桃の恋色(1)
遅くなってすみません。半年と2ヶ月ぶりの更新です。
ずっとずっと好きだった。
遠目からでも、彼を見ていることが幸せ。
中学から、彼は一段と目立っていた。赤原祐太という、学校一目立つ、とっておきの存在の親友だからという理由もあったけど、優しくて、カッコ良くて、あの優しい笑顔が一段と彼を有名にしていった。
「どうしたの?」
彼女の声で私は、ふと意識を現代に戻した。
「な、何? ど、どうしたの?」
慌てて返事をする。目の前にいる彼女は不思議そうな顔で、私を見ていた。
「なんとなくね、ボーっとしているから、話しかけたのよ。大丈夫? 夏ばてかしら。でも、もう夏はとっくに過ぎて、今は秋になっているわよ?」
「う、うん。大丈夫だよ。ありがとう」
私は彼に目を向けるのを止め、彼女を見てニッコリと笑って見せた。
私の名前は、岸 桃子。今、会話をしている五十嵐 紫織とは小学校からの仲だ。紫織のことについては、私に何でも聞けばいいと言っても過言ではないはず。
「それにしても、知也がね……」
そして紫織は、自分の大好きな彼の話しをし始めた。私は、その話しを軽く聞きながら、軽く返事をするだけ。これがお決まりのパターンだったりする。
「すごいでしょ?」
クールビューティーといわれる紫織が、彼の話をしているときだけ、子供に戻ったかのような可愛い顔をする。
こんなギャップを見せられてしまっては、女の私でもドキドキしてしまうのだ。
しかし、紫織の恋は、あまり応援できるものではなかった。
それは不倫という、禁断の恋なのだから。
「もう、桃子聞いてるの?」
紫織は、昔からどんなに直そうとしても、跳ねてしまう私の頭のてっぺんにある髪の毛を引っ張ってきた。
「痛い痛い!」
昔から、私に対して文句があると、いつもこうしてくるのだ。
この癖毛が直らないのは、紫織のせいではないかと思うぐらいに。
「だって、桃子が話しを聞かないからじゃん?」
「聞いてたよ! 知也さんと、今度デートに行くんでしょ?」
「そうなのよ! 羨ましい?」
「別に」
「羨ましいなら、そう言ってもいいのよ? まぁ、桃子も早く愛しの彼を見つけることね」
「はいはい」
適当な返事をして、すっと視線を紫織からずらした。紫織の言った、愛しの彼という言葉に反応してしまったのだろう。
私にとっての“愛しの彼”に目を向けていると、ふと目が合ってしまった。
普段の日常で、彼とそうそう目が合うということは無い。
私は驚きのあまり、彼から視線を外すことがなかった。すると、どうしたのだろうか。彼は、赤原に一言呟いた後、私のほうへと近づいてきたのだ。
「岸さん、今日の図書委員の集まりなんだけど、放課後一緒に行こうか?」
彼は私の目の前に止まると、いつもの優しい言葉でそう言った。
「あれ、桃子、今日は委員会なの? せっかく、美味しいパフェ屋見つけたから、一緒に行こうと思っていたのに」
隣にいる紫織の言葉は、私の耳には届かなかった。ただ、彼に苗字とはいえ、名前を呼ばれたことに対して、すごく嬉しかったからだ。
あの時も、私は今のような気持ちになっていた。
今年の春、私はどれでもいいが、委員会に参加したかったのだ。先生の話を聞いたところ、少しでも学校の委員会や行事に参加することによって、内心が上がって進学に有利だと聞いたから。
あまり動くのは好きではなかったし、本を読むのが好きだと言う理由で、私は図書委員という委員会に入ることにした。
クラスで二人。それも、男女一人ずつ。
私が決まった後、ずっと大好きだった彼が手を上げたのだ。
私は、思わず「あっ」と声を出してしまっていた。先生や、生徒達には聞こえないほど小さかったけど。
そして、彼が図書委員に決まった後、私が彼のほうを見ると、目が合った。その時、彼とは口パクで言葉を交わしたのを、昨日のことのように今でも鮮明に覚えている。
「う、うん。一緒に行ってほしいな」
「桃子ぉ?」
紫織の声に気付いたときには既に遅かった。そういえば、さっき紫織が何か言っていた気がすると思ったのは、紫織に癖毛を引っ張られた後だった。
「いた、痛い!」
「五十嵐さん、岸さんが痛がっているから、止めてあげたら?」
「だって、桃子が私の話しを聞いてくれなかったんだもの」
「ごめん、ごめんってば!」
「ほら、謝っているし、ね?」
「……分かったわよ」
紫織は私の髪の毛を離すと、睨みつけるように彼を見た。しかし彼は、紫織に睨まれても尚、いつもの優しい顔を保っている。なんという男なのだろうか。
そういうところが、女の子の気持ちを掴むのだろう。
「じゃあ、また放課後に」
彼は片手をあげて、私にそう告げると赤原の元へと戻っていった。
「ねぇ、あの人誰だっけ」
紫織の言葉を聞いた私は、驚いた表情をしたのだろう。紫織は、何よと呟いていた。
「彼は青木 昇っていう人。ほら、中学校も同じだったでしょ?」
「ん~、顔とかは覚えているんだけど、名前はちょっとね。私は、知也と言う名前を覚えていれば十分だから」
そういうと、再び紫織は知也と言う男について語り始めた。
また、私は聞くだけの作業に戻る。
たまに、青木君に目を移したりしているけど、きっと紫織は気付いていない。
なんたって、自分の世界に入り込んでいるのだから。
そうしていると、昼の休憩時間の終わるチャイムが鳴り響いた。
「あ、そうだ。パフェ屋いつ行く?」
「私はいつでもいいよ」
「じゃあ、明日行こうね!」
紫織は笑顔でそう言って、自分の席へと戻っていった。