緑の恋色(3)
「好きだから」
はっきりと蓮君はそう言った。
「え?」
「好きなんだよ」
「な、ななななな何、言ってるのよ!」
私の涙はこの状況でも止まることを知らないみたいだ。
「別に付き合ってくれとは言っていない。俺を利用してくれていい。赤原を忘れられるような時間を作りたい。みどりの時間、俺にくれないか?」
こんなにも真剣な目つきの男を私は見たことが無かった。
「だ、めよ」
私は言う。ここは引けない。
「じゃあ、助けてあげた貸しということで、いつか一緒に遊ぼう」
蓮君の真剣な表情は、いつの間にか笑みに変わっていた。
「断る理由、ないだろ?」
蓮君は一歩、私に近づいてきた。
「……一回だけよ?」
私は控えめにそう答える。私は蓮君のことを、どっちかっていうと好きだ。男友達として、嫌いになることは多分、このあともないだろう。
「じゃあ、また明日な」
蓮君と話をしていたら、いつの間にか私の家の前に着いていた。
「きょ、今日はありがとうね!」
蓮君の背中に私は声をあげる。蓮君は片手をあげて、走っていった。
その次の日、蓮君と私は前よりも仲良くなって、学校でもよく話すようになった。しかし、彼氏彼女という関係にいまだなる気配は無い。
ただ単に、私にその気が無いだけなのだけれども。
「なぁ、いつも持っている、その写真なんなの?」
一時限目の授業が終わったとき、蓮君は私の筆箱の中身を覗くように近寄ってきた。
「これ?」
私は筆箱に入っている小さい写真を取り出す。
これは、昔撮った祐太の家族と私が写っている写真。昔、祐太との喧嘩中この写真を落として、それを見ようとした祐太に私は怒鳴った覚えがある。
「見せたくないよ」
正直、あまりこの写真は人に見せない。恥ずかしいし、私が祐太のこと好きだってばれてしまうから。
「いいじゃん」
「もう、蓮君ってば」
「別にいいだろ?」
別に蓮君は祐太のこと知っているし、別に見せていいんじゃないの? 私の中にそんな考えが浮かんで私は結局蓮君に見せることにした。
「……これって」
そう、祐太。と呟こうとしたときに、私は気付いた。
最悪だ。
仮にも蓮君は私のことが好きだといってくれたのに、こんなものを見せてしまったら、ただの最悪女にしかならないじゃないの!
「あ、ごめん……悪気は無くて」
私が申し分けそうにそういうと、蓮君はそっと笑って許してくれた。こんなところが祐太とは違う。
ありがとう、と蓮君は言いながら私に写真を返してくれた。
それにしても、私は蓮君にひどいことを……。
ごめんね、と呟きながら次の授業の準備をする。ちらっと私の三つ後ろの席にいるはずの祐太に視線を送る。
しかし、そこにはさっきまで居たはずの祐太の姿がなかった。
その日の昼休み。私はいつものように、莉奈と愛白とご飯を食べる。
「ねぇ、みどり」
ご飯の途中、少しトーンの低い声で莉奈は私の名前を呼んだ。
「何?」
「蓮君と付き合っちゃいなよ」
「は?」
莉奈のいきなりの言葉に、私は声が裏返った。
「蓮君いい人そうだし、みどりのこと好きっぽいもん。赤原君を待っていても駄目かもしれないし……」
昨日とはまるっきり別意見の莉奈。そのことに、自分は気付いているのだろうか?
しかし、莉奈の気持ちも分かる。私も、昨日までは男と仲良くするなんてありえないことだと思っていたのだけれども、今日となってはそれが普通となってしまった。
人の気持ちなんてものは、一日でコロッと変わってしまうものだ。
「駄目だよ」
だけど私の心は、揺るぐことはなかった。10年間培ってきた気持ちは、そう崩れるものではない。
「私……」
祐太のこと、まだ好きだから。そう、言葉に出したかった。
数日後、私は蓮君から遊びの約束を受けた。
一回だけと約束した、その遊ぶ約束。
なぜか私の心はドキドキとする。
今度の日曜日。集合場所は駅前の時計台の下。遊ぶ場所は遊園地。
それが、私に言い渡された集合場所と、日にち。どうやら、集合時間は私の携帯に連絡をくれるらしい。
私はその遊園地を楽しみにその週を過ごした。
土曜日の朝。
私の携帯には一通のメールが。
「集合時間は11時か」
私は携帯の内容を口に出すと、わかったと返信をする。
明日のために、私は服選びを始めた。男と二人で外へと遊びに行くのは、小学校のとき以来である。あの時は、祐太と二人で祭りに行ったときだったかな。
私は昔の思い出に少し浸り、一人部屋の中で笑みを浮かべる。
あの時は楽しかった。
それは今でも、私を支えてくれる思い出、真実。
だけど今はどうなんだろう?
喧嘩ばかりの毎日。本当に楽しいといえる? 笑って毎日過ごせるといえる?
……。
私は分からなかった。その自分自身に対する問いに。
結局時間だけがすぎて、正確に答えることは出来なかった。
次の日の日曜日。
私は、9時起き、準備をして家を出た。
向かうは駅前の時計台の下。
11時10分前に着いたというのに、蓮君はもうそこに立っていた。
話を聞くと、どうやらかれこれ20分待っていたらしい。
「なんでそんなに早く来たのよ」
私は笑いながらそういうと、蓮君は顔を赤らめて駅の中へと入っていった。
これから始まる出来事に、私は気付くことなく笑顔のまま遊園地へと向かう。
行かなきゃよかった。
そう思ってしまったのは、これから5時間後の私と、祐太が出会った時の話。