茶の恋色(5)
『玲奈会いたい』
それだけを打って、俺はメールを送信した。
数分後、携帯が鳴り内容を確かめる。
『どこにいるの?』
慌てて書いたのだろう。いつもより、大分メールの文字数が少なかった。
『公園』
真っ暗な空の下、俺はメールを返した。
数秒も経たないうちに俺の携帯は震える。
『今行く!』
慌てた感じのメールだ。だけど、それが心地よいものでもあった。
そのメールに俺は返信することなく、ただベンチに腰をかけて夜空を見上げる。
今日は満月。
星はきらきらと、自分はここにいるよと示すように輝いている。
玲奈、俺はここにいるよ。
小声でつぶやいてみた。
何かが変わるわけでもない。ただ、声に出して彼女の名前を呼びたかった。
「蓮!」
遠く離れたところから玲奈の声が聞こえてくる。そうだ、この声だ。
みどりでも、誰でもない。俺が必要としている声。
「玲奈」
俺は立ち上がって再び彼女の名前を呼ぶ。
「蓮っ!」
今度は叫ぶように玲奈は俺の名前を言った。それが嬉しくて、俺は軽く笑顔になってしまう。
俺の目の前に来た玲奈は、額から汗を流し、息を整えようと必死に空気を吸っていた。
そこまでして、来てくれたのか。
「ど、どうしたの?」
彼女のそう言ったまっすぐな目が俺の心を捉える。
俺も今度はしっかりと玲奈の瞳を捉えた。
「……誓えるか?」
そっと呟く。それはしっかりと玲奈に聞こえていたようだ。
「うん」
「もう、俺の傍から離れないって誓えるか?」
玲奈は口をむっと堪えるようにつむんでから答えた。
「うん」
「……じゃあ、俺も誓う」
俺は大きく息を吸って、再び上空にある星空に視線を向けた。
「俺はお前を信じる!」
あれは、俺が玲奈を疑ったばっかりに別れてしまった結果だ。もし、あの時玲奈を信じていれば、少しでも玲奈の言葉を聞いていれば、この最悪な事態は回避できたのかもしれない。
「蓮……」
そして、俺はまだ玲奈に言っていない言葉があった。
それは、一つ。
「玲奈、大好きだ」
この言葉だ。
玲奈はその言葉に反応するかのように、瞳から一粒の涙をこぼした。
「れ、ん……」
「大好きだっ!」
叫ぼう。今までの分を。
「もう、疑わない。だから……」
すっと視線を玲奈に戻すと、俺は笑って見せた。
「だから、全て話して欲しい。玲奈の全てを知りたい自分がいる」
「うん!」
「俺も、全部話すから」
俺はそう言って、玲奈の手を取った。
ギュッと握ると、玲奈は視線を一度手に向けてから、見上げるように俺の顔を覗き込む。
「玲奈、ごめんな」
小声で言うと、玲奈は二回首を横に振る。
「私が悪かったから」
玲奈は未だに涙をこぼしながらそう言ってくれた。
「……玲奈は悪くないよ。だけど、もう少し自覚しような?」
俺が笑ってそういうと、玲奈は不思議そうな顔をした。未だにわかっていないらしい。自分の素晴らしさを。
「玲奈が綺麗だってことをだよ。これから気をつけてくれよ?」
はぁ、とため息をつくと、玲奈はニコッと笑って「蓮が守ってくれるでしょ?」と可愛らしく呟く。
もう、愛おしい。
蓮を愛していると自覚した途端これだ。この後先が不安でたまらない。
だけど……今までよりも幸せな気持ちだ。
最高の気分だ。
「蓮も男前だよ。女の子のお尻ばっかり追いかけないでよ?」
「俺にはもう、お前だけだから」
そう言ってやると、恥ずかしそうに玲奈は視線を下へと下げた。
俺は一度、ギュッと抱きしめる。
やっと、玲奈を手に入れられた。
「愛してる」
「私も」
俺の声が震えている。
感動しすぎて涙も出てこない。ただ、幸せだけが俺の心を包んでいた。
「玲奈」
名前を呼ぶ。すると、玲奈は言葉に反応してもう一度俺を見上げた。
俺は間を置くことなく、玲奈の唇を奪う。この感触を、もう何年も味わっていなかった。
「ありがとう」
玲奈の喜ぶ笑顔。
きっと、彼女はこの夜空に広がっている星空のどれよりも輝いているに違いない。
そんな眩しい玲奈に俺はもう一度、キスをした。
木のように辛抱強く一途な愛。
それが茶の恋色。
世界でただ一つの恋色。
おつかれさまでした。そして、読んでくださった皆様ありがとうございます。
これにて、茶の恋色、茶木 蓮の話はおしまいです。
恋心というもは、変わりやすいものなのか、そうでないのか。よくわからないですね。
とりあえず、蓮が幸せになってくれることを祈っています。
次回はちょっと話は変わり、みどりの親友の一人である水本 莉奈の話です。
さて、どんな恋色になるのでしょうか。