青の恋色(2)
「やっぱり! ここのパフェは美味しいと思ったのよ!」
甘いものが大好きなのだろうか。五十嵐さんは、すでに二品目へと突入していた。俺と桃子は、まだ一品目の半分も食べていないというのに。
「美味しいね」
俺の隣に座る桃子は、エヘッと笑ってそう言った。こういう彼女の姿を見ると、少し幼少期を思い出す気がする。
「うん。五十嵐さんは、このお店を雑誌で見つけたの?」
「このお店はインターネット上のサイトで見つけたのよ。まぁ、いつもは雑誌とかから、色々と情報を得ているんだけど」
五十嵐さんは俺の言葉に返事をしながら、バクバクと食べている。本当に美味しいのだろう。たまに見せる、彼女の可愛い笑顔が、俺の心拍数を上げていく。
「こんな美味しいパフェがあるお店に、連れてきてくれてありがとう」
俺がそういうと、五十嵐さんはニコッと一瞬だけ笑って、あらそう、と呟いた。
そして、俺が1杯食べ終わる頃、隣の桃子はまだ半分を過ぎたところだった。
「もう、本当に桃子は食べるの遅いわね。3杯目行っちゃおうかしら。これで私が太ったら、桃子のせいにしてあげるんだから」
そう言って、五十嵐さんは店員を呼ぶボタンを押して、苺デラックスと呟く。
「ほら、青木君も何か頼みなさいよ」
思いもしない言葉に、体がビクッと反応した。
「え? あ、うん。じゃあ、俺も同じので」
正直、店員に頼んでいる五十嵐さんに見とれていたのだ。だけど、そんなことは誰にもいえない。
「そういえば、桃子と青木君は付き合っているのかしら?」
店員が机から去ると、五十嵐さんはそう言った。
「え?」
俺と桃子は固まる。これこそ思いもしない言葉。
「いやね、最近一緒にいるところをよく見かけるし。ほら、桃子だって顔を真っ赤にしているじゃない? 青木君はただ驚いただけみたいだけど。こう見ると、桃子の片思いって奴なのかしら? どうなの、桃子?」
「え、わ、私はそんなんじゃないよ!? 確かに、青木君はいい人だから……ね?」
「あ、え? いやいや、そんなことないよ。そういえば、五十嵐さんは彼氏がいるんだったよね?」
俺のその言葉に、隣に座っている桃子は小さく、えっと呟いた。俺は五十嵐さんのことが好きなのに、こんな話題を振るとは思わなかったのだろう。
「知也のことかしら? 桃子ったらお喋りね。しつけをしないといけないわ」
五十嵐さんは鋭い目で桃子を睨みつけた。
「そうなのよ。彼と私は一生を共にする仲だわ。誰よりも優しいし、私の事を愛してくれているの」
嬉しそうな笑顔で、喋られると、俺も諦めがつきそうだ。
いや、そう簡単に長年の恋を諦めることはできないが、きっとこれは俺が彼女を諦められるきっかけになると思う。
幸せそうな彼女を見るだけで、俺は満足なのだから。
きっと、心が優しい五十嵐さんの彼氏さんなのだ。いけない恋、それが不倫だとしても、いい人に違いない。
「幸せになれるといいね」
俺は笑ってそう言った。
そして、俺は3品、桃子は1品、五十嵐さんは5品食べてお店をあとにした。
その日の帰り道、俺はとんでもない人に出会うとは知らずに。
夜遅くなり、俺は五十嵐さんと桃子を家まで送っていった。
この収穫は大きい。成り行きとはいえ、五十嵐さんの住所を知ってしまったのだ。いや、ストーカーとかするつもりは一切無いのだ。
しかし、好きな人のことを、少しでも知れたこの喜びはとてつもないものだ。
最初に五十嵐さん、その後に桃子を家まで送った帰り道。俺はふと、目に入ったコンビニに立ち寄った。
確か今日は、祐太がよく読んでいる漫画の発売日だった気がする、と思ったから。
その偶然が、もう一つの偶然を呼んだ。
遠くから聞こえてくる、会社の帰りであろう男達の声。
そこにいる二人がスーツを着ていて、今から飲み会でもしようか、という雰囲気をかもし出している。
そんなとき、俺の耳にある言葉が飛び込んできた。
それは、他の男からは聞きたくない言葉。
だってそうだろう? 好きな人の名前を、他の男が口に出していたら嫌になる。
だけど、俺が衝撃を受けたのは、その言葉だけではなかった。
「えっと、なんだっけ? むらさきちゃんだっけ?」
「ちげぇよ。五十嵐 紫織! 何度言ったら分かるんだよ」
「知也も酷いことするよなぁ。あの美人奥さんや、可愛い子供がいるのに、高校生に手を出すなんて」
「はぁ!? あいつが言い寄って来るんだよ。それに、俺だって、日常に刺激が欲しいんだ。飽きたらあんな奴捨てるよ」
「うわぁ。あの子の写真見たけど、かなり可愛いじゃん? 捨てるときは、俺に回してくれよ」
「いいぜ、別に。俺の言うことは、なんでもするからな。お前の好きなように扱っていいぞ。その代わり、金渡せよ?」
「知也、まじひっでぇ!」
笑いながらそういう男の声を聞きながら、俺は怒りに満ちていた。
しかし、どうしてか俺は怒り狂った心を抑えながら、冷静を保っていた。
同じ名前の人に、同じ名前の彼氏がいると思ったのかもしれない。
……否。
冷静など保ってはいなかった。その証拠に、こんな夜中に俺はそいつ等の後ろを歩いていた。
聞いていた、見ていた。
その時間、喋る言葉、その動作。
ただ、全てに怒りを覚えた。
あの、五十嵐さんの幸せに満ちた笑顔は、こんな奴に向けられていたと思うと、腹がたった。
そして、俺の理性は吹っ飛んだ。
「てめぇら」
人気の無い道。俺は小さく呟いた。
まったくと言っていいほど、音が無いその場では、少しの物音でも気付くことができる。
そして、彼らは振り向いた。