赤の恋色(4)
遊園地の帰り。
俺は由美を最寄り駅まで送っていき、そのまま家へと向かった。
あの後、俺とみどりは再び出会うことは無く、不機嫌なまま俺は一日を終わらせた。
みどりが悪いんだ。
「何でわかんねぇんだよ……」
そう直接言ってやりたかった。
『あんたに関係ない』
そんなことを言われて、ショックじゃないはずが無いのだ。
「関係ありありだろ……」
だって、俺はみどりのことが好きなのだから。
もしかしたら、あの後蓮がみどりとよりいっそう仲良くなって、ホテルなど行っているかもしれない。
そんなことを考えただけで、俺の頭は怒りで爆発しそうだ。
「俺は、好きなのに」
本人の前では決して口を開けないその言葉。
「何でだよ」
帰り道、ただ俺は泣きそうになる心を抑えながら帰り道を歩いた。
もう時間も遅くなり、空が真っ赤な茜空に変わっていく。
車の通りも少ない、今通っているこの裏路地と呼ばれる道は、こうやって見上げながら歩くのに最適の場所である。
「くそ」
思いっきり叫びたいところだが、そこは一般常識を考えて控えた。
その代わり、小さな声でぶつぶつを呟く。
今日、家に帰ったら由美に謝ろう。そして、別れるか。
そんなことを考えているときであった。
「祐……太」
ふと聞こえたその声に反応し、俺は後ろを振り向く。
「み、どり」
「……」
立ち止まっている俺の横を無言で、通り過ぎようとするみどりに俺は口を開いた。
「今日のデートはどうだったよ?」
「あんたのせいで最悪だったわ」
即答したその言葉に、少し俺は安心する。
もしも言葉が返ってこなかったら立ち直れなかった。
「あんたはあの子と仲よさそうだったわね」
「……別に」
「私も蓮君と付き合おうかな」
「……は?」
みどりの言葉に驚く。それは付き合っていなかったということと、もしかしたらこれから付き合うかもしれないという、衝撃的な事実をみどりの口から聞いたからだ。
「止めとけ」
俺は止めに入る。こいつに向かって、久しぶりに本音をぶつけた感じだった。
「あんたに止められる覚えは無いわよ」
そして、その後に続く、みどりの言葉に俺は激怒する。
「私が誰と付き合おうと、あんたに関係ないじゃん」
心の奥そこの何かが、外れる音がした。
「関係ないだと……?」
それは一瞬の出来事。自分のことなのに、まるで俺は第三者のような気分だった。
「関係ないでしょ?」
「関係あるんだよ!」
俺の声が、響き渡る。
「関係ないのよ!!」
「あるんだよ!」
「何であるのよ!?」
「お前のこと好きだからに決まってんだろ!」
本当に、一瞬の出来事だった。
数秒間の沈黙の後、みどりは驚きの表情で口を少し開ける。
「……は?」
「……え」
そして気付いた。俺が何を言ったのかを。何をしてしまったのかを。
「す、き?」
「え、あ……」
……覚悟をする日が来たのだと、自分の心に言い聞かせた。
「わ、りぃ」
俺はその言葉を残して、その場から走り去った。みどりの居ない場所へ、来ない場所へ、会わない場所へ。
「なにやってんだ、俺」
家に帰りたくはなかった。親もいるし、何せ俺とみどりの家は近い。もしかしたら鉢合わせになってしまうかもしれない。
俺が向かった先は、あの神社。
夜、この神社には明りが灯される。
「最悪だ…」
本当に最悪の気分だった。今まで声が聞ければいいと思っていたのに、これじゃあ駄目だ。一生あいつと顔をあわすことも出来ない。
「なんで言っちゃったんだよ」
本当に。
なんで、言ってしまったんだろう。
あれから数時間。
俺はこの場所から離れることは出来なかった。
今から帰ったら、道でみどりと出くわすかも知れない。
その恐怖が、俺の心に何か壁があるかのような感覚に陥った。
もし、その壁が取り除かれるとしたら理由は二つに絞られる。
一つ。
俺の心に余裕が出来て、みどりとも顔をあわせられる状態に戻ること。
それは、何年先になるか分からない。
もしかしたら一年後かもしれないし、明日かもしれない。それは俺にもわからないこと。
だけど今は無理だ。
みどりのことを考えると、前以上に胸が痛くなる。心が何かに縛られる。
一人だけの神社。
そよ風が吹いたとき、俺は涙の音が聞こえた。
「くっ……」
俺の目からは涙が。
この何年間か泣いたことがなかったのに、こういう日に俺は泣いてしまう。
「やっちまった」
後悔しても、もう遅い。俺は告げてしまった、あの言葉を。
戻ることは出来ない。
この世界に、俺の望むものはもう無くなった。
「――ゆ」
愛する人さえ、もう見ることさえ許されなくなった。
「ゅ……う……」
ベンチに寝転ばせている体は、少し震えていた。
「ゆう……た」
さっきから聞こえるこの幻聴も、今日だけで済むのだろうか?
「祐太……」
ほら、こんなにもはっきりと、みどりの声が聞こえてくる。
「え」
はっきり聞こえすぎたその声は、幻聴でもなんでもなくて本物だった。
二つ。
みどりに出会ったとき、その壁は取り除かれる。