刑務所で
元木もどきさんに連れられて飲みに来ている。
「露骨に凹むなマサオカ」
「所詮私なんて素人の前座がお似合いなんです」
「元気出してシキちゃん」
「ねえ私モデル業ならてっぺん獲れますかね」
「知らんけど、そんな後ろ向きの奴に獲られてたまるか」
違いない。
「大丈夫です、折れてないですよ。
事務所に頼んで慰問の仕事を入れてもらいました」
「慰問て」
「刑務所に行きます。
服役中の人たちにネタ披露して社会復帰を促す」
「まあ意義はあることやけど」
「皆エンタメに飢えてるでしょうから、きっと何をやっても爆笑してくれるはずです。
腹減ってれば何食っても美味い理論」
「めちゃくちゃ後ろ向きの理由!」
「シキちゃんは自信を取り戻さないといけないんです」
「だからってそんな動機で…
まあ結果がよければいいのか」
「そうです、私ははるみと天下を獲る女なのでここで立ち止まってる暇はない」
「がんばりや。
えっ刑務所って普通に男の?」
「はい」
「それは…何というか。
ライオンの檻に黒毛和牛放り込むような話やな」
なんて恐ろしいことを言うんだ。
「えっ、基本安全ですよね」
「だと思うけども」
「万一のときは私が命に代えてもはるみを守ります」
「そこまでして行かなくていいんじゃないの…
お前はもっと自分を大事にしろ」
「あ、はい」
「なんか不安なってきた。もう俺も同行しよか」
「大丈夫ですよ、松乃さんもいますし」
「あいつ真っ先に逃げそうじゃん」
「じゃあそのときは私がシキちゃんを守ります」
「…不安だなあ」
などというやりとりはあったが、もちろん危険はまったくなかった。
こちらはキャンパスと違って自由に見て歩くことができない。
厳密には見学イベントがあるときにしかできないとのことだ。
だから今日はサクッとネタやってお話するだけで終了する。
今度はコントを選んで用意してきた。
軽いフォーマルの衣装だから着て行けて着替えがいらない、舞台セットもほとんどいらないあつらえ向きのネタだ。
飢えた男たちに、笑いという清涼剤を届けてみせる。
出番前の控え室。
「シキちゃんドキドキするね」
「うん。
ごめんねこんなとこまでつき合わせて」
「ううん。
実はここ昔元彼が入ってたんだ」
「…はいい??」
自分でも聞いたことがない種類の声が出た。
これは現実か?
「いいい」
「ウソだよウソ。ドッキリした?」
「…すこぶる。
おい~~」
はるみの肩をがくがく揺さぶる。
どうしてくれるんだ動悸が静まらんぞ。
「それはテレビでは使いにくいタイプの冗談。
あと心臓に悪い」
「失敬失敬」
まったく人の心を揺さぶってこの娘は。
でも実際どんな人なのかしら元彼。
さすがに過去誰もいないってことはないわね。男がほっとくはずない。
というかいつから今彼がいないと錯覚していた…?
そうよねそうなのよね。
ああダメだ、もう気になって今夜は眠れない。
でも訊いてしまうのは恐い。
私は、一体どうすれば――
「出番だよ」
とにかくまずネタをやり切ります。
『ノーバン始球式の裏側』
※私→事務所の上司 は→アイドルのマネージャー
私:ねえ、みはるを野球教室通わせてるって聞いたんだけど
は:はい
私:なんでまた
今から野球系アイドルとしてキャラづけでもするの
は:ああ実は今度始球式の仕事が入りまして
私:おーすごい、やったじゃん
え、始球式のためにわざわざ野球教室に?
は:はい
私:…要る?
は:いや別に剛速球投げなくていいんですけど、ダイレクトにキャッチャーには届けなきゃ
私:別によくないか
は:よくないです
記事出るとき「始球式でノーバン投球」ってタイトルつけてもらわないと
私:あーそれか
は:「そんな訳ない、わかってるからね」って言いながらなんだかんだアクセスしちゃうのが人の性なんですよ
性と書いてサガ
私:いじましいなあ
は:でもなかなか上達しなくて困ってるんです
今いくつか策を考えてまして
私:うんうん
は:高低差あれば落ちるまでの時間伸びるじゃないですか
なのでマウンドに土盛って高くして、逆にホームベース周りは土掘って窪みにしてもらう
私:やり過ぎだね
その後の試合に差し支えまくる
は:盛り土がないのは問題になったでしょう
私:マウンドは盛り土済みなんだよ
は:他には…
下投げでいけば上がってから落ちる分滞空時間が長いですよね
私:そうだな
は:なのでアンダースローを練習させてもいいかと
私:アイドルが始球式でアンダースローかましたら事案だよ
もうノーバンとかどうでもよくなっちゃう
は:もし地下アイドルならサブマリンが似合ったかも
私:んー特には
は:もしくはマンガで、地盤のゆるさ利用して建物ごと傾けるトリックがあって――
私:どつくぞ
は:あとはシンプルに替え玉プランもあります
私:替え玉て、双子とかそっくりさんいるの
は:いえ
でも客席からマウンド遠いし投げる時の映像は後ろからだし、顔しっかり映るカットだけ別撮りして差し替えればOKです
私:え待って待ってOKか
は:現場のオーロラビジョンと、各局のスポーツニュース映像をいじれば
私:テレビ局に差し替え依頼するの
バカじゃないの
は:テレビなんてヤラセやってなんぼです
私:コンプラ時代の荒波に真っ向から
ねえそんな大事にしなくても、下投げプランはソフトボール式にしたらいけそうじゃん。ソフトボールやってたことにして
は:それだとノーバンって書いてもらえない
記事のパンチが弱いです
私:まあそもそもニュースでも何でもないからな
は:正直ノーバンだけじゃ心もとないので、追加でノートパソコン持参させたいくらいですよ
「ノーパソ持参でノーバン投球」
私:不自然だって
なんで野球場にパソコン持ってくの
は:それは…対戦相手の研究とかあるでしょ
私:空振りに決まってるのに研究?
は:そんな八百長みたいな言い方
私:始球式は公認の八百長なの
ちょっと頭を冷やした方がいいと思う
は:そんなー
もっとパンチ強くする大技もあるのに
私:え何、一応言う?
は:何か質問されたらノープランて答えるんです
「ノープランでノーパソ持参のノーバン投球」、露出のトリプルプレーや
私:ノープランの人はわざわざパソコン持ってきません
「ありがとうございました」「ありがとうございました」
…あんまり刺さらなかったぞ。私が動揺してたせいか?
野郎にノーパンの話したらウケるってもんでもないのね。現実はシビアだ。
あとはしゃべりで取り返すしかない。
マイクをもらって、冷静に会場を見渡す。
「皆さんこんにちは。スターリースターリンのマサオカ始Q式と申します。
そんな名前なのに始球式ネタが決まらなくてメンタルがやられてます。
つらい。
毎日がつらいです。
芸人なのに事務所の意向でぬるぬるローションできない、下ネタを禁止されてる、
なんかモデルの仕事ばっかり入れられる、
モデルやりたくないのにとかうっかりつぶやくと炎上する、
単独ライブでもウケない、学園祭呼ばれると学生の前座、っていうか学生の方がおもしろい。
つらすぎる!
一生懸命生きてるじゃないですか。
皆さんみたいに何か悪いことした訳でもないのに!」
ここはまあまあウケた。囚人いじりOKか?
渾身の自虐なんだからもっともっと笑ってくれ。
「しかし幸せなこともある。私にはこんなかわい子ちゃんの相方がいます。
もうどうにかしてしまいたい。
今後どうにかしてしまうかもしれない。
皆さん、シャバにはきっといい女がいっぱいいます。
元気で清らかな姿で戻ってきてください。そしていい女を連れて私たちのライブを見に来てください。
もっと成長して待ってます。
今度は圧倒的に笑わせます!
だからはるみ、ずっと私と一緒にいてください!」
……。
「ええっ私に言ってたの?
いいよ!こちらこそよろしくお願いします」
……。
「ウオオオオー!!」
会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
決まった…
私がこれだけオーディエンスを沸かせたことが今まであったろうか。
今日が芸人として大きなステップを踏んだ一日になったのは間違いない。
その後刑務所の偉い人に怒られ、事務所に帰って社長にも怒られた。
芸の道は厳しいのである。
でも私はなんとか頑張っていけそうです。
だって私には、一緒に歩いてくれる魅惑のバディがいるのだから。
(おわり)