ママとパパ、そして〇〇橋
バイパスの2号を下って行く途中、峠の上に長く細い橋が架かっている。
僕は、それを『飛び降り橋』と呼んでいる。
2時間ドラマの最初の方で、女の人が突き落とされる橋に似ているからだ。
でも、それをママに言うと、あれの下は川だから此処とは全然違うって、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
橋の下くらいで、ママは、煙草に火を点けながら曲を止めて、カーラジオをつける。繰り返し流れる曲に飽きたんだろう。
車内は、歴代ライダーオープニング曲集から、妙なテンションのDJの声に代わった。
―― サァ 最強ヒットソングメドレーでした そして これから~ パーティータイムの始まりだ~ ホゥッ ホゥッ ――
「聞いてたのに……」
恨めがましい僕の声を無視するかのように、窓を開けるママ。車内に溜まった煙が逃げ出していく。
「あっ、この芸人懐かしいな。最近、テレビで見なくなったと思ったら、ラジオに来てたんだ」
ママの言葉に反応して耳を澄ましてみる。窓から入る風の音で聞き取りにくいけど、ハウッとかフゥ~とか、いかにもキャラを作ってますよっていう声が聞こえていた。
「ばぁば、元気かな」
「久しぶりだからね。じいちゃんは、夏風邪ひいたって言ってたけど、もう1週間も前だから大丈夫でしょ」
「途中で、コンビニ寄ってアイス」
「はぁ」
「よう来たの~」
ばぁばの陽気な声が迎えてくれた。
「髭じぃじは?」
「アイス買いに行くって、出ていったがね」
僕は、じいちゃんを髭じぃじと呼ぶ。頭は、ツンツルなのに顎髭だけがワサッてるからだ。『禿じぃじ』より『髭じぃじ』の方が呼びやすい気がするのも理由の一つ。
「母さん、父さんは、風邪じゃなかったの?」
「あんなもん、一晩寝たら治ったって言っとったがね」
「はぁ、超人的だね、あの父さんは」
「あんた、それよりもマサユキさんだがね……」
ママとばぁばの話から髭じぃじは、元気になったことが分かった。それから『マサユキ』。僕のパパだ、いや、パパだった人だ。ママは、僕にそう言う。二年前に出ていったまま。
「ただいま。おぅ、もう来とったが」
「髭じぃじ」
「おぅおぅ、アイス買ってきたからな、後で食べよ」
「父さん、この子、今日アイス2個も食べたんだから、明日にしてよ」
「晩飯後くらいならもういいが。せっかく、じぃじの所に来てくれたんやし」
「だ~め」
「ケチな娘じゃ。おぅ、花火も買っといたぞ」
「わ~い」
髭じぃじの所に来ると、僕は殿様になる。
お菓子にジュース、アイス、花火、おもちゃ、ちょっとのお手伝いでお駄賃。さっきのラジオで言っていたパーティータイムという言葉が、耳の奥に残る。
まさにパーティータイム。
ママと神社に行った。
歩いて十分くらいの所にある神社だ。髭じぃじの家は、この神社の氏子っていうものらしい。田舎に帰ってくると、ママは絶対にお参りにくる。神様にご挨拶するらしい。
お参りをするとママは、太った神主さんと話し込むのはいつものことだ。同級生だと聞いたことがある。
僕は、境内で暇をつぶす。
鳥居の後ろに黄色いティーシャツが見えた。
「パパ?」
思わず声が出た。
罰の悪そうな顔でポリポリと頬を掻きながら、懐かしいパパの姿がそこにあった。
「ママは、社務所か?」
神社の横の御守り売場を指さしながら尋ねるパパ。
僕は頷くと、パパの方に足を向ける。
パパは、笑顔で手を広げると、僕を迎えてくれた。
「また一緒に暮らせるの?」
「……ママしだいかな……」
パパは、僕の質問に頼りない返事をした。
僕は、パパといっぱい話をした。
小学校三年生になったこと。
テストで百点とったこと。
水泳教室を辞めたこと。
二年生の時、同じクラスだった斉藤さんと、珠に遊んでいること。
高橋さんがいじめること。
パパは、斉藤さんとか高橋さんとか言うたびに、男の子? 女の子? と聞いてくる。
斉藤さんは男だし、高橋さんは女っていうのは当たり前なのに……。パパの頃には、男の子は『くん』、女の子が『さん』だったんだって。
ママが帰ってきて、パパを見てビックリしていた。
何か嫌そうな顔をしながらママは、パパと話をしている。
僕は、迎えに来た髭じぃじと先に帰ることにした。
その晩、久しぶりにみんなでご飯を食べた。
僕とママ、髭じぃじ、ばぁば、そしてパパ。
そして、花火をした。
僕は、パパの膝に腰掛けて花火を点ける。
久しぶりのパパの膝は痩せていたけど、懐かしかった。
次の日、僕とママは家に帰る。
「パパは?」
僕が聞くと、
「用事があるんだって」
ママは、そう言って煙草に火を点ける。
「お前は、まだ煙草か?」
そう言いながら、電子煙草を燻らせる髭じぃじ。
僕が思いっきり手を振ると、車が走り始めた。
「パパと一緒に住める?」
僕が聞いてみると、ママは困ったような、はにかんだような顔で、応えてくれる。
「そうなるといいね」
ママの顔は、暮れかけた夕日に照らされていた。
もうすぐ『飛び降り橋』が見える
「あっ、パパ」
橋の上に黄色いティーシャツが見えた。
―― パーティータイムは 終わりだよ ――
カーラジオから声が聞こえた。
バイパスの2号を下って行く途中、峠の上に長く細い橋が架かっている。
僕は、それを『首吊り橋』と呼んでいる。
書いてみました。
ホラーになっているか心配です。
でも、精一杯書いてみたので、楽しんでいただけたら幸せです。