功事例は聞いた事がない
私は死んだのだろうか?出来ることなら愛する家族に会いたい。
たがここが異世界であることは確かだ。この世界は魔素量が異常に少ない。
それにここに来て1週間ほどだろうか、1度たりとも近くに魔力を感じることは無かった。
今わかっていることは少ないが私が転生したという事実は確か、それならばもう一度転生出来ない道理は無い。
家族に会う、その為にはこの世界の知識が必要だ。とりあえず図書館に行きたい、助けになるものがあるはずだ。
この家には書庫がないようだから外に出なくては行けない。が、赤子の私には到底不可能な話だ。
さてどうするか…。
「あーいぃう、えっ…お」
発声練習だ。あ行はかなり言えるようになってきた。私も3児の父。赤子がペラペラ喋るのがどれほど気持ちの悪いものかはさすがに分かるから今世の両親の前では当分言葉を発することは無い。
今は、そうだな、目を開られるようになったばかりということは生後2週間前後と言ったところだろう。
長い夢を見ていたような気はしていたがこの世界に生まれ落ちて何日後に意識を取り戻したのかハッキリとは分からない。
ただ生まれたばかりであるのなら母親がそばを離れているのはおかしい、やはり私の読みは間違っていないように感じる。
赤子が喋り出すまで大体5ヶ月。私の今世での母親に向ける第一声はどうしようか。
「ほんがよみたい…」
はさすがに露骨すぎるか。
しかし四十路過ぎにもなって赤子の真似か…本当に嘆かわしい。
今の私の状況を知ればあまり感情を表に出す事がない長年の友レオンですら涙を流すかもしれん。ハンナもきっと…いや彼女なら笑い転げるな、間違いなく。
「あつむー!ただいま!」
「ああー」
この声のでかい人は父親だ。
ちなみに今世の名前は“あつむ”である。
ふむ、若いな。まだ多少視界はぼやけているが20を超えていないように見える。
茶髪に黒い瞳、タレ目がちで優しそうに見える。一見大人しそうに見えるが喋ると印象ががらりと変わるタイプだな。
私のほっぺたをツンツンとつつく父親の奥にもう1人の人影、そうかあの黒髪の女性が…
「豊くん侑お風呂に入れてくれる?」
「ママ。僕はパパだろー。」
「あぁ慣れないわぁ…。パパ、お風呂お願いね。」
「少しずつ慣れてこうね。」
仲がいいなぁ。政略結婚のせの字も感じない。
愛し合ってる家族って感じだ。
私も一時はお見合いを組まれ国のためと愛のない結婚を考えたが結局ハンナの男前な性格に負けてしまった。
平民の出である彼女との結婚は始めこそ猛反対されたがペイツリー領に紛れ込んだドラゴンをハンナ率いるSランク冒険者パーティーが討伐したことで掌を返した。
この世界には貴族制度はあるのだろうか。
見たところこの部屋は…広いとは言えないな。
ただ服などを見た限り生地はかなり上等だ、肌ツヤを見た限りでもお金に困っているようには到底見えなかった。
「あつむ〜バンザイしよーね。」
「あーう。」
「うわぁあ偉いね!あつむは天才だぁ」
中身はおじさん、母親だとしても裸を見られるのは抵抗があったため父親にやってもらえるのはありがたい。
にしてもずっと気になってたんだ、魔力を感じないのに暖かい水が湧いてくる謎の道具。
やっとこれで見ることが出来る!
ジャアアァ───…
「あうあこえあああー!」
「おー!なんだシャワーが気になるのか?」
シャワーというのか!凄いどんどん湯気が!
一体どんな仕組みなんだ?
無限に水が湧いてくるぞ!
父上は手際よく桶に湯をためて液体を溶かし入れる。湯の中に浸かれば体の芯まで暖まりとても心地よい。
ここへ来てから毎日風呂に入っているがそれが当たり前の世界なのか…
ビュオオオオオ───…
はっ?つい寝てしまった。というかこの温風は一体…風魔法?いや、これだ!!
「ばあああああう!」
「あはは、面白いなぁ。」
「あぶっ」
興奮してしまって大声で意味の無い声を出せば顔に向かって風を当てられた。
遊ばれてる…この私が。だが、悪くない。