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学園祭で

元木もどきさんに連れられて飲みに来ている。


「露骨に凹むなマサオカ」

「せっかく単独ライブのチャンスをもらったのに…

お客さんも事務所もガッカリさせてしまった」

「元気出してシキちゃん」

「心配するな、客も事務所もそんな期待してなかったはず」

「そのフォローはどうかと思います」

「はるみはもうちょっと落ち込め」


はあ。


「事務所をクビにならないようにモデルの仕事をもっと頑張ろうと思います」

「目的を見失っとる。そりゃ受けた仕事はちゃんとやるとして、お笑いの熱は忘れるなよ」

「元木さん…

そうですよね。立ち止まってる暇はない」

「学園祭のゲストも入ったもんねー」


そうだった。

しっかり仕上げていかなければ。


「そうか、何気にお前ら知られてきてるんやな。

お笑いきっかけじゃなくても覚えてもらえるのはありがたい、ガンガンかましたれ」

「はい。若者のテンションと学祭の熱気で会場あったまってますから、軽くひねってやりますよ」

「シキちゃんがんばれ」


そうだ、ホームではないがきっとホームのようにやりやすい環境のはず。


「だいたい学生なんてよくわからないショート動画見て満足してる連中でしょ。ぬるいぬるい」

「偏見がひどい。

むしろお前はまだそっち側にいていいくらいよ」

「最悪行き詰まったらうんこって言っとけば大丈夫ですよね」

「大学生はうんこで笑わん!」




学園祭当日。

キャンパスの活気がすごい。

もちろん全員が私たちのお客さんではないとはいえ、賑わう場所でステージに上がれる高揚感は確かにある。


私たちが人ごみで騒がれることはないし学園祭ってやつをはるみとデート気分で回るプランも捨てがたかったけど、あくまで仕事ということで気を緩めずいくことにした。

まっすぐ実行委員会の本部へ。


「おはようございます、スターリースターリン参りました」

「同上です」


ショートヘアの小柄な女の子が迎えてくれた。


「どうも、イベント担当の内藤です。

本日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」「よろしくお願いします」


あらためて段取りを確認する。

実はネタの披露だけでなくミス&ミスターコンテストの立ち会いも頼まれている。

大きな決定権を持つ訳ではないが、私たちの評価も審査に加味されるそうなのでお客さん気分ではいられない。

業界に入ってくる子がいるかもしれないと思うとますます気が抜けない。


「このコンテストは外見を競うものなので、見た目の魅力のみで判断してください」

「マジですか」

「はい」

「振り切ったね」

「過剰な反ルッキズムに対するアンチテーゼってやつで。

議論を呼んだらむしろ本望くらいの覚悟でやってます」


すごいなあ。

好感度気にするタレントには絶対できないスタンスだわ。

芸人はまだ幾分尖る余地があるかもだけど、おそらく私たちに合ったポジションではない。


「いいじゃん。かわいいは正義だよ」


はるみはやはり適応が早いな。


「ありがとうございます。

水着審査もあるので楽しみにしててください」

「おおう」


本物だな君たち。

内藤さんはすぐ私の不安を察知したらしい。


「男女とも同じ条件でやります。

どちらも男女両方から投票されますよ」


特に個人的に思うところはない。

ただ私たちが審査に加わることで趣旨に賛同した、と偏った記事を作ることは可能だろう。

しかし私たちには無理やり火をつけて叩くに値するほどのネームバリューがない。

燃えたら燃えたで宣伝ありがとうくらいの気持ちでいいんじゃなかろうか。

ここまで思考1.0秒。


「いーんじゃない」

「ありがとうございます」

「内藤さんは出ないの?」


はるみが絡みだした。


「ええっ私なんか無理ですよ」

「え~私は内藤さんがいい」


そんなベタな。

でもそんなとこもかわいいなあ私の女、もとい相方。




ステージに登場するとき、私たちは「美人すぎる芸人とグラドル芸人のコンビ」と紹介された。

こうなるともうミス&ミスターコンテストのゲストがメインで呼ばれた感じだが、芸人と認識してくれてるだけいいのかな。

やはり子どもには真実を見通す目がある。

しかしどうせならおもしろすぎる芸人と呼ばれたい。


……。

おもしろすぎる芸人はさすがにハードルが高いな。

だったらおもしろすぎる美人で。

いや、それだと芸人がどっか行ってしまう。

まあまあおもしろい芸人。

ダメだ、志が低すぎる。


どうでもいいことを考えているうちに結果発表が終わって、最後にコメントを求められた。

お客さんの前でしゃべれるのはネタ前のアップにちょうどいい。


「お疲れさまでした。貴重な体験をさせてくださってありがとうございます。

挑戦的な企画であるとさっきスタッフの方から伺いました。

実際、見た目がいいというのは1つの価値です。

しかしそれが人生のすべてではない。

役立つ場面もあれば役立たない場面もある、そのTPOさえ判断できれば十分かと思います。大事でも些細な事でもない。

ちょうど美人すぎる芸人と紹介していただいたばかりで、そりゃ美しいと言われれば悪い気はしません。

でも美しいことがお笑いの場で有利ということはまったくありません。

登場しただけで笑いが起こる人を見ると、こう…ずるいなあと。

うらやましいとか言い出すと炎上するので皆さんオフレコでお願いしたいんですが」


ちょっとウケたな。

うれしい…


「まあ見た目はあくまで見た目ということで。

TPOに合わせてそれぞれの価値・武器を過不足なく使うことができれば、窮屈な未来は避けられるんじゃないかと思います。

明るい未来を、迎えにいきましょう」


これで締め。拍手。

なんだかラストで政治家みたいになってしまった。


続いてはるみのコメント。


「いや~。茜ちゃんかわいいね~。ぎゅーってしたい」


どっと会場が沸いた。茜ちゃんはミスの方で優勝した子だ。

一言で沸かせるのすごい、むしろかわいいのはお前だという気持ちが80%。

茜ちゃんに対する嫉妬と羨望のモヤモヤした気持ちが80%というところか。


…60%溢れてしまった。


やっぱり最後は理屈じゃないんだなあ。

でもはるみがウケをとってる場面を見るのは純粋にうれしい。


「ところでTPOって何ですか」


さらに会場が沸いた。

なんて誇らしい相方なんだろう。

この娘はちゃんと輝ける。おいしい素材が最大限生きるように私が力を尽くさなければいけない。

そんなことを強く誓った。




まだネタをやっていない件。


ビシッと決めて帰ろう。いい流れのまま終わりたい。


真っ向勝負のしゃべくり漫才を用意してきた。

甘っちょろい学生どもにプロの本気を見せてやる。


袖で待つ間はリラックスして雑談するのが私たちのスタイルだ。

ギリギリまでネタを確認したりはしない。


「楽しいねシキちゃん」

「んー。

たのしい。でも私たちはもっといけるから、気を引き締めていきたい」

「緊張してるの」

「そうでもないかな」

「じゃあ大丈夫だね」


じゃあぼちぼちいってみますか。



『歯みがき』

※私→マサオカ は→はるみ


私:みんなー歯磨いてますかー?

は:……

 まあ挑戦に失敗はつきものということで、挑戦したことを評価したい

私:新しいつかみを試した訳じゃない

 聞きたいだけ、歯磨くとき歯ブラシにつけるもの何て言いますか

は:歯みがき粉…か歯みがき

私:そうよね、イマイチはっきりしないでしょ

は:もう粉じゃないし、歯磨くことも歯みがきって言うもんね

 それが何か

私:いやこれは大変なことよ

 こんなに皆が毎日使う日常的なアイテムの呼び方が定まってないなんて

 なぜこの重大さに気づかないの

は:とおっしゃられても

私:まだないってことは、誰にでも名づけるチャンスがあるってこと

 ホチキスの正しい名前知ってる?

は:正しい名前、ホチキスじゃないの?

私:あれ本当は商品名なの

 正式名称はステープラー。ピンとこないんじゃない

は:こないわ

私:つまり商品名が食っちゃった訳

 ホチキスの針を、こう開けて中に入れるように

は:ケガするから無理しないで

私:あとたとえばシーチキン

 シーチキンも商品名よね

は:正しくはツナか

私:そう、ツナって言葉は消えてないけどかなりシーチキンの勢力拡大を許してしまった

 なぜか

は:……

 綱引きで負けた?

私:ツナでは弱いからだ

 だってマグロ英語にしただけじゃん。だったら解体する前のマグロもマグロの刺身も全部ツナだもの

は:なるほど

私:こういう本家が弱い言葉は乗っ取る隙があるの

 おわかりいただけたろうか

は:はい

私:以上をふまえて

 歯みがき粉的なやつの正式名称は歯磨剤(しまざい)です

は:うん?

私:歯・磨く・洗剤の剤と書いて歯磨剤

は:…本家激弱!

私:「あ、そろそろ使い切りそうだな。ねえオカン、今度歯磨剤買っといて」

 「はいよー歯磨剤ね

 歯磨剤?!」

は:ないなー

私:いけそうでしょ

は:確かに

私:原始の人たちには「あれを太陽と名づけよう これを花と名づけよう」なんて喜びがあった

 私たちに名づけられるものはほとんど残されてない中、歯磨剤とは最後の楽園なのだ

 うおー!

 うおー!

は:……

私:温度差

は:とはいえ所詮歯みがきですし

私:まだ重大さがわかってないようね

 うまくいけば個人名だって残せるかもしれないのに

 トミー・ジョン手術は聞いたことある?

は:野球のピッチャーの

私:そう、考案して手術したのはフランク・ジョーブっていうお医者さんだけど

 最初に手術を受けて活躍したトミー・ジョンが目立ったから名前をもってった

は:トミー・ジョンの名前が永遠に

私:そういうこと

 で拳を握って掲げるポーズ、あれは昔からあって名づけたもん勝ちみたいな状態を

 ガッツ石松がモノにした結果ガッツポーズって言葉が定着した

は:あんまり言い方が良くない

私:と思ったらその説はどうもガセらしいわ

は:…じゃ言わなくてよかったのでは

 そもそも実績ある人たちの話だしさ

私:だったら弁慶、弁慶の泣き所はどうよ

 ただ泣いただけで名前が残った

は:ただ泣いただけではないと思います

私:アキレス腱と比べるとあんまり使われてないのは語呂が悪いせいかな

 弁慶ぴえんとかだったらもっと普及したかもしれない

は:ぴえん付けられてまで名を残したいかは微妙だなあ

私:あとは泣いて馬謖を斬る、やはり泣いただけで名前が

は:いや斬られてるって

 命と引き換えじゃん

私:……

 結局名前って残すものじゃなくて、自然と残るものなんじゃないかしら

 歯を磨く前にまず己の魂を磨けと

は:お前の歯磨剤を練りわざびにしてやろうか

私:とりあえず今日は歯磨剤って名前だけでも覚えて帰ってください

は:そんなコンビ名みたいに



「ありがとうございました」「ありがとうございました」


やり切った。

私たちの歴史の中ではかなり反応がよかった部類じゃないだろうか。本職のメンツは保った気がする。

さっきのコーナーではるみが場をあたためてくれたのがたぶん追い風になった。


私ははるみとともにゲスト席に座った。


「スターリースターリンのお二人ありがとうございました。

続いて落語研究会のネタ発表です」


これが仕事の役目をはたすということ。

あとはゆったり学生たちの演目を楽しませてもらえばいい。

ひとまず荷が下りたわ。


……。


……。


あれ。


私たち前座になってない?


あれー。

演目を見てってくださいってのはこういうことだったか…


順番はそんなに重要じゃないのかな。

でものど自慢ではゲスト歌手は最後に歌うよなあ。


意図されたものかどうかはわからない。

ただ確かなのは、後から出てきたサークルの学生たちの方がはるかに笑いをとっていたということ。

つまり順番はこれで正しかった。

やっぱり子どもには真実を見通す目がある。

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