茶の恋色(4)
次の日の放課後。
俺は、自分の席でただ一人、夕暮れのオレンジ色に染まった教室で机と睨めっこをしていた。
昨日の玲奈の告白以来、俺は失敗ばかりしていた。普通なら答えられる問題でも、なぜか計算ミスなどの単純なミスをしてしまう。
あの後、俺と玲奈は気まずい雰囲気の中解散をした。帰り際に玲奈がまたメールするねって言っていたのを思い出す。
「私、ずっと蓮が好きなの」
まさかの告白。まさかの展開。
玲奈が俺を好きだなんて、考えもしなかった。ただ、玲奈が男と一緒に居ただけで別れ話をした、この器の小さい俺を好きだといった。
俺は、どうなんだろう?
「好きなのか? もう、好きじゃないのか?」
正直なところは、分からない。だけど、これだけは分かる。
俺は動揺している。
玲奈に再び出会ったことで、俺の何かが変わった。心? それとも、考え方?
それは、俺自身にも分からない。
ただ、何かが変わったとしかいえない。
「れい……な」
ボソッと呟いた、その言葉は教室のドアが開く音によってかき消された。
「あれ、蓮君?」
そこにいたのは、ここに居るはずの無いみどりだった。
遊園地の次の日から、あの赤原と一緒に下校していることはもう学校中の噂だ。やっと、二人の気持ちが繋がったとか、喜んでいる奴もいたが。
俺は、悲しむほうだったはずなのに。今、みどりを見ても悲しむことは無い。どうしてか、少し落ち着く気持ちになれた。
「みどりじゃん、どうしたんだよ?」
俺はいつものテンションで、みどりに接した。
「ちょっと忘れ物しちゃって」
エヘへと笑いながら、みどりは俺の隣までやってきて、自分の机を漁り出した。どうやら、忘れ物とやらは机の相当奥に入っているらしい。
「あった……」
そう言ってみどりが取り出したのは、何かが書かれているメモ用紙だった。
「何それ?」
俺は不思議に思いみどりに聞くと、顔を赤くしたみどりはボソッと『祐太の携帯アドレスなの』と呟いた。
俺の前では、こんな表情見せなかったのに。そう思うと、少し悔しく思えた。
「蓮君はここで何しているの?」
みどりは、なぜか俺の隣に位置する、自分の席に座った。どうやら、話をしてくれるようだ。
「えっと、まぁ色々?」
昔の彼女のことで悩んでいるだなんて、言いにくい。俺は数週間前にみどりに告白したばかりなのだ。
「……何かあったでしょ?」
こういうことに、どうやら勘がいいらしい。みどりのこの言葉は、さらに俺を動揺させた。
「な、何も……」
「私に内緒にするつもり?」
悪魔の笑みというのだろうか? かなり恐怖を感じるような笑みを俺はみどりに向けられた。
「……分からないんだ」
少しずつ話を始める。
「自分の気持ちが分からないんだ」
俺は言っていて、自分が情けなくなって、みどりのほうを向かず、目線を下げた。
「ねぇ、蓮君。こんな言葉知ってる?」
みどりの声が俯いている俺の耳に入ってくる。
「人に相談するときってね、本当は答えが見つかっているんだって。蓮君はどう? 答えは見つかってる?」
「こたえ……?」
「自分の気持ちはどう? 今、どこに行きたい? 何をしたい? 誰に……会いたい?」
みどりはそう言って、俯いている俺の顔をそっと手で上げ、俺の目を覗き込んできた。
「ね? 決まっているでしょ?」
ニッコリ笑って、みどりは俺の心の中まで覗いてきた。
きっと、みどりは全てをもう分かっている。
「い、いいのかよ?」
俺は泣きそうになった。ここまで、自分のことを考えて、語りかけてくれる人はそうそう居ない。
「何がぁ?」
ニッコリ笑っている、みどりを見たら、視界がいっきに揺れた。
涙。
頬にそろっと流れた、俺の涙をそっとみどりはふき取る。
「俺……みどりに告白したばっかりだぞ」
「いいんだよ」
「俺、本当の女たらしだよな」
「大丈夫だよ」
「俺、俺……」
どうしようもない何かが、心の中から噴出してきた。
「俺……玲奈のことが好きだ」
涙はまだ、地面に落ちる前にみどりに拭き取られる。
「うん」
ニッコリ笑っている、みどりの肩に俺は顔を押し付けた。
「ごめ……ん」
「何で謝るのよ」
みどりは、俺の頭を撫でてそう言った。
この優しいみどりを手に入れることが出来た赤原を、俺は羨ましく思うよ。
俺は握りこぶしを作って、みどりからすっと離れる。
「大丈夫?」
「あぁ」
再び、感謝の言葉を述べると、みどりは席を立った。
「私、蓮君に感謝しているんだから」
教室から出ようとしたみどりは、背中を向け俺にそう呟いた。
「ありがとうねっ!」
くるっと回って、俺にあの笑顔を見せると走って教室から出て行った。
「ありがとう……か」
それを言うのは俺のほうだというのに。
本当にみどりはいい子すぎる。あの赤原にはもったいないぐらいだ。
「よし、俺もがんばるか」
俺も席を立つと、教室のドアのほうへと向かった。
俺は、とある公園に着いた。
時刻はもう、夜の6時を回ろうという時間帯だ。
こんな時間にここにいるのは、ある目的を果たすため。
携帯を俺はパカッと開く。
ディスプレイには、うっすらと涙を流した後の俺の顔が写っていた。
公園内には、俺以外に人は居ない。
ベンチを見つけ、俺はそこに腰掛けると携帯を持っている指を動かし始めた。
9を4回、1を二回、5を1回、1を一回、もう一度1を二回、4を一回、1を二回。
それだけを押し、俺は送信ボタンに指をかける。
数分後、俺の携帯は音を奏でた。