7.初稽古
先輩に相談して、結局身の振り方を迷いながらもフランは演出補佐を全うしていた。
仕事とプライベートは分けなくてはならないが、エリシャの顔が見れず、彼ご本公演でどのような演技をしているかしっかりと見れなかった。本公演の稽古がある程度終わり、新人公演に参加しない役者がいなくなる。ここからが、新人公演の稽古の練習だ。
本公演の稽古と新人公演の稽古の間に10分の休憩を毎回とっている。その間に、フランは今日稽古するシーンの演出方針や、本公演ではどのような演出をしていたのかを振り返っていた。
稽古場の端では、トップ男役のセナと2番手娘役のサンデーは2人で仲良く座って、台本を読んでいるのがフランからも見える。台詞を覚えているのか、一緒に確認しているのだろう。2人の意気込みをそこから感じる事が出来た。
「では、稽古を開始します」
フランはパンパンと手を叩いてから高らかに声を上げた。役者たちがしんと静まり返る。
「今日は、まず、台本を持ちながら立ち稽古をして、自分の動線を理解するところから始めていきます。何かあれば止めますが、基本的には稽古を通してやっていこうと思います。皆さん、準備は大丈夫ですか?」
「「「はい」」」
「では、最初の位置についてください」
役者たちは素早く位置に着いた。フランはみんなが準備できたのを確認し、またト書きを読む。万が一、役者が台詞を追えなくなったりした場合に台詞を補助するプロンプターという仕事もフランはしなければならないため、こまめに目の前の役者の演技を見ながら台本に目を通していた。
エリーという今回の公演は、エリーという公女に、ある日、死神が一目惚れしてしまい、病気の人を助ける方法を教え、その方法を使いながら、エリーは人助けをしていくというストーリーだ。
物語の冒頭。主役よりも先に、マリアという狂言回しの役が出てきて、マリアと死神が対話していくところから始まる。
マリア役のサンデーは、昨日の涙声とは打って変わって、平静で演技をしていた。持ち前の透明感のある演技で挑んでいたが、その透明感が仇になっている。後から出てくる時はその演技でもいいのだが、出だしは思い切りの良い演技をしてほしい。
(ここは指摘しておこう)
フランは忘れないように台本にメモをしている時だった。クスクスと笑う声が何処かから聞こえた。
ここは、お客様の心を掴む為、ほとんどの役者が出てきて歌とダンスをする圧巻の場面だ。笑い声が聞こえるような場面ではない。
フランは違和感の根源を探る。そして、直ぐに見つけた。エリシャが台本を持っていなかったのだ。
(――何故?)
昨日の本読みから、もう台本が無くても台詞や動きが頭の中に入っているとは考えにくい。
答えは簡単だ。彼の台本を誰かが隠したのだ。
入団半年なのにいきなり新人公演の主演に抜擢されるのエリシャは、いじめの対象になるに違いない。
どうするのか。
フランは焦るが、それで他の役者の指摘部分を見逃してはいけない。
演技を中断しようと思ったその時、エリシャは台本通り上手から舞台装置と共に舞台上に動き出した。
決意に満ちたその表情に、フランは舞台を中断せず続けさせた。
舞台装置からエリシャが登場して、第一声を発した時、フランは安堵した。
エリシャの中から台詞が自然と出て来ていたのだ。その後の歌、ダンスまでしっかりとこなして行く。
エリシャを何故、ライが新人公演の主演に抜擢したのかフランはこの時に実感した。
歌劇団の新人公演は、振り落としといって、本公演の役者の動きを新人公演の役者がそのまま真似て演技をするのが恒例だ。しかし、台本を持っていないからか、自分なりの動きで役を表現していく。
それが、彼らしく心地良い。
台本を持っての立ち稽古は、あっという間に終わった。それぞれ個別に演技や歌、ダンスの指摘をしながら、フランは全体に向かって、一言付け加えた。
「何か鬱屈した気持ちや不安な気持ちがあれば、直ぐに私に話してください」
役者同士で争いがないように、一人一人を見ながらフランはいう。俯いた役者が何人かいた。おそらく、彼らだろう。
牽制は出来たはずだ。
「これ、見つけたよ、フランさん」
稽古が終わって、ほとんどの役者が帰宅の途についた時、トップ男役のセナが、フランに届けてくれた。それは、ぐちゃぐちゃに引き裂かれた台本2冊だった。エリシャの台本なのだろう。彼の出演部分には演出家が指摘した部分がぎっしりと書かれている。
「ありがとうございます。どこにあったんですか?」
「上の階の人気のない廊下に捨てられてた」
「そうですか。きっとエリシャさんの物だと思います」
「フランさんから渡してもらえるかな? 僕からだと犯人と思われそうだ」
セナも薄々勘づいていたのだろう。フランは素直に受け取った。




