てーてけてれてれ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
俺たちの日ごろの積み重ねって、どれだけの意味があるんだろう?
考えたことはないか? 望んだ結果が得られないまま、試行と時間を重ねていくとよ。
「もっとうまいやり方があるんじゃないか?」
「いやいや、もっと自分には別のことの才能があるんじゃないか?」って具合に。
現実はゲームと違って、経験値も熟練度も知ることはできねえからな。「つぎのレベルまであと〜」なんてお告げ、俺も賜れるなら賜りたいところだよ。
ゲームのいいところってさ、きちんとやればやるだけ、成功が約束されているって点もあると思うんだよ。
攻略情報に頼って、コンピューターばかり相手にすれば、ほぼ勝つことができる。インチキを使えば、対人だっていけるだろう。
勝ちも、成功も、承認も。現実で得られないなら、仮想で得るよりない。
でも、植物と同じだ。得すぎた者は、根腐れを起こしてしまう。見るに堪えないほど、醜くね。
ひとつ、重ねすぎて腐ってしまった昔話、聞いてみないかい?
むかしむかし。
とある小さい村を、大きくて強い嵐が襲った。朝から強く吹き付ける雨と風は、とても外で働けるような環境とはいえず。人々はずっと家にこもりながら、この神様の気まぐれが早く収まってくれるよう、祈り続けていた。
家屋が強く揺れるたび、中の人は壁を、屋根を見やる。
穴が開きはしないか、雨漏りをしやしないか。自分たちの無事が保たれるとともに、余計な仕事が増えないことを、誰もが願っていたんだ。
片時も外へ出られない日が、二日続く。
その間、ほとんどの家は被害なく済んだものの、素直に喜べる雰囲気にはならなかった。
村の中でも、一番の高台に建つ一軒が、土台を残して完全に潰れてしまっていたんだ。家の、文字通りの大黒柱がぽきんと折れてしまったことにより、大損害を被った。
家人は生きていた。かの家は数年前に両親を亡くした青年がひとり、住んでいたのだが、家の倒壊に巻き込まれずに済んでいたんだ。
だが、無事かと訊かれたら、一概にはうなずけない。
嵐が止み、人々が自宅からちらほら顔をのぞかせ、彼の家の崩れ具合を見やって、かけつけたとき。彼はほとんど、ふんどし一丁の姿で壊れた家の前にいたという。
「てーてけてれてれ、てってってー。てーてけてれてれ、てってってー……」
そう拍子を取るように口ずさむ彼。それに合わせ、屈伸を繰り返してみせたり、手足をバラバラに振り回したと思いきや、急に整然とピシッと伸ばして固まり、見栄を切ったりしている。
周期も見られず、ただ口にする拍子に合わせて踊り続ける彼は、誰が呼びかけても返事をしようとしなかった。それでいて身体に触ろうとすれば、うなり声を発して威嚇し、なおも相手が退かなければ、踊る手足をしならせて、容赦なく打ち付けてくるんだ。
その態度を恨めしく思った村人のひとりが、彼の背後から石を投げつけたことさえあった。
だが彼は、死角から投げられた石を、腰をひねりながらかわしてしまう。踊ることをやめないままに。
三度繰り返しても、同じ結果に終わってしまい、かえって投げた本人の方が震え出すありさまだった。
あいつは気が触れてしまった。
昼も夜もなく、家の前で踊り続ける彼を、村人たちはそう評し始める。
距離をとり、外からやってくる者たちにも事情を説明して、近づかないように呼び掛けた。
しまいには、彼の踊る高台をぐるりと柵で囲んでしまい、容易に向かうことができなくしてしまったんだ。
その囲い込みの間も、その後も。また、あの時のような強い風と雨が吹き付けても。
彼は踊ることをやめない。何を食べて、飲んでいるのかも確かめられないまま、ときに村中へ届くほどの声を張り上げる。
「てーてけてれてれ、てってってー」と。
聞きつけた子供たちまで、かの歌を真似するようになってきて、そのたび親たちはどたまを叩き、どやしつけていったとか。
その踊りが終わりを告げたのは、数十年後。
攻め寄せた隣国の軍勢が、村へ進駐してきたんだ。乱暴を働かれないよう、村民たちが進んで蓄えを提供するかたわら、軍の司令官の目に、高台で踊る彼の姿が映ってしまった。
「そこな無礼なやつ、降りてこい。余より上に立つこと、まかりならん」
戦場でも遠方まで響く声を、自慢のタネとしていた司令官。しかし、気が短さもまた軍の中では指折りで、彼が反応を示さないのを見るや、額に青筋を立てて手勢を連れて、一気に彼のもとへ向かっていったんだ。
彼が踊り出した経緯を知る者は、もうほとんど村に残っていなかった。ゆえに強く止めようと出る者はなく、高台を囲う柵が壊され、踊る彼が包まれるように人の群れの中へ埋もれるのも、遠巻きに眺めているのみだったとか。
一方、踊る彼を取り囲んだ司令官は、最後通牒を彼へと渡す。
自分のいうことに返事をし、礼を見せろと。そうでなくば覚悟ができているとみなし、無礼の罪を力でもって罰すると。
そして、彼の返答は決まっている。
「てーてけてれてれ、てってってー……」
びゅんと風が鳴り、彼が大きく腰をひねった。
先ほどまで、彼の脇腹があった空間を、強弓から放たれた矢が突き抜けていったんだ。
一矢が放たれると、そこから先は歯止めがきかなかった。互いを打ち抜くことがないよう、配された弓兵たちが、司令官の指示のもと、四方から矢を射かけたんだ。
踊る彼は、まさにみょうちきりんな動きで、恐ろしいまでに矢をかわし続けるも限界がある。
肩に、上腕に、膝裏に。あえて刺さることなく、かすめるにとどめさせたのは、射手たちもまた、ひとかどの者でないことの証左でもあった。
だがあちらこちらから血を流しても、彼は踊るのも、しゃべるのもやめない。
「てーてけてれてれ、てってってー……」
「うぬ……もはや、我慢ならん」
司令官は打ち方をやめさせると、ついに自分が鞘ごと帯から刀を抜いてしまう。
察した側近が諫めにかかるも、頭に血が上った司令官が止まらないのは、ここまで付き添った者なら重々承知している。
もう是が非でも、あの踊りを止めない限り、落ち着くことはないだろう。
縦横無尽にふるわれる、司令官の鞘による打撃を、彼はまたもよくかわす。
まるで羽毛を相手にするかのような軽やかで無駄のない避けに、目を奪われかける者さえ現れ出すほどだったが、司令官の檄が飛ぶ。
「貴様ら、何をのんきに見物している! 早く余に手を貸さんか! こやつを叩きのめせ! 貴様らから討ち果たすぞ!」
ついに、この命が下ってしまった。そして、踊る彼の命運もここに尽きてしまう。
いかに動きがよくとも、その動ける空間を多勢に塞がれてはどうしようもない。
四方からめったうちにされ、ついに踊れず倒れ伏す彼を見て、司令官は高笑いする。
「見たか! 下賤の輩め! 言葉で済むうちに従っておれば、このようなことに……」
「……たわけ」
弱弱しい声音で、踊る彼はこの数十年。はじめてあの拍子と違う言葉を、口にしたんだ。
それに前後して、村ではあちらこちらで悲鳴があがっていた。
見ると先ほどまで立ち並んでいた家屋は、瞬く間に消え失せ、代わりにがれきの山へと化していた。
村人が出した握り飯は土塊に、酒は泥水に。更にはあの嵐より村に来た、旦那や女房は服をまとった土くれと化した。その間に生まれたとされる子供も、また同じ。
あの嵐の日以前から、村にいた者たちだけが、廃墟と化した村の中に立っていたんだ。
慌てふためく司令官と兵たちに向け、踊りの彼は倒れ伏したまま、にんまり笑って見せる。
「あの日、本当は命以外のすべてが失われていた……だが、皆がそれを受け止められるほど強くない。
だから俺が、すべてを捧げた……この身も命もくれてやるから、かりそめでも皆に変わらぬ安寧を、と。
だが、もう終わりだ。俺はもう捧げられない。
この命は今からもう、永久にお前たちのものだから」
がくりとうなだれた彼はもう、動かなくなってしまったという。