緑の恋色(1)
「ねぇねぇ、みどりぃ」
「どうしたのぉ? ゆうたぁ?」
「これあげる! みどりのために作ったんだ!」
「なにこれ?」
「あのね、お花さんのくびかざり? って先生がいってた!」
「ゆうたが作ってくれたの?」
「うん!」
「ありがとう! ゆうただいすき!」
ピリリリリリ。
いつも私が朝に聞く、目覚まし時計の音が部屋に響き渡った。
「また、この夢…」
これは昔の話。私が、祐太のことを好きになった原因の一つ。
小学生に入る前ぐらいに私、早川 みどりは、赤原 祐太という男に恋をした。
しかし、それは叶うことのない恋。
なんたって、祐太は私のことが嫌いなのだ。昔はあんなに仲良くしていたのに、いつの間にかこんなにも仲が悪くなってしまった。
「私のせいなら、謝りたいのに…」
朝、この夢を見るたびに私はそう思ってしまう。
だけど、祐太の顔をみると、どうしても言えなくなってしまう。その代わりに、気持ちとは裏腹の言葉を吐いてしまうのだ。
今日の朝も、祐太と一緒に学校へと向かった。
というか、私が付いていっているだけなんだけど。
今日も謝ろう。謝ろうと思うんだけど、やっぱり祐太の顔を見た私はそんなこと言えなかった。
「あんたなんか大っ嫌い!」
そんなこと、言いたくないのに。
本当は大好きなのに……。
「俺だって、お前のこと嫌いだよ!」
祐太は本気で怒った顔で、私の顔を睨みつけてきた。
私は怒って、祐太よりも先を歩く。祐太は追いかけてくれることはしないで、ただいつものようにゆっくりと歩いていた。
いつも私は、祐太が家を出るタイミングを見計らって家を出ている。
祐太はマイペースだけど、ちょっと几帳面な性格だから、いつも同じ時間に家を出るのだ。だから私はいつもそれに合わせるだけ。
時間が違うのは、雨の日や、祐太が学校をサボった日。
それ以外の日は大抵、祐太を目にする。それが私の幸せでもあった。
「ねぇねぇ、みどり!」
教室に着くと、毎日私よりも早く学校に着いている川口 愛白の姿があった。
「どうしたの?」
「見てこれ!」
ジャンジャカジャーン♪ と効果音が出そうな勢いで、みどりはポケットからある物体を取り出す。
何、これ?
私は心の中で、そう呟いた。
表情に出ていたのか、愛白は驚いたように私に聞いてきた。
「もしかして知らないの? これ、今テレビで有名なよく声が出る喉スプレーなんだよ!」
そんなの知らないわよ!
「ねぇ、莉奈は知っているでしょ?」
「し、知らなぁい」
と、水谷 莉奈は答える。
莉奈のその言葉に愛白は残念そうに、頭をがくんと垂れ下げた。
声が出る喉スプレーか。
それを私の心にかけたら、素直になれたりするのかな?
そんなことを考えたら、学校の始まりを示すチャイムが鳴った。
放課後、私は莉奈にカラオケへ行こうと誘われた。どうやらそこは新しく出来た場所らしい。そして、いつもの3人でカラオケへと向かった。
その途中、莉奈がいつものように元気よく私に話しかけてくる。
しかしその言葉は、あまりにも意外な言葉だった。
「ねぇ、みどり」
「なにぃ?」
「赤原君とはさぁ…」
莉奈の口からまさかその言葉が出来るとは思わず、私は口から勢いよく空気を漏らした。
「え、な…なんであいつの名前?」
「好きなんでしょ?」
「そうなのぉ!?」
愛白は莉奈の言葉を信じて、驚いている。いや、本当のことなんだけどね?
「な、、なんで、そう思うの?」
ちなみに私は、誰にも祐太のことが好きだとは言っていない。それは許されない恋なのだから、人に言っても仕方がないでしょ。
「だって、ずっと見てるじゃん?」
「……本当に!?」
私は学校で、祐太を極力見ないように努力をしている。私に見られたら、また祐太を不快な思いにさせてしまうし、私だって祐太の顔さえ見なければ、あんな悪口を言わないですむ。
いい方向にあまり転んでいないけど、一石二鳥なのだ。
それにしても、私は無意識で祐太の顔を見ているのかな?
「本当だよ?」
莉奈は悪魔の笑みを浮かべながら、私の顔をちらっと見てきた。やばい、はめられた。
そう自覚したときには既に遅かった。
「……莉奈ぁ?」
私は軽く莉奈を睨みつける。
莉奈のあの言葉で、私にかまをかけたのだろう。多分、確信がなかったのだ。
「ごめん! でもさぁ、みどりが赤原君のこと好きなら、応援してあげたいじゃん? まぁ噂では、赤原君今彼女いるらしいけどね…」
そのことは知っていた。
なんたって、祐太とは幼馴染。私の母は、祐太のことを見かけると、すぐ私に報告してくる。
中学校のときに始めてそのことを聞いたときは、驚きが隠せなかった。そのときは数日間学校を休んだ気がする。
しかし、人間は何にでも慣れることが出来るらしい。今となっては、少し心が痛むだけで、昔ほど驚きはしなかった。
「そっか」
私はあまり興味のないように返事をした。
「で、どうなのよ?」
莉奈の真剣な目。私はそれに嘘をつくことが出来ず、好きだよと答えてしまった。
「やっぱりぃ! でも、みどり……諦めちゃ駄目だからね!」
「もう、諦めてるんだよね」
あはは、と軽く笑いながら私は莉奈の顔を見た。不思議そうな顔をする莉奈に私は言葉を付け加える。
「だって私ね、昔から祐太に嫌われているから」
その言葉を呟くと涙が一瞬、零れ落ちるかと思った。
「嫌いって言われたの?」
「毎日……ね」
私は苦笑いをしながら、そう答える。笑っても居ないと、この涙はすぐに私の頬へと流れ着いてしまうから。
「でもね、好きじゃなくなることは出来ないんだよね……」
それが最大の悩みだった。私は昔から、何か一つのことを夢中になることはなかった。興味がわいたものは、手をつけて、すぐに手放す。そんな性格。
そんな私がこの10年間、祐太一筋なんて聞いたら、全ての人が笑い転げてしまう。
「みどり……」
悲しい顔で、莉奈の隣にいる愛白は私のそばに寄ってきた。
「今日、カラオケいっぱあああい歌おうね!!」
莉奈はいつも相談に乗ってくれて、愛白はいつも私と莉奈が落ち込んでいると盛り上げてくれる。
こんな二人の存在が私には必要不可欠。
……いつも思う。
私も祐太にとって、必要不可欠な存在になれればいいなって。
そして、私は愛白に笑顔で返事をした。
数メートル先には目的地のカラオケが。
今日、いっぱい泣いていっぱい叫ぼうと決めた。