赤の恋色(3)
「由美」
あいにく、今の俺にはお金がある。少し前にバイトしたおかげで、貯金には10万以上あった。
「あ、祐太ぁ! ねぇねぇ聞いてよぉ」
みどりが蓮にデートへと誘われたその日の夜、俺は初めて自分から由美に電話をかけた。
「由美、あのさ!」
由美のくだらない話を、聞いていられる気分じゃない。
「……な、何?」
俺の軽い怒鳴り声が怖かったのか、由美の声が少し静かになる。
「あ、あのさ、今度の日曜日、遊園地行こうぜ?」
こんなこと、人生で女に対して何度も言う言葉じゃない。俺にとっては、初めての経験だった。デートに誘うなんて。
それに、俺の中にこんな度胸があったなんて初めて知った。
「いいよ!!」
みどりの邪魔をしよう大作戦。そのために、俺はそのために由美を遊園地に誘ったのだ。昇と一緒に行こうか考えたが、さすがに男二人で遊園地はないだろう、という結論だったから止めた。
とりあえず、女を誘おうということで、一番身近に居る由美を誘ったのだ。
みどりが他の男と手をつないで、キスをして、そして……。
そんな物を、俺は想像すらしたくなかった。ましてや現実のものになろうとしているなんて信じられない。
そんなことを考えていた俺の耳の中には、由美の嬉しそうな声は入っていなかった。
そして、運命の日曜日になった。
さすがに、みどり達と同じ待ち合わせ場所だと不自然すぎると思ったから、遊園地の入り口周辺で集合にした。
あいつ等が何時に駅前で集合しているか知らないが、とりあえず俺は13時ごろを集合時間に決定。
そして、いつもよりおしゃれをして集合場所に現れた由美の分もお金を払い、俺は遊園地の中へと足を踏み入れた。
人の話し声や、ジェットコースターの音、園内で流れている音楽が俺の耳の中へと入ってくる。
しかし、俺はそんなものには目もくれず、ただ単にみどりと蓮だけを探した。
「祐太?」
「なんだ?」
「あれ乗ろうよ!」
由美がわくわくしながら、指差したジェットコースターを見て俺に話しかけてきた。
「……え、本気で言ってるの?」
「うん!」
由美は、世間一般的に言うと可愛いほうだ。俺と由美は学校が違うが、どうやら向こうの学校では由美はモテるらしい。
「却下」
「え~!」
俺は由美の意見を無視して、歩き始めた。
「じゃあ、あれは?」
悲しそうな目で今度は観覧車を指差した。
「観覧車か」
もしかしたら、上空からあいつ等を見つけられるかもしれない。まだ来ていないかもしれないが、試してみる価値はあるだろう。
「いいよ」
俺はそう答えると、由美は笑顔に戻って元気にはしゃぎだした。
係員さんの指示に従って、俺達は観覧車へと乗り込む。
徐々に地面から離れていくごとに、少し昔の記憶を思い出していた。
「そういえば……高いところ嫌いだっけ」
みどりは昔、家のベランダから落下したせいか、高所恐怖症になってしまった。あの時は、本当に焦った。
なんたって、みどりの体から血が流れているのだ。幼かった俺は、どうしていいか分からず母さんに泣きついたっけ。
「祐太、高いところ嫌いなの?」
真正面に座ればいいものの、由美はわざわざ俺の隣に座っている。
「いや、俺じゃなくて友達がな」
由美の前で、みどりの名前を出すのも嫌だったし、面倒だった。何かと昔、ボソッと彼女の前で呟いたらキレられた事があったからだ。
「すごぉい! こんな高いんだぁ!」
由美のその言葉に俺は触れず、ただ下を眺めていた。
もちろん景色を見るためじゃなく、みどりたちを見つけるために。
観覧車頂上へ行き、下り始めたとき、俺はあるものに気付いた。
あの服。
「い……た」
あの雰囲気はみどりに違いない。
蟻ぐらい小さく見えるが、何年もみどりのことを見続けた俺には分かった。
あれは、みどりだと。
「何がぁ?」
不思議そうに、俺の隣にいる由美は俺の視線を追う。しかし、その目標物を捕らえられるわけも無く、俺に聞いてきた。もちろん俺は、その目標物について何も語らない。
そんな由美の話よりも、俺は早く下へ着くことを祈った。
「お疲れ様でした」
係員さんの声と共に、観覧車のドアが開く。
そして俺は急いで、みどりたちの所へと急いだ。
「祐太早いよぉ」
「……早く来い」
そう言っても早くならない由美の足にイライラする。もしかしたらこいつのせいで、みどりたちを見失ってしまうかもしれない。
「行くぞ」
俺はそう言って、由美の手を掴んだ。
そして、俺と同じペースで歩かせる。走ると、この遊園地で注目の的になってしまうから走らないだけで、誰も俺達に気付かなかったら俺は今走っている。
それぐらいの気持ちだ。
あそこを右に曲がったジェットコースターにあいつ等は乗ったんだ。
数メートル先にある交差点を俺が曲がろうとしたそのとき、俺の肩に何かがぶつかった。
「いてっ!」
相手のほうから声が聞こえる。
「わ、わりぃ」
急いでいたから、しっかり見もせず曲がってしまった。
相手に謝りつつ、転んだそいつを立たせようと手を伸ばそうとした俺の動きは停止する。
そいつの隣には、俺が追いかけていた人物…。
みどりがいたからだ。
「あ、れ」
俺は出来るだけ自然を装って、みどりのほうを見る。まさか、こんな偶然に出会うとは、思っていなかったから正直俺は焦っていた。
「祐太……」
嫌そうにみどりは俺から目をそらした。
「デ、デートかよ?」
こんなときまでつよがってしまう。
「あ、あんたこそデートでしょ? 仲よさそうに手まで繋いじゃって」
「は……? は!? これは違う! ただ、こいつ歩くのが遅かったから!」
「へぇ、仲いいんだねぇ……」
そこでプチンときた。
「お前等こそ仲よさそうだな? えっと確か蓮だっけ? 名前だけ聞いたことあるよ」
嫌味そうに笑いながら、俺は蓮に言い放った。
「ちょっと! 何よその言い方! あんな根も葉もない噂を信じてるの?」
「お前知らないのか? 火の無いところに煙は立たないんだぜ?」
「何よ! あんた、何も蓮君のこと知らないくせに!」
そこまで言うと、隣にいる蓮が止めに入った。しかし、俺達の罵倒はそれすら凌駕した。
「お前だって全部は知らないだろ!? もしかしたら、騙されているかも知れないんだぞ!!」
「蓮君が私を騙す? ありえないよ!」
「何でそこまで言い切れるんだよ!!」
「え、だって……」
そこで俺達の会話は少し沈黙へと変わった。
「別にあんたに関係ない」
「な、んだと?」
みどりは沈黙を破ってそう言い放ち、俺達の視界から消えるようにひとりで歩いていった。それを追いかけるように、蓮は走っていく。
俺はというと、その場に取り残され、みどりたちとは反対の方向に歩き出した。
ただ、猛烈な嫉妬心と情けなさを抱えながら。