赤の恋色(2)
「別にいいだろ?」
「もぉ、蓮君だからだよ?」
笑いながらみどりは、隣に座っている男に写真を渡す。多分あれは、みどりが毎日持ち歩いている小さな写真だ。
一度もその写真を見たことは無いが、いつも大切にしているものらしい。
なぜだ? 俺が昔、見ようとしたとき本気で怒ってきただろう?
それをどうして、隣のあの男に見せる。
「祐太?」
「なんだよ」
イライラオーラが出ていたのか、昇が俺の机に腰掛けて不思議そうな顔で聞いてきた。
そして、何も答えない俺の視線を昇は辿って……笑った。
「そういうことね!」
「う、うっせぇ!」
「正直になれよ」
「なれたら……なれたらなぁ!!」
こんな苦しい気持ちになってねぇんだよ。だけど、これ以上嫌われることが怖いんだ。
「放っておいてくれ。今日は帰る」
俺は鞄に手をかけ、教室を飛び出した。
逃げたのかもしれない。昇に怒っているのではなくて、あの場所にいたくなかったから。
それを知ってか、昇も一緒にサボるとか言い出した。こいつはどっちかって言うと、優等生に部類される奴なのに。
「いいよ、別に。一人で大丈夫」
「なぁにが大丈夫だよ。今にも喧嘩を起こしそうで放っておけないっつぅの」
呆れた顔で、俺の隣に並んでくれる。なんだかんだ、やっぱり俺にはそういう存在が必要らしい。
そして俺が向かった先は、俺達の秘密の場所。
日本全体を見渡すと、俺達の住んでいる町は田舎に部類される。田んぼが一面に広がっているというわけでもないが、高層ビルがそこら中に並んでいるわけでもない。
そんな俺達の唯一、秘密の場所と呼べるものがあった。
街角にこっそりとある、昔ながらの神社だ。
そこは木で一面が覆われていて、夏の木陰はとっても涼しい。
今の季節は春。
今日みたいな陽の強い日は、この秘密の場所によく来るのだ。
人があまり来ないから、ベンチに体を寝かすことも出来る。いつの間にか寝ていて、起きたら夜だったというのは、過去に何度も経験していることだ。
「なぁ、あいつ等付き合っているのかな?」
俺はいつものようにベンチに寝そべりながら、隣のベンチで同じようにしている昇に話しかけた。
「……付き合ってないと思うけど」
「でもさ、あの写真見せていたじゃん?」
「あ~、あれね……」
「中学上がるときぐらいから持っているんだよね。俺には一度も見せてくれたことなんてなかったのに、あいつにはすんなり見せていた。付き合っていると考えるのが普通だよな?」
「……付き合ってないと思うけど」
「昇は俺達のこと、本当にわかってんのかよぉ」
はぁ、とため息をつきながら俺は木の葉に隠れた青空を見上げた。
「分かっているつもりだぜ? あの写真を蓮に見せたのは、ただ単に気まぐれだろ」
……蓮。
その男の名前を俺もよく知っていた。
というか、学校の男子生徒の中ではかなり有名だ。
そいつの名前を聞くと、始めに思いつく言葉は皆揃って『女たらし』。あの優しそうな性格を生かして、俺以上に女をとっかえひっかえしているという噂だ。
「蓮っていうやつ、本気なのかな?」
同じクラスなのだが、全く興味が無い存在だった。女たらしと聞いても、俺も人のことを言える立場じゃないから、ふぅんで済ませていたし。とりわけ、学校では目立つほうではなかった。もちろん、あの知名度を除いて。
成績は悪くもないし、良くもない。学校での態度は、いたって優等生。あいつの行動範囲は学校外だと言っていたのに。
「……よりにもよって、何でみどりなんだよ」
「さぁ? みどりも結構可愛い顔しているからじゃないのか? まぁ、あの祐太が10年間も一途に愛しているほどの女だからな」
「うっせぇよ」
みどりは可愛い顔をしている。
それは、学校全体が認めていたことだった。しかし、何故か告白とかされている場面を見たことが無い。
人気は人気のはず。たまに、男子の視線が、みどりに向かっているのを感じるときがあるから。
そのときは俺が、思いっきり睨みつけたりするんだけどな。
「なぁ、祐太」
「ん~?」
「お前、えっと香奈ちゃんだっけ?」
「いや、由美だよ」
「その子のこと、好きになれそう?」
それは100%に近いほど、可能性の無いことだった。
「……」
「黙っているってことは、可能性が無いってことかぁ」
「なんか、興味わかないんだよね。体を重ねても、別にそれだけって感じだし」
どうしてもみどりのことを忘れることは出来なさそうだ。と言っても、俺とみどりがこれ以上いい方向に向くことはないだろう。
なんたって、今あいつには“彼氏”のような存在がいるのだから。
「……帰るか」
青空を見上げたまま、昇はそう呟いた。俺は肯定の意味を表すように、体を起こし地面に足をつける。
そういえば、俺の話はよくするが、昇の話を聞いたことあまりなかった気がする。
俺は唐突に昇のほうを向いた。
「昇は好きな子いねぇの?」
「え、」
俺の言葉に明らかな動揺を昇は晒した。
昇は、あまり人に笑顔以外の表情を見せない。俺の前では結構怒ったり、真剣な目つきになったりするが、ここまではっきりと驚いた表情を見せたのは初めてだった。
『いつも笑っている』
それが、全ての人から見た昇の印象だった。
「いや、いるのかなって思っただけだ」
その話題は触れちゃいけないと分かった俺は、すぐさま話を変えようとする。
「帰るか!」
俺は伸びをしながら、笑顔を作って歩き出した。
それから数日後。
俺はとんでもないことを耳にすることになる。
それは、疑いようも無い事実。
耳を疑った。
全てを疑った。
「今度の日曜日?」
その日の放課後、俺が鞄の中に教科書を詰め込んでいるとき、みどりの声が俺の耳に届く。
「そう、日曜日。親がさ、商店街のくじ引きで、遊園地のペアチケット手に入れたんだよ。よかったら、一緒に行ってくれねぇ?」
蓮が机に腰をかけて、みどりをデートに誘っていた。もちろん、みどりはその間笑顔のまま。
「ん~、いいよ? 日曜日暇だし」
「よしっ! じゃあ今度の日曜日に駅前の時計台の下に集合で! 時間はあとでメールするよ。じゃあ、俺は今日バイトがあるから、また明日な」
蓮は片手を挙げ、教室から走り去っていった。
その間、みどりは笑顔のまま手を振り続けている。
俺の見た光景が、全てを物語っていた。
「あちゃぁ」
隣にいる昇は、髪の毛をかきあげて、そう呟く。
「べ、別に気にしてねぇよ」
俺がそういうと、昇と黄士は二人揃って
「無理すんなよ」
「祐太、無理してる」
と俺に言った。
無理はしている。だけど、これは今まで俺の情けなさから来たものだ。
「受け止めるしかないだろ……」
そう……だろ?
そう……だよな?
…………。
受け止め……
られるかっつぅの!!