赤の恋色(5)
「どうしてここに?」
さっきと変わらない服のみどりが、俺の隣で立ち止まっている。
たまたま、ここを通ったわけでもなさそうだ。
「ねぇ」
冷たく、低いみどりの声が俺の耳の中へと進入してくる。
「や、めろ」
聞きたくなかった。
もし、あの告白の返事だとしたら、絶対にNOが返ってくる。
そんなもの、今聞いてしまったら地獄へ突き落とされているのと一緒だ。
「聞いて」
しかし、みどりの声色は変わらない。
「……悪かった」
「は?」
俺の素直な謝罪に驚いたのか、みどりの間抜けな声が聞こえてきた。
「勢いで言ってしまった」
なんとか誤魔化そう。今の俺に上手くできるかは知らないが、このままじゃ俺は破滅の道へと一方通行だ。
「勢いって……じゃあ、あれは嘘だって言うの!?」
嘘。
「……」
その一文字に俺は怖気付いてしまった。余計、怒らせてしまうのではないかということで。
「どうなのよ?」
嘘じゃないに決まっている。
“好き” それは俺の本心だ。10年間ずっと秘めてきた気持ち。
偽ることの出来ない事実。
それを上手く言葉に出して、みどりに伝えられることが出来れば。
いや、駄目だ。
駄目だ。
「……ねぇ、答えてよ?」
今、あの言葉をもう一度俺の中から放ったら、今度こそ返事がやってきてしまう。
「お、俺は」
嫌いだ。
そう言えばいいんだ。いつものように、簡単だろ? なぁ俺よ。
「お前のこと……」
なんか、嫌いだ。
大っ嫌いだ!
「……」
だけど、今の俺は、自分に嘘をつくことができなかった。
「私、ずっと我慢してたんだよ?」
俺の沈黙に耐え切れなかったのか、みどりが口を開いた。
「祐太のこと……」
我慢。
その一言で、全ては繋がった。
「分かってたよ!!」
俺は声を張り上げた。今まで心の中で溜めていた分全てを。
「知ってたよ! お前が俺のこと嫌いなことなんかずっと前からな! だから、俺はお前に言い寄らなかっただろ! 好きじゃなくなろうと努力したんだよ! けど無理だったんだ! ……もうお前には近寄らない。それでいいだろ? 満足だろ? 我慢しなくていいんだぜ? 俺の顔なんか見なくていいからな」
自分で言って悲しくなった。
分かっていたことだ。俺の我侭で、みどりは俺と会話をしてくれていた。
「……帰る」
今にも泣きそうだった。泣き顔なんか、絶対にみどりに見せられない。
俺は背中をむけ、歩き出す。
砂利を踏む音、風邪で葉が擦れる音。
その中に、彼女の声は少しだけ混ざった。
「何でよ……」
その声は少しずつ大きくなっていく。
「何でよ! 本当に嫌いだったら、一緒に登校なんてするわけないじゃない!」
え?
はっきりと、耳に残ったその言葉。
「……幻聴?」
俺のその言葉の後、みどりの泣き声が神社中に響き渡った。
「私、祐太のこと大好きなの! なんで気付いてくれないのよ!」
「嘘……つけ」
「嘘じゃないわよ! 10年も前から好きだったのよ!」
嘘……だろ?
「や、めろ。からかうなよ」
「本当にわかんないの!?」
「わかんねぇよ!!」
信じられるわけ無いだろ! 10年間も俺はお前に嫌われていると思っていたんだぞ! 今更、信じられ……
そこで俺の思考は停止した。
「これで、信じた……?」
目の前にみどりの顔があったから。
そのままみどりは、少しずつ遠ざかっていく。
みどりの柔らかい唇の感触が、俺の唇に残っていた。
「え」
「信じられないなら、もう一回するけ……」
みどりが言い終わる前に、俺はみどりの唇をもう一度味わった。
「ちょ、何よいきなり!」
「お前だって!」
そこで俺は馬鹿らしくなって、口を開くのをやめた。ただ、唇の感触を思い出す。
本当に俺はみどりと……?
「まじかよ」
驚きのあまり、俺の心の言葉は口へと出た。
「ファーストキスだったんだからね……」
暗くてよく分からないが、みどりの顔はいつもより赤い気がする。そんなみどりを見て思った。
これは現実なんだと。
「なぁ、みどり……」
そして俺は願いを申し立てる。
「今なら信じられる。その、なんだ……言ってくれないか?」
俺のこと好きだと。
「祐太」
世界で一番、愛していると。
「大好きだよ」
一生、俺と共に過ごすと。
「俺も大好きだ」
俺の涙を見られないように、そっとみどりを抱きしめた。
燃えつきることのない炎のような愛。
それが赤の恋色。
世界でただ一つの恋色。
おつかれさまでした。そして、読んでくださった皆様、ありがとうございます。
これで、赤の恋色、 赤原 祐太の恋のお話はおしまいです。
いかがだったでしょうか? 幼馴染のことにずっと嫌われていたと思っていた祐太の気持ち。
そして、みどりの気持ち。
次は、そのみどりの話となります。
どんな恋色になるのやら。