桃の恋色(5)
ケーキを食べている間、私と青木君はいつも通り話していた。
だけど、上手く笑えている自信はなかった。さっきから、青木君は私を心配するような目で見つめてくる。
「何か、あったの?」
どうしてそんなことを聞くのかと、私は叫びたかった。だけど、青木君は悪くないのだ。悪いのは私。私が青木君を好きにならなかったらよかったんだ。
「なんでもないよ。もう、お腹いっぱい! 帰る?」
「そうだね。もうすぐ暗くなるし、帰ろうか」
青木君は、机の横に置いてあった紙を取って、レジへと向かっていった。
私はその場で一呼吸した後、すっと立ち上がって青木君の後ろを付いていく。
「2000円になります」
お店の人がそういうと、青木君は速やかに財布の中からお札を二枚取り出すと、お店の人に渡した。
「わ、私も払うよ!」
正直、青木君よりも私のほうがケーキを食べたのだ。なのに、私は一円も出さないというのは常識が無さ過ぎる。
「大丈夫だよ。今回はおごりって言ったでしょ?」
青木君は優しい笑みで、私を見てくれた。そんなことされたら、私は嬉しくて財布をポケットの中に閉まった。
こんな状態でも、私は嬉しいと思える。
やっぱり、青木君のことが好きなんだと自覚する瞬間だ。でも、彼は……。
「ほら、行こう?」
涙を我慢していると、青木君がお店の出口で私を待っていてくれた。いつの間に、そこまで移動したのやら。
少し、オレンジ色に染まった空を眺めてみた。心が少し楽になる。
お店から出て、駅までの道を歩いていた。その時、ふと気付く。青木君は、私の歩くペースにあわせてくれたり、道路側を歩いてくれていたり。
ちょっとした優しさが、彼の全てから伝わってきた。どうして、私じゃないんだろう。
どうして、紫織なのだろう?
こんなにも近くにいるのは、私のはずなのに。紫織なんて、青木君のこと眼中にすらないのに。
名前すら、覚えていないのに。
「ねぇ!」
……私は、感情的になっていたのだ。
だから、こんな道端で、青木君に抱きついたのだろう。
恥ずかしさが勝ってきて、私はぎゅっと腕に力を入れた。
「ど、どうしたの?」
私の声で、振り返った青木君の胸に、顔を押し付けている状態で、私はそっと呟いてみた。
「ねぇ、私……青木君のこと好き」
告白なんて、人生初めての経験。何より、私はこんなにも積極的だったのだと驚くぐらいだ。
大好きな青木君に、道端で抱きつくなんて、夢にも思っていなかった。
「え?」
いきなりの告白に、青木君は戸惑っているようだ。
……当たり前だよね。
「好きなの」
それしか呟けない。涙が出ていて、声が震えている。きっと、青木君の服は、私の涙でびしょ濡れになっているだろう。
こんなときに、こんなことを考える私って変なのかな。
「お、俺のこと……を?」
なんで分からないのよ、馬鹿! なんて言ってみたいものである。
だけど、そんなこと言えるはずもない。そんな勇気が、どこからも沸いて来ない。きっと、青木君に抱き、告白するという行為で、全ての勇気を私の中から奪い去ったのだろう。
「あ、あのさ」
夕方の道端。この時間帯、誰も通りそうに無い静かな道で、青木君の声が響く。
何を言うの?
怖い、怖い、怖い。
ドクドク心臓が跳ねているのが分かった。
怖さで、私の涙も止まっているみたいだ。
「俺……」
それから、青木君の口は止まった。何を言うのかは、なんとなく分かっている。だけど、それを優しい青木君が、私に言いにくいってことも分かっている。
なんて酷い女なのだろうか。
これ以上、大好きな青木君を苦しめたくない。何よりも、中学校の時代から好きだった青木君には幸せになってもらいたい。
だから私は……
「な、なんちゃって!」
エヘヘと可愛く笑ってみた。こんな笑い方、人生でそうそうすることでもない。
「え? 岸さん?」
「嘘だよ。今日、あまりも青木君が優しかったから、ちょっとからかいたくなっちゃって。ごめんね?」
ちょっと俯きながら、私は青木君を見てそう言った。きっと、泣いていたことはばれていない。そう願いたい。
「ほ、本当?」
「本当に本当だよ! 青木君が好きなのは……」
好きなのは紫織でしょ? っていうつもりだった。
だけど、そう言おうとしたとき、再び胸が急に苦しくなった。
「青木君がすきなのは、紫織でしょ?」
涙をここまで堪えたのは、人生で初めての経験だ。
「え?」
「私、知ってるんだから」
頑張って笑顔を作っている。ニシシと、言葉までつけてやった。
「そ、そうなんだ。バレていたのか」
アハハ、と笑う青木君に、元気が無いように見えた。それもそうだ。今日、青木君には、紫織には彼氏がいると宣言してしまったのだから。
「バレバレだよ! 私達のほうよく見ていたし、何より……紫織美人だしね」
「まぁ、そうだね。俺が惚れたのは、外見じゃなくて中身なんだけど」
照れながら言う青木君を見て、私は紫織に嫉妬した。
でも、どうして? 青木君は中学校から同じとはいえ、紫織と喋る機会なんてそうあるものではないだろう。
「中学校のとき、体育祭でクラス対抗縄跳びがあったのを覚えているかな?」
「うん、覚えているよ」
「体育祭本番、もう少しで1位の記録を抜けそうなとき、ある男子学生が縄に引っかかってさ。皆、その男子学生を責めていたわけ」
そんなこともあったけな、と私は思った。確かに、紫織は勝負事には参加をしたがる。私は運動音痴だから、そういうの苦手なんだけど。
「その時、五十嵐さんが『そんなに責めて何が楽しいのよ? 引っかかったのはしょうがないじゃない。何よりも、その後諦めて頑張らなかった貴方達に何か言える権限なんてあるの?』って言ったんだ。その時は別に、すごい人だなって思って、気になる程度だった。だけど、何かあるごとに、五十嵐さんを目で追うようになっちゃって。いつの間にか好きになっていたんだ」
嬉しそうにそういう青木君を見て、私は自然に笑顔になれた。完敗とまでいくと、笑顔になってしまうのだと、私は今日はじめて知った。
「岸さん、ほら行こうよ?」
手で顔を半分隠しながら、恥ずかしそうに、青木君は歩き始めた。
「ねぇ!」
そして、私は青木君の服を引っ張って、再び青木君の足を止めた。
「どうしたの?」
ふられたっていい。だけど、私の願いを聞いてください。
「岸さんって、他人行儀じゃないかな? 一緒にケーキを食べた仲なんだし……桃子って呼んで欲しいかも」
「桃子?」
「う、うん!」
これが、私の最後の願いだから。
「分かった。じゃあ、桃子行こうか?」
私、青木君の恋、精一杯応援するから。
「うん!」
私は、ニッコリと笑って、大好きな青木君の横について歩き始めた。
甘酸っぱいピーチような愛。
それが桃の恋色。
世界でただ一つの恋色。
こんにちは、こんばんは。そしておはようございます。
Tokiです。十人恋色、更新を止まらせてしまって申し訳ございません。
次は青の恋色となっています。
もちろん、主人公はあの人となっております!
きゃーどきどきー!
あれ、テンションがおかしなってしまいました。申し訳ございません。
桃子ちゃんはとってもいい子です。そんでもって、とってもかわいいんです。
では、またいつか会いましょう。