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十人恋色  作者: Toki.
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青の恋色(4)


すっと伸ばした手が震える。


ボロボロになった俺は、五十嵐さんの家の前までやってきていた。


言わなくてはいけない。そう思ったのだろう。


俺は全てを覚悟して、伸ばした手でインターフォンに触れた。


「はい」


聞こえてくる女性の声。きっと、五十嵐さんのお母さんなのだろう。


「青木と申しますが、五十嵐さん……五十嵐 紫織さんはいらっしゃいますでしょうか?」


数秒無言になったと思えば、次にそこから聞こえてきたのは、さっきまでの女性の声ではなかった。


「青木君……?」


「どうも」


「どうしたのよ、こんな時間に。桃子との恋の話なら、また別の日にしてもらいたいわ」


変わらない、彼女の声。きっと、まだ知也からは何も聞いていないのだろう。


それもそうだ。本当にたった今の出来事。あっちは、体の痛みに耐えるのが精一杯だろう。俺も同じようなものだが。


けど、俺にはそんな痛みよりも、するべきことがあった。


「知也さんについて……」


その言葉、その名前に彼女は反応した。あきらかな、動揺と困惑。


「どうして、貴方がその名前を出すのかしら? ……まぁ、いいわ。家じゃまずいわね、外へ行きましょうか」


そう呟いて数秒後、風呂上りなのだろう。少し濡れた髪に、パジャマと思われる服装で出てきた。


「待たせたわね。そこに公園があるわ。そこで話すわよ」


彼女は俺の隣で止まることはせず、そのまま歩いていった。俺はその後ろを痛む体を必死に我慢しながらついていく。


「あそこに座りましょうか」


数分で公園に着くと、彼女はベンチを指差して言った。


「うん」


俺も座るのは大歓迎だ。


「さて、最初に何を聞こうかしら。あなたがどうして、そんなにボロボロなのかを聞くべきね」


……やはり、聞かれるとは思っていたが、最初に聞かれるとは困った。


「少し、喧嘩があって」


「見れば分かるわ。あなたは一方的にやられるほど弱くない、という噂を何度か耳にしたことがあるからね。なんたって、あの赤原 祐太の一番の友達なのだから」


彼女から祐太の名前が出てきたのは驚いた。男なんて興味無さそうだったから。


「ふん。桃子から耳にタコが出来るんじゃないかっていうぐらい、貴方とその友達の話は聞いているわ。どうして、桃子は貴方のことが好きなんでしょうね」


「いや、桃子は俺のこと……」


「まぁ、そんな話どうでもいいわよ。それより知也の話でしょう。何かあったのかしら。ちなみに、説教なら聞きたくないわ」


「……」


「で、黙ってないで何か言わないの? こんな時間に連れ出して、くだらない話なら明日から貴方のことを馬鹿木とでも呼ぼうかしら」


五十嵐さんの、その言葉や明るさ。きっと、今までずっと触れ合いたかったものだ。


この何年間で、一度も二人きりになれなかったけど、やっと今日、二人きりで会話が出来るよう関係までになったのだ。


なったのに。


どうして、俺はこんなことを言わなくてはいけないのだろう。


「知也さんとは、別れたほうがいい」


彼女から嫌われることなんて、目に見えているのに。


「いきなり何を言っているのよ。説教なら聞かないと言ったばかりよ? あなた、頭おかしいんじゃないの?」


「不倫のことは、何も言うつもりじゃない。ただ、知也さんは五十嵐さんに本気じゃないんだ」


「そんなこと、なんであんたに分かるのよ? 彼は私に本気よ? 結婚していたって、彼は私を愛してくれている。私にはそういう実感があるんだもの」


その言葉に、俺は手が震えた。さっき、知也から出た様々な言葉を思い出したからだ。


この携帯に入っている録音データを聞かせても、五十嵐さんが信じるかどうかは分からない。


それに、信じたとして……何が変わるというのだろうか。


「さっき、知也さんとたまたま会ったんだ。その時、知也さんは……!」


俺がそう言った瞬間、五十嵐さんは立ち上がった。しかも、涙を流しながら。


「違う! 知也は私を愛している! 言ってくれたの、愛をくれたの!」


必死に言う彼女を見て、俺の心に閉まったはずの感情がおもむろに表へ出たがっていた。


「知也が私を嫌うはずなんてない! 一生を約束したのだから!」


「五十嵐さん……」


そして思った。彼女は、もしかして気付いていたんではないのかと。


ただの遊びだということに。


「私は、知也のそばに居たいのよっ!」


「五十嵐さん!」


涙を流している五十嵐さんを、俺は立ち上がって抱きしめた。


「離してっ!」


五十嵐さんは俺を突き飛ばすと、一歩だけ後退した。


「俺は五十嵐さんが好きなんだ!」


その言葉で公園に静けさが戻る。五十嵐さんは驚きを隠せないでいた。ただ、ビックリした表情で俺を見る。


「じょ、冗談……」


「本気だ。ずっと好きだった。中学校のときからずっと!」


「や、めて」


「愛なら、俺がいっぱいあげる。もう、これ以上苦しまないで! 五十嵐さんが欲しいのは、そんな愛じゃないだろ!」


「やめてよ!」


「やめない、これだけは譲れない! 五十嵐さんが苦しむのは見たくないんだ!」


「苦しめているのは貴方でしょう!」


その言葉を聞いて、俺は口をつむんだ。確かに、この現在、五十嵐さんを苦しめているのは俺だ。俺しかいない。


だけど、きっとこれが正しい判断。俺は、そう思う。


「大好きだから、ここで苦しむのを終わらせたいんだ!」


胸が苦しくなってくる。自分から、好きな人に嫌われる行動するのは、こんなにも辛いことだったのか。


涙が出そうだ。だけど、こんなところでは出せない。我慢するしかない。


なんたって、目の前で泣いている五十嵐さんがいるのだから。


「わ、たしは、貴方のこと大嫌いっ!」


そう言って、五十嵐さんは立ち去ってしまった。


俺は名前を叫ぶ。


だけど、止まらない彼女の足。


俺は、ただその場で立ち尽くしていた。これ以上、動けないとどこかで悟った。


それは、苦しみから来ているのか、ただの恐怖からきているのか。







「大嫌い……か」






大嫌いといわれたことに対する、悲しみからなのか。


「完全に、終わったな」


そう呟いた俺が見上げた空は、いつもと変わらず綺麗に輝いていた。













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