【短編】偽りの恋と果実
「ということで山田。頑張れよ」
高校の昼休み、今日はいつもと違う出来事が起きていた。
ここ新青南高等学校は最近の学校では珍しく屋上が解放されており、俺こと山田太郎はよく絡んでるメンバーと毎日屋上で昼飯を食べている。
……のだが今日に限っては昼飯を食う訳でも無くメンバーのひとり、浅野誠が内緒で持ってきていたビデオゲームで遊んでいた。
ゲームを始める前、浅野は一言俺達に伝えてコントローラーを握った。
「このゲームで負けたヤツは罰ゲームだ」
と……。この言葉のせいで俺の高校生活はハチャメチャになるのだが、この時の俺はまだ知らない。
ゲームは得意な方だったので負けることは無いだろうと思って了承したのだが、いざやってみると最下位になってしまった。
罰ゲームの内容なのだが……この学校の女王様に告白する。というものだった。
まあ罰ゲームの内容で分かると思うが、新青南には女王様がいる。
孤高の女王様だとか言われている人だ。そして、この学校で一番の美女のためよく告白されているらしい。
らしい……というのは俺が彼女に興味が無いためよく知らないのだ。彼女に興味を持つならゲームをしていた方が良い。
この罰ゲームはとても困る。だって興味ないんだもん。興味ない相手に告白してどうするんだよ。……んまあどうせあの女王様なら告白を断ると思うのでまだ気は楽だ。
……ということで翌日の放課後。俺は孤高の女王様を呼び出していた。
「……それで、貴方は私に何を言いたいわけ?」
『女王様に言いたいことがあります。屋上に来てください』という文を彼女の下駄箱に入れておいたので、第一声から本題を訊いてくる。
「あー……そのーですね……」
まあ罰ゲームであっても告白というものは緊張するわけで、自分でもびっくりするほどに中々声が出ない。
女王様の機嫌が段々悪くなっていくのが目に見えてわかる。表情は全く出ないという話を聞いたのだか、意外と顔に出るらしい。
「早くしてくれないかしら?私だって忙しいのだけれど……」
言葉が詰まって出てこない俺を見かねてか更に催促してくる。流石に申し訳ない。こちらの事情で時間を奪ってるわけだからな。
「すみません!!えっと……俺と付き合ってくれませんか?」
ようやく言葉が出てきた。いやはや告白というものは大変なことだな。よくみんな軽々しくできるわ。
「……どうして告白したの?」
機嫌が悪い顔のまま理由を聞いてきた。
正直「罰ゲームで言わされてます」と言いたいのだが……まあそんなこと浅野が許すわけないので代わりの理由を言うしかない。それに女王様が更に不機嫌になる気がする。
「えっと……見た目。というのが1番です」
やはりここが無難だろう。女王様が美人であるというのは学校中で知れ渡っているので彼女も納得しやすいだろう。
……とここでチラリと彼女の顔を見たのだが、先程よりも不機嫌になってしまっている。
まあ当たり前か。彼女からしたら何度も聞いた理由だろうからな。もうつまらないのだろう……と考えたので、ちょこっと別の理由も付け足してみることにした。
「見た目というのが1番ですが、その……興味無いようで意外と周りに気を配っていたり目立たないところで活躍するところとか真面目なところ。後は字が綺麗で惚れました」
これは事実だ。彼女は孤高と呼ばれるくらいには独りなのだが、その立ち振る舞いからは想像も出来ないくらいお節介だ。他人のことをよく観察している俺だからこそ分かるのだろうが……様々なことに興味無いように見えてとても気にしており気を配ってたりしている。
まあ表ではそんな行動目立たないし立ち振る舞いからは分からないので俺だけが知っていたりする。
なんで俺だけか。という話はまあ気にしないでくれ。
ただクラスメイトとか生徒の話を(勝手に)聞いていてもそういう話を聞かないので知らないと思っているだけだから。
そして彼女は真面目だ。とにかくクソ真面目だ。俺は真面目な方では無いのでとても尊敬できる。あと字が綺麗。
実は俺という人間は……とても字が汚い。だからこそ字が綺麗な人には憧れるし尊敬する。彼女の字も何度か見た事があるのだが、とても綺麗だと記憶しているので理由に付け加えさせてもらった。
「……貴方。意外と見ているのね」
頭の中でつらつらと理由を述べていると、彼女はそう口にした。辞めてください他の人に言われると恥ずかしいですまるで自分が他人のことをジロジロと見ているような人間に思えてしまうでは無いですか。事実ですけどもね。
「あはは……人間観察は趣味ですから」
とりあえず誤魔化しておく。スルーするのもまた変な話だろうしな。それに趣味なのは間違いでは無いし。
「それと……字が綺麗なことは貴方の好み?」
そこを追求しないで貰えるかな女王様?わりと困ります。
……だがしかし答えなければいけないであろう。伝家の宝刀擦り付けはタイマンの場では使用できない。
「そんなとこですね……」
目を逸らしながら答える。いやだって「女性の好み字が綺麗な人」って中々無いぜ?俺自分以外で見たことないもん。
「ふふ、中々独特な好みをお持ちのようね」
女王様は白くて細い綺麗な手で口を覆う。
……あれ、女王様の笑う姿初めて見たかもしれないぞ。これ結構ラッキーなシーンじゃないか?
意外と幸運かも。とか思ってしまった山田君であった……
「それで、答えを聞いてもいいですかね?」
このままだと俺にとって不利な話題になってしまいかねないので、元々の話題に戻る。彼女だって俺なんかに時間は食いたくないだろう。これは結構良い判断な気がする。
「ええ、そうね……」
それじゃあ。と一拍置いて彼女は俺に告げる。
「これからよろしくね。彼氏さん」
よーし。罰ゲームも終わったし帰って……って、え?
ん?あれ?これってー、つまりぃー……えぇ!?
「……は?」
彼女から発せられた一言に俺の思考は停止した。
ちょっと待て、待ってくれ……なぜこの女は俺の告白に答えた?何故だ?罰ゲームだぞ玉砕覚悟だぞ女王様に興味無いぞ……もしかしてやらかした?やっぱり見た目だけ言っとけばよかったか?
「なに?そちらから告白してきたのに私じゃご不満?」
目を見開いて驚いている俺を見てか不満気な顔をしている。
「い、いやそういう事ではなくて……一度も告白が成功していないという話を聞いていたものですから、俺の告白も失敗に終わるものかと……」
その顔を見た俺は慌てて言葉を紡ぐ。何となくだが彼女は不機嫌にさせてはいけないような気がする。
「私が今まで断っていたのは私に見合う男が居なかっただけよ」
ツンとした表情で明後日の方向を見る女王様。いやそんなこと言われましても納得は出来ないよ?だってその理論なら俺は貴方に見合うって事だからね?
「そうよ。貴方は私に見合うと判断したの」
あれまって言葉に出てた?いや出ていないはずだてことはエスパーだと!?
「なんで心読めてるですか……」
驚きを隠せずつい聞いてしまった。いや誰だってビックリするよね心の中で自問自答していたら急に目の前の人に心の中の会話に入られたらさ。
「あ、当たった?外してたら恥ずかしいから良かったー」
ツンとそっぽ向いていたのに今度は破顔させて笑っている。情緒意外と不安定か?この人……
「さて、そんなことより。早く帰りましょう?」
会話を切り彼女はそんなことを言ってきた。
少し空を見ると既に赤い空は闇に染まりかけていた。
「そうですね。送っていきましょうか?」
時刻は5時過ぎといったところだろうか。この時間帯から女の子一人だと危ないだろう。そう考えた俺は彼女に提案したのだが、身の程を弁えない発言だっただろうか。
「うーん。そうね、お願いするわ」
……と考えていたのだが、目の前の女王様は訂正をせず提案に乗っていた。そういえば俺は彼氏なんだった。ていうことは今の発言も失礼ではなく当たり前のことなのだろうか?
とまあそんなことを考えながら俺たちは学校を後にして帰路を辿るのであった。
「あ、ちょっと寄り道してもいいかしら?」
彼女の家があるであろう道を彼女の歩幅に合わせながらゆっくりと歩いていると、突然そんなことを聞かれた。
「別に構いませんけど、どこに行くおつもりで?」
彼女の少し先で立ち止まり、振り返りながら問う。
「少しスーパーに用事があってね」
と彼女は俺の後ろあたりを指差しながら言う。その指を辿ると、丁度スーパーの看板があった。
「なるほど、分かりました。行きましょうか」
俺は特に用事はないが、別にここで時間を食ってしまっても問題は無いだろう。
「でも、どうしてスーパーなのです?」
高校生がこの時間にスーパーとは、中々ないだろう。
俺たちならマックとかコンビニとかになってしまう。
「私一人暮らしをしていてね、今日のご飯ないなって思ったのよ」
なるほど。それなら納得だ。一人暮らしならスーパーで安く済ませた方が良いだろう。俺たちオヤノスネカジリ族とは違うわけだ。
……ということでやって来ましたスーパー。ここに来るのも久しぶりだ。だってスーパー来る用事無いんだもん。
久しぶりのスーパーということで少し新鮮で店内を見回していると、いつの間にか女王様が隣から居なくなっていた。
どこ行ったのかと探していると、どうやらカートとカゴを持ってきたようだ。
「好きなの見てきていいけれど、どうする?」
好きな物……か。と言われても特に必要なものは無いな。
「特にないから着いていきますよ。一人じゃ暇ですし」
用事のない俺がスーパーに一人となると大分暇になってしまう。だから彼女に着いていくことにした。
「分かったわ。それでは行きましょうか」
彼女は小さく頷き、足を動かし始めた。
野菜やら肉やら魚やらを見て回っている。一人暮らししているのだから当たり前なのだろうが自炊をするらしい。
俺は料理ができないため感心してしまった。
スーパーの店内をグルグルと回っていたのだが、やがて青果コーナーというのだろうか?果物が売っているところで立ち止まった。
「私林檎好きなのよね」
ふと、彼女がそんなことを呟いた。目の前には赤い果実が並べて置かれている。
「林檎、かぁ。俺も好きですね」
果物に不味いものは無い。あってドドリアとかじゃないだろうか?どこかで聞いたことがある。美味しいものが野菜でもっと美味しいものが果物。と……
「一緒ね。私はね、白雪姫の毒リンゴが好きなの」
白雪姫……確か「世界で一番美しいのは? 」と聞くヤツだったか。それで「白雪姫です」と答えられて嫉妬した王妃様が毒リンゴで殺そうとするという話だったはずだ。
「なぜ、毒リンゴが好きなのです?」
その毒リンゴを好きと言うくらいだ。もしかしたら女王様は相当な物好きなのかもしれない。
「特に理由は無いわ。ただ強いて言うなら、人の強欲さと愚かさが分かるから。かしら」
人の強欲さ……か。確かにあの毒りんごも王妃の一番でありたいという強欲さの現れだ。そう考えれば彼女の言っていることも分かるかもしれない。
一通り話をすると、彼女は置かれている林檎の中から一番赤い物を手に取った……
「今日はありがとう」
あれから会計を済まして帰路に戻り彼女の家に着いた。
買ったものが入った袋は俺が持っているので、それを彼女に渡す。彼氏というのは荷物を持つものと何処かで聞いた気がする。
「いえ、それではまた明日」
片手を挙げて別れの言葉を告げ帰路につこうとしたが、女王様に止められてしまう。
何事かと振り返ると、先程買ったであろう林檎を強制的に口に入れられた。
反射的に齧ってしまうと、彼女は微笑み……
「これから。よろしくね」
とだけ言って家の中に入ってしまった。
入る直前、一瞬だけだが手を振っていた気がする。
「……なんだったんだ?」
少しの間ジッと彼女が入っていった扉を眺めていたが、振り返って帰路を歩くことにした……
翌日の学校。朝俺が登校すると学校中が騒がしかった
「お前、まじで付き合えたのかよ!?」
席に着くと、浅野が駆け寄ってきた。情報伝わるの早いな。流石高校生といったところか。
「んまあ、一応な」
やはり少しだけ実感がない。初めての彼女がまさかの女王様だなんて誰が想像しただろうか?
「くっそぉ……なんでお前なんかがァ……」
悔しそうに俺の髪をワシャワシャと乱してくる。……いや知らんがな。俺が一番聞きたいんだわ。
「こんなことなら俺が負ければよかったな」
うーん。多分お前じゃ無理やぞ。多分だけどね……
正直。どうなるかなんてわからない。ぶっちゃけ上手く行くなんて到底思えない。だって俺と彼女が釣り合うわけないから。卒業の時期まで付き合ってたら上々だろうなぁ……
と、今日も青い空を見ながらそんなことを思うのだった。
あれから、約一年が経過した。
俺はどうなったかというと……ボロボロだ。
制服は汚れて臭いし教科書や鞄なんかもボロボロ。
どうしてこうなったのか……ということなのだが。
女王様のせいだ。
確実に、あの人が原因なのだ。なぜ断言出来るのか?それは当人たちが言っていたからだ。
「お前なんかが付き合えるわけが無い」と……
あの日から、俺は女王様を狙っていたらしい先輩達に目をつけられてしまい……毎日毎日殴られ蹴られ。
それに便乗した同級生、下級生が集団で俺を虐めまくった。
その結果こんなボロボロになってしまったというわけだ。
早く別れてしまえ……そう思うだろう?だが、俺は別れない。
彼女にこの事を言った日。俺は彼女に慰められた。抱かれて頭を撫でられた。そんな彼女に俺は甘えた。彼女は俺を受け止めてくれた。だから別れることは無い。
どれだけ辛くても痛くても怖くても彼女が居るから大丈夫なのだ。
今日は、終業式。ようやく学校から一時的に解放される。
ようやく……イジメから一時的に解放されるのだ。
長い長い式は終わり、ようやく学校から解放。
今日は珍しく誰にも呼ばれることは無かったので、久々に彼女に「一緒に帰ろう」と連絡した。
すると彼女からは「校舎裏で待ってるよ」と言われた。
なぜ校舎裏?と思ったのだが、俺のイジメを危惧して裏門から帰ることにしてくれたのだろう。
流石彼女だ。とても気配りができる良い子。俺なんかには勿体ない。本当にそう思う。
走って校舎裏へ向かう。今すぐにでも彼女に会いたい。
すぐにすぐにすぐにすぐにすぐに…………
「あ、来たね」
俺の足音に気づいたのか、到着した瞬間に声をかける暇もなく振り向いた。
手には、林檎を持っている。彼女は持っていることが多い。付き合い始めたあの日、林檎が好きと言っていたし相当なのだろう。
「ごめん。待たせたね……さあ、一緒に帰ろう」
息を整えてから笑顔で言って彼女の手を取ろうとする。
……が、なぜか俺の手は弾かれてしまった。
「なんで?」
言葉が理解出来ていない様子で首を傾げられた。
……え?なんで、だって?
「いや、一緒に帰ろうって……」
困惑と動揺を隠せない。どういうことだ?
なんで俺の手は弾かれた?
「え?誰も貴方と帰るなんて言ってないわよ」
……え、どういうことだ?
「なにそれ、冗談やめてよ。だってさっき……」
「私が送ったのは『校舎裏で待ってる』ということだけだよ?」
彼女は俺にスマホを見せてくる。その画面には先程の会話が映されていた。
……そこには、確かに「一緒に帰る」なんて送られていなかった。
「……どういう……こと?」
分からなくなってきた。思考がグチャグチャになってきた。どういうことだ?つまり彼女は何を言っている?俺は何をしているんだ?
「ていうか、触らないで欲しいんだけど。その汚い手でさ」
汚い……手……?辞めろよ。女王様はそんなこと言わない……俺にずっと優しくしてくれたじゃないか……
「……俺たちってさ……付き合ってるんじゃ……ないの?」
無意識に、言葉が出てきた。
きっと不安なんだ。とてもとても不安だ。だから無意識のうちに出てしまったのだろう。この疑問が……
「そうだね。付き合ってる。でも考えてもみて。私と貴方……頂点と底辺が釣り合うと思う?」
………………は?
ちょっと待ってくれよ。どういうことだ?
俺は女王様の彼氏で彼女は俺の彼女で俺は彼女のことを愛していて彼女もまた俺を……愛して……いるのか?
……一度だって聞いたことがない。彼女の口から、好きの二文字を、愛してるの四文字を……
……だま、されていた?
「あは、ようやく気づいたんだ」
彼女は不敵に笑う。俺の前で一切見せなかった表情だ。その目を見れば分かる。本心から俺を嘲笑っている。
「君、簡単に落とせそうだったしね。利用させてもらったんだァ」
彼女の言動、仕草、何もかもが変わる。
俺と過ごしていた時は全て演技だったとでも言うのか?
「どうして、こんなことを……」
震える声で質問をする。すると、笑いを止めて……
「え?面白いから」
と冷徹な目をしながら簡潔に答える。
面白いから俺は利用されたのか?遊ばれたのか?
ふざけるなよ……ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな
いつの間にか、彼女には怒りが湧いていた。
今すぐにでも殴りかかりそうだった。……しかし、一切その拳は振るわなかった。
なぜか自分でもわからない。どうしてなぐるこてはないのだろうか。
「んまあ君と付き合ってて告白される数が減ったっていう利点もあったしね。いやー役得役得」
要は男避けってことだ。どうして殴らないのか不思議なくらいに怒りが湧いてくる。
……あ、わかった。なんで手が出ないのか。
まだ、好きなんだ
どれだけ利用されてても、どれだけ遊ばれていても、どれだけバカにされてても、好きなんだ。俺はこの人が……
「それ、全部……本当なんですか?……嘘とか……」
それを自覚してからか、やはり諦めきれなくなってきてしまいそんなことを聞いてしまった。
「え?嘘なわけないじゃん。別に好きじゃないし」
そんな小さな希望も粉々に砕かれてしまう。
「ていうかさ。私……」
名前呼んだことすらないよね
彼女は冷酷に告げる。確かに、一度も名前を呼ばれたことがない。デート中でも、帰宅途中でも、告白した時だって一度も呼ばれたことがないのだ。
……はは、うっそだろ…………
最初から、チャンスなんて無かったんじゃねえか
分かっていたことだ。だが、その事実を自覚するほどに虚しく苦しくなっていく。
「私さー。昔言ったよね。林檎が好きだってさ」
ふと、彼女がそんなことを言う。
言っていた。忘れるわけが無い。あれは付き合い始めた最初の日の帰りのスーパーでの話だ。
「強欲さと、愚かさが分かるから好きだってさ」
そう。彼女は言っていた。白雪姫に登場する林檎が好きだと。あの王妃が使った毒リンゴが好きだと……
一口、カプっと手に持っていた林檎を齧る。
「君の私への愛。それが強欲さと愚かさなんじゃないの?」
絶対に届かないと知っていても逃がすまいと足掻き続ける強欲さ。そして諦めればすぐに楽になれただろうに諦め切れずに辛くても苦しくても痛くても怖くても付き合い続けていじめを受け続けた愚かさ。
……ああ、そうか。あの日強制的に食わされたあの林檎。
あれが、俺にとって白雪姫のあれのような毒リンゴだったんだな……
ゆっくりと、膝から崩れ落ちる。
もう頭の中が真っ白だ。混乱に次ぐ混乱でもうグチャグチャだ。
「ふふ、じゃあね?強欲で愚かなヤマダタロウ君」
初めて呼んだ俺の名前は、何故だろうか。とても……ココロに大きな穴を開けた。
彼女は持っていた林檎を俺に向けて投げ捨て、俺の目の前から一生姿を消したのだった……
一回の罰ゲームが生み出した絶望。この捨てられた日から彼女は転校して新しい相手を見つけ、彼は精神が崩壊し学校に通うこともなく無気力で無感情な生活を送るのだった…………




