水の恋色(5)
部屋の中で二人きりになって一言話してから、口を開くことは無かった。色々喋りたいことはあるんだけど、それ以上に言葉が進まない。
黄士君もそうだ。
さっきみたいに、反対側を向くことはなくなったけど、私のほうを見ないし、何も話そうとはしない。
ただ無言のまま時間は過ぎていった。
「……あ、あのね」
その沈黙の重さに負けて、私はすっと口を開く。
「ファンクラブ作っちゃったりしてるから気付いていると思う……っていうか、もう言っちゃったのも同然なんだけど、私黄士君の事好きだから」
沈黙に負けて、何を言っているのやら。
こんな話、唐突にするものではないだろう。
「どうして?」
さて、理由を聞きに来たのですか。
恋に理由なんて無いけど、しいて言うなら
「一目ぼれ。それ以上に理由は無いよ。ただ、一目見て好きになっちゃったの」
私の正直な気持ちを打ち明ける。
黄士君はそう、と呟いてそれからは口を開こうとはしなかった。
「ファンクラブ迷惑かな?」
私の頭には、もしかしたら嫌われているのではないか、という考えが頭の中をよぎった。普通に考えたら、こんな女誰でも嫌に決まっている。私だって、こんな無茶言う女は大嫌いだ。
私のその言葉に、黄士君は返事をしようとしなかった。
「ごめんね……」
私は謝ることしかできない。
ごめんなさい。
好きになってしまって、ごめんなさい。
そんなことを考えていると、ふと涙がこぼれ始めた。
泣いてはまた、黄士君に迷惑をかけてしまうのに。
だけど、この涙は止まるということを知らなかった。
その時、頭上から言葉が聞こえてくる。
「別に」
黄士君らしい、その言葉は、私の涙を止めるのに十分なものだった。
「迷惑……じゃない。それほど……」
やっぱり、彼は優しいところもあるのだ。クールだけど、女の子の心を考えられる男の子。
「あり、がとう」
私は涙をふいて、ニッコリと黄士君に笑顔を見せた。
「やっぱり、私黄士君事大好き!」
そう言って、寝ている黄士君の腕に抱きついてみた。
「え? え!?」
いきなりのことで、黄士君はビックリしている。そんな顔も可愛かったりするんだけど。
「や、やめて」
黄士君はいつも以上に顔を真っ赤にしてそう言った。やっぱり、可愛い。ずっとこうしていようかな。
私がエヘヘと笑うと、黄士君は不思議そうな顔をした。まさに、超難題を解いているかのような。
「どうして?」
再び、その質問。私は、ニッコリ笑って、同じ答えを返そうとした。
「違う。そうじゃない。どうして、恋をするの?」
……恋?
恋をするのに理由は必要なのかと、莉奈は数秒考えた。
確かに、黄士君のその言葉にマッチする言葉はない。だけど、現に私はこうやって恋をしているのだ。
「恋をして、得する? 祐太も、貴方も不思議。理由が分からない」
恋をする理由。
私はその答えを、やはり瞬時に見つけることは出来なかった。
「本当に恋しているの?」
黄士君のその言葉に私は即答する。
「してる!」
「言い切れる?」
「うん!」
「どうして?」
やはり、行き着く答えはそこだった。
「……恋をするのに理由はいらないよ? ただ、心がドキドキするの」
そう言って私は笑って見せた。その言葉に、黄士君はビックリした表情を見せる。
「ん~、信じられないなら聞いてみる? 私の心音」
その言葉の意味を、数秒黄士君は考えていた。そして、ある結論に至ったのか、顔を真っ赤にしていらないと呟く。
だけど、私は止まるということを知らなかった。
私は、黄士君の首に手を回すと、ぎゅっと抱きしめるように、黄士君を引き寄せる。病気と、いきなりの行動で力が入っていない彼を、抱き寄せるのは簡単なことだった。
「え? え?」
戸惑ったような声をあげる黄士君。私はそっと、静かにしてと呟いた。その言葉で彼は少し落ち着くように動かなくなった。
「聞こえる? 私の心音。これが、恋する理由。原点だよ」
この状況は、私の心音を爆発させるのに十分な環境だった。ただ、二人きりだけで緊張するのに、私は黄士君を抱きしめている。
「これが……?」
胸の中から聞こえてきたのは、黄士君の呟く言葉だった。
「そう」
すっと黄士君を放すと、彼は私の目を見てくれる。
初めて黄士君と目が合った私はニッコリ笑うと、黄士君はいつもと違う笑顔を見せてくれた。
きっと、少しは理解してくれたに違いない。
そのことが嬉しくて、私はもう一度黄士君に抱きついた。
次の日、黄士君はちゃんと学校に来ていた。
私の体はだるい。
でも、黄士君の元気な姿、そしていつものクールな姿を見れただけで、少し元気になれた気がする。
「黄士君、おっはよぉ!」
私は、本を読んでいる黄士君の肩をポンポンと二回叩いて挨拶をした。
黄士君はいつもと同じようにビックリした顔で「おはよう」と返事をしてくれる。
昨日、私の告白は失敗に終わったけど、この恋が実るまで私は頑張り続けよう。
そう決め、私はガッツポーズをすると同時に、頭の中にすごい痛みが走って、黄士君の体へと抱きつくように倒れていった。
やっぱり、元気になれたのは、『そんな気がしただけ』だったみたいだ。
一粒の滴が弾け飛ぶような愛。
それが水の恋色。
世界でただ一つの恋色。
おつかれさまでした。そして、読んでくださった皆様ありがとうございます。
これにて、水の恋色 水本 莉奈の話はおしまいです。
大好きな人にアタックするというのはすごい勇気が必要となります。
そんなことを何度も出来る、莉奈はきっと心が強い子なのでしょう。
次回は黄士君視点による話が始まります。
さて、どんな恋色になるのでしょうか。