紫の恋色(3)
「なんだ、てめぇ?」
「えっと、彼女の……クラスメイトです」
悩んだ結果、目の前にいる青木君はそう言った。
しかし、3対1の状況。喧嘩に強い青木君とは聞いていたが、この状況はさすがにまずいだろう。
だけど、青木君は余裕の表情を浮かべている。
それにしても、どうして青木君はここに?
「大丈夫かな? 五十嵐さん」
いつもの優しい笑顔で、私にそう問いかけていた。
私は、何も答えられず、ただ頷くだけ。掴まれていた腕は少々痛いが、我慢できないほどでもない。
「クラスメイトちゃんよぉ、その子は今日から俺達の仲間なんだ。ヒーロー気取りで、俺達の邪魔しないでくれるかな?」
青木君は、再び私のほうを見る。そうなの? とでも聞いてくるかのように。
「そ、そんなわけないじゃない! 私が、こんな男達とつるむなんて、一生ありえないことよ」
気付けば、私は叫んでいた。
「と、言っていますけど」
済ました顔で青木君はそういう。彼には恐怖という文字が無いのだろうか?
そんなこと考えている場合じゃない。
「てめぇ」
そう呟く男たちは怒っているのがはっきりと分かった。
先頭に立っていた男が青木君にめがけて拳を振り下ろす。バシという音ともに、青木君は少しだけよろめいた。
「だ、大丈夫!?」
もしかして、本当は喧嘩ものすごい弱いんじゃないだろうか?
しかし、私の心配をよそに、彼はいつもの笑顔で振り返った。
「だ、いじょうぶ。ちょっと痛かったけどね。ほら、今って色々厳しいじゃん? だから、一発くらっておかないと、後々面倒なんだよね」
青木君は喧嘩中だというのに、未だに余裕でいるみたいだ。
「あ、危ない!」
青木君めがけ、蹴りを入れる男。それもそうだ、一発殴ったのに、当の本人を無視して、後ろにいる私を会話しているのだから。誰だってムカつくでしょう。
「もう、痛いのは嫌なんだよ」
右手でガッチリと、男の蹴りを受け止める。片足をとられた男は驚きの表情を隠しきれていない。
簡単に言うが、蹴りを片手で受け止めるというのはそう簡単なことではない。
青木君は、手に持った足を投げるように引っ張った。すると、男の体は一瞬宙に浮き、地面へと叩きつけられる。
その事態に驚きながらも、後ろにいる二人が青木君めがけて突進してくる。さすがの青木君も、ここまでされると構えをとった。
「おい、何やってんだよ」
しかし、その男達の行動は、ある人の一言で止まることとなる。
「お、祐太」
「こいつら誰?」
赤原 祐太は青木君のほうを見て、そう言った。
「さぁ、命知らずの馬鹿たちってところ?」
青木君がそういうと、男達の顔色はどんどんと変わっていく。どうしたのだろうか。
「も、もしかして……あの、赤原 祐太か!?」
男のうち一人がそういうと、赤原祐太は俺のこと知ってんの? と、のんきに笑っている。
もしかして、赤原祐太はものすごい人なのだろうか。
その後、祐太が男達と話して、何事もなく男たちは帰っていった。
私はその出来事を、ボーっと眺めているだけ。正直、話についていけないわ。
「大丈夫かな、五十嵐さん」
優しいフェイスの青木君。さっきまで、何も無かったかのように振舞っている。
「だ、大丈夫よ」
その甘い笑顔に騙されそうになっている私は、なんて駄目な人なんだろうか。
しかし、私はふと桃子のことを思い出す。確か、17時ぐらいに、駅周辺で待ち合わせだったはず。
「今何時!?」
私は慌てて青木君に聞いた。不思議そうな顔をして、青木君は17時半だけど。と答えた。
17時半。桃子を30分以上も待たせていることになっている。
慌てている私を見て、青木君は、何か用事でもあるのかと聞いてきた。何か用事が無かったら、こんな所に来ないわよ、と言ってやりたかったが、そんな時間も勿体無い。
「桃子と待ち合わせしてて。あの子、一人でテンパっていないかしら……」
桃子は少し、心配性すぎるところがある。私が1時間ぐらい待ち合わせ場所に遅れただけで、彼女は泣いて私を迎えてくれた。
昔のことを思い出していると、目の前にいる青木君がおもむろに携帯を取り出した。
「うん、そう。分かった、そっちに行くから待ってて」
少し話した後、青木君は私を見てニッコリと笑った。
「桃子は駅でまだ待っているって。また、絡まれると危ないから、俺も一緒についていっていいかな?」
青木君のその言い方からして、断ってもどうせついてくるのでしょう。
「いいわよ」
そう言って、私は歩き出す。何か青木君は言っていたが、私は耳を傾けようとは思わなかった。何せ、私と知也の破局の原因者なのだから。
……いいえ、違うわね。破局の原因は私の魅力の無さと、彼の愛の無さだった。青木君に原因を押し付けるのは逃げていることと一緒。
「ごめんなさい」
私はふと青木君に呟く。驚いた表情で、どうしたの? と聞いてきた。
「大嫌いなど言ってしまって。本当は気付いていたの。知也の愛のなさに。それを、貴方のせいにしてしまって申し訳ないと思っているわ」
「そんな、あれは俺が……。もっと違う形で伝えるべきだったよ」
青木君は悲しそうな口調で呟く。青木君の表情を見ることは出来ないが、きっと優しい彼のことだ。今にでも泣きそうな顔になっているのだろう。
「訂正するわ。貴方のことは嫌いじゃないわ。でも、付き合うとか、そういう話は……まだ早いかしら」
なんたって、私と青木君が話し始めたのがここ最近。名前すら、私はずっと知らなかった。
「そうだよね。ごめん、あんな出しゃばった真似しちゃって。だけど、その……なんだろう。愛が欲しいというか、寂しくなったら、いつでも相手するから」
「それは、セクハラと取っていいのかしら?」
青木君は、自分の言った言葉に気付いたのか、慌てて否定し始めた。
「ち、違っ! そういう意味じゃなくて! 話し相手とか、一緒にパフェ食べに行ったりとか……」
ポリポリと頬をかくのは、恥ずかしいときの癖なのかしら。
しかし、青木君のその言葉はものすごく嬉しかった。
私には今まで桃子だけだったのだ。それが、一人仲間が増えた。それも信頼することができる仲間が。
ふと目線を遠くに向けると、寂しそうに一人で待っている桃子の姿を捉えた。
「桃子!」
名前を呼んで手を振ると、桃子も嬉しそうに手を振りかえしてくれた。
しかし、一瞬動きが止まる。私の後ろにいる、彼に気付いたみたい。
きっと、桃子はその彼のことが好きなのだ。いつも一緒にいる私には分かる。
でも、これだけは許して。私が昔決めた掟なのだから。
「昇、さっきは本当にありがとう」
後ろを向いて、私は笑みを作った。名前で呼ばれた昇は、驚きを隠せてはいなかった。
「え、今……名前」
「私の事、紫織と呼びなさいよ。いいわね?」
そう言って、私は桃子の元へと走り出した。それは、ちょっと恥ずかしくて、嬉しかったから。
誰かの下の名前を呼ぶのは、私が仲間と認めた人のみだから。