桃の恋色(2)
放課後、私が廊下に出ると、青木君がもう待っていた。
「遅くなってごめんね……。紫織がしつこくって」
「大丈夫だよ。ほら、行こうか」
青木君はベビーフェイスで、私の隣を歩き始めた。
「岸さんって、ずっと五十嵐さんと一緒にいるよね? 中学校も同じだったと思うけど」
「う、うん。私と紫織は小学校からずっと一緒なの。紫織の悪いところも、いいところも全部知っているのは私ぐらいって言うぐらいにね」
エヘヘと笑うと、青木君はニッコリと微笑んでくれた。
「そっか。でも、今日のやり取りを見ていると大変そうだね? 髪の毛引っ張られたりしてたから」
そういうと、青木君は私の跳ねている癖毛に目を向けた。
「それは、もう慣れたから大丈夫なの。それにしても、この癖毛直らなくって。もう諦めちゃった」
「ん~、大変そうだねぇ」
そう言って、青木君は笑いながら、私のその髪の毛を触った。その瞬間、私の心臓は爆発しそうなぐらいに動き出す。
なんたって、青木君が私に触れているのだ。誰でもそうなると思いたい。
そうしていると、私達はいつの間にか図書室の前へときていた。もう少し、こうやって二人きりで話したかったのに。
図書室へと入ると、そこには私達以外の委員会の人たち全員が揃っていた。
私も、青木君も謝りながら入室すると、すぐに先生が委員会の通達、今日の仕事内容、これからの仕事手順を話していった。
それからは私達の出番だ。委員会の中でも最も権力のあるリーダーが、先生の話した仕事の分担を、私達へと割り振っていた。
もちろん、クラスごとで一つの仕事になる。ということは、私と青木君は同じ仕事をするということになるのだ。
そして、私達の仕事は月曜日の放課後に図書室の掃除と決まった。
掃除と言っても、床を掃除したりするわけではない。掃除というよりも、整頓に近い仕事なのだ。
本が間違ったところに入っていないか、散らかっていないか、など。
ほうきで掃除したりするのは、昼の休みに一般生徒達がしてくれる。
「では、今日はここまでにしましょう」
リーダーがそういうと、皆バラバラに立ち上がって、図書室から出て行った。私も帰ろうと思って、立ち上がると、後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「一緒に帰ろう?」
図書委員で、私に声をかけるのは一人しかいない。
「う、うん!」
青木君だ。
まだ、校庭や音楽教室などで部活をしているころ、私達は学校から出て行く。
部活をしていないほかの生徒達も見当たらないこの時間帯、通学路を歩くのは私達だけだと思ってしまう。
私は学校まで電車を二駅乗って、ここまできている。中学校が同じ青木君も、同じだと思う。何度か駅のホームで見かけたこともあるから。
「静かだね」
学校から出て、数分後、駅に着くまでの道で彼はそう呟いた。
もしかして、私が黙っていたからだろうか? 静かなのは嫌い?
「ご、ごめんね。私、男の人と帰るとか、そういうのしたこと無いから、何を話したらいいか分からなくて」
そう言ったら、彼は一瞬止まった後、少しだけ笑った。
「え? え?」
私は、なぜ彼が笑い出したか分からなかった。
「いやいや、俺が言ったのはそういう意味じゃなくて、誰もいない下校って珍しいよねって言いたかったの」
青木君がそういうと、私は顔全体が赤くなるのをはっきりと感じた。
「そっか。じゃあ、岸さんの初めて一緒に下校する男子は、俺だって事か」
少し嬉しそうに彼が微笑むと、私も同じように嬉しくなってくる。
「うん。そういうことだね! 青木君は色んな人と帰っているんだろうけど」
そう言った後、私ははっとした。何か嫌味っぽく聞こえてしまわないかと不安に思ったからだ。
それでも青木君は、優しく笑ってくれた。
「ないない。俺、モテないからさ。小学生の登下校以来、女と一緒に帰ったこと無いよ」
「え、あ、青木君モテるよ? 皆カッコイイって言っているもん」
「皆って?」
「えっと、それは……」
皆と言っても、私はそこらへんにいる女子の会話を盗み聞きしただけなのだ。
しかし、青木君に対する、女子の支持率が高いことは事実だ。
「えっと、皆は皆かな?」
「じゃあ、五十嵐さんも?」
「え?」
私の返答が一瞬遅れたのは、明らかに紫織の名前を出した時の青木君の表情が、いつもとは違って見えたからだ。
でも、違うよね。
紫織には彼氏がいるし、なんたって、接点が無いのだから。
それに、名前すら知らなかったとはいえない。中学校から同じで、しかも今は同じクラスというのに、あまりにもひどすぎる。
「紫織は……何も言ってなかったかなぁ」
「そっか」
そう言った青木君の顔は、いつもと同じように見えた。
それから、電車に乗って私達が降りる駅に着くと、青木君はしっかりと私を家まで送ってくれた。
そして、来た道を戻っていく青木君を見ると、心がドキっとする。わざわざ、家とは違う道を通ってまで、私を送ってくれたことが嬉しかったからだ。
私は顔が真っ赤になったまま、家にあがりこむと、お母さんに熱でもあるの? と聞かれてしまった。
確かに、心に熱はこもっているかも知れないね。