思い出巡り
僕たちは電車で一駅離れた自分たちのホームに戻って来た。
外は快晴、梅雨明けが近いのかもしれない。
僕たちの町は、基本は住宅街。けれど、少し離れるだけで川や山が広がっている自然が豊かな地区だ。小さい頃は、五人で自然の中を駆け回っていた。
どこに行くか迷って、結局はそれぞれが想い出に残っている場所全てを回ってみることにする。
初めに行ったのは河川敷。
「ここに来ると身体がうずくな」
翔也が好きだったキャッチボールをよくした場所で、たまに釣りもして遊んだ。今はボールもグローブもないけれど、翔也は肩がうずくのか、グルグルとまわしている。
「今度はボールとグローブを持って来ようか」
そう提案すると、翔也は見るからに嬉しそうな顔をした。
「楽しみだ。優人とキャッチボールを最後にしたのは小学生の時だからな」
「そうだね。中学からは翔也は野球部で、僕はサッカー部に入ったから」
「あぁ、今でもお前を野球部にいれようとした時の事は忘れられん」
「あはは、僕も覚えてる。一真と翔也がサッカーと野球の魅力をプレゼンして来た時は何事かと思ったよ」
「結局、俺は負けて優人はサッカー部に入った。あれ以来、俺はここでキャッチボールをしていない」
そう言った翔也は、広い河川敷を目を細めて眺めている。小さい頃の僕たちがキャッチボールをしていた頃の景色を見ているのかもしれない。
「優人と出会う前、俺にはキャッチボールを一緒にする相手がいなかったんだ。初めてお前とここでしたキャッチボールは俺の野球の原点だよ」
もちろん僕も覚えている。お互いに一人だったあの時、勇気を出して話しかけなければ、今もこうして一緒にいる事はなかったもかもしれない。
「またやろう」
「あぁ、約束だぞ」
拳を突き出してきた翔也に、僕も拳を突き返した。
次に来たのは、小さい頃虫取り少年だった一真に連れて行かれた雑木林。
「うおぉ懐かしい、あの木によくカブトムシがいたんだよなぁ」
カブトムシを捕まえるために夜中に罠を仕掛けに行ったことがある。当時は怖かったけど、今となってはいい思い出だった。一真はテンションが上がっていたけれど、少し足を踏み入れるだけで虫が飛び交う草むらを、神奈と恵里香は嫌がっていた。昔は二人とも気にしてなかったのに。
「なんかいねぇかなぁ……蹴ってみるか」
「今捕まえても飼えないでしょ?」
「あぁ~確かになぁ」
高校生になっても好きなものはそうそう変わらないらしい。一真は目を輝かせて虫を探している。
「僕、一真にここに連れてきてもらって、初めて自分でカブトムシを捕まえたよ」
「あったなぁそんな事」
「昔は一人でこんな所に来る勇気がなかったから、誘ってくれた時は嬉しかった」
まだ他の幼馴染たちと知り合う前、あの頃の僕はお世辞にも活発な子供じゃなかった。そんな僕を、一真はいろいろな場所に連れて行ってくれた。狭い世界に閉じこもっていた僕の世界を、一真はどんどん広げてくれたんだ。
あの頃から、一真はいつも僕を引っ張ってくれている。本当にかけがえのない存在だった。
「ありがとうね」
「……夏休みになったら、久しぶりに虫取りしようぜ! オレが一番デカいのを掴まてやる!」
まだ未練がありそうな一真を引きずって、次に向かったのは、小さな図書館。
「うわ、この本まだ置いてあるんだ」
今の姿からは想像も出来ないけれど、昔は恥ずかしがり屋だった神奈のお気に入りの場所。基本は外で遊ぶことが多かった僕たちだけど、たまに皆で神奈についてきては、置いてある虫や恐竜とかの図鑑を見て、ゆっくりと過ごした。
「この席。ここで初めて優人と話した時の事、今でも覚えてるなぁ」
図書館の奥にひっそりと設置されている小さな机を撫でながら、神奈は僕を見て笑った。僕ももちろん覚えている。大人しそうな眼鏡をかけた女の子。その子は、僕が本を見に来るといつも一人で図書館にいた。
本が好きなんだろうと思った。けれど、どことなく寂しそうにも感じた。放っておけなかった。
「あの頃はね、誰かに話しかけるのが恥ずかしくて、アタシはいつも一人だったの。だからね、優人が声をかけてくれて、一緒に本を読むようになって、それから恵里香に翔也、一真とも遊ぶようになって、あの日からアタシの人生は変わったって、今でもそう思ってる」
ありがとう。と笑う神奈の顔に、昔初めて笑ってくれたその子の笑顔が重なった。
想い出巡りは続く。
「優君はどこに行きたい?」
恵里香に聞かれて真っ先に僕の頭に浮かんできた場所があった。僕は皆を案内するように先頭に立って歩く。
「相変わらず、いい眺めだね」
住宅街の中にひときわ高い丘があり、頂上に向けて階段が作られている。登っていくと丘の上はこじんまりとした公園になっていて、今でも遊具が残っていた。町を一望できるロケーション。昔は小さい子供でいっぱいだったこの公園も、時代のせいか単に時間の問題か、今は誰もいない静かな場所になっていた。
「よく遊んだよなぁ、ここも」
「そうだな。あのブランコでどっちが遠くまで飛べるか競争したな」
そう言った一真と翔也は無言でブランコに視線を移す。
「あれ見てて怖かったんだから……やらないでよ」
何かを察した神奈が釘を刺したおかげで、二人は渋々ブランコから視線を外してくれた。
「ここで夕日を見たら皆で帰るのがお決まりだったよね。今でも忘れないよ」
皆で並んで町の景色を眺める。今はまだ夕方じゃなけれど、あの頃に見た緋色の夕焼けがはっきりと思い出せた。
「楽しかったなぁ、あの頃……」
自然と声が潤んだ。翔也が無言で肩を組んできて、神奈が反対から身体を寄せて来てくれた。
「これからも、五人でいればきっと楽しい。そうだろ?」
一真がきざっぽく笑みを浮かべて言う。その顔を見て、僕は思わず噴き出した。
「え? 何で笑ったし」
「いや…ごめっ……決め顔、面白くて」
「ちょっ、ひでぇぞ、その反応」
困ったように頭をかく一真を見て、皆が面白そうに噴き出した。学校を出る前の気持ちは、今はすっかりと切り替えられていた。
「ありがとう恵里香」
「どうしたの?」
「いや、恵里香が提案してくれたおかげで元気になれたから」
「そっか、ふふ、それならよかった」
そう言って笑う恵里香は見惚れる程綺麗だった。
コンビニで食べ物を買ってきて公園に戻り、皆で景色を眺めながらお昼を食べた。午後もすぐに帰る木にはなれず、そのまま皆でぶらぶらと想い出を巡る。夏らしい日照りが照り付ける中、神奈は恵里香の日傘の中に隠れたし、僕たち男性陣も汗だくになったけれど、誰も嫌だとは言わなかった。
「そういえば恵里香はまだだな」
太陽が頂点から傾き始めた頃、不意に口を開いた一真の言葉で皆が恵里香に注目する。
「ん~私は、あそこにしようかな?」
「どこよ?」
「着いてからのお楽しみ~」
そういたずらっぽく笑って歩き出した恵里香に皆で着いていくことにした。
「じゃーん! ここです!」
「ここって……」
恵里香に連れてきてもらった場所は、少々……いや、普通に予想もしていなかった場所だった。
住宅街を抜けて、そのまま山に向かって歩いて行く恵里香、そのあたりでは皆まだ首を傾げていた。山に入ると、舗装はそれているけれど、車一台分しかない細道を歩く。人通りはなく、辺りは木々が生い茂り、太陽の光も途切れ途切れにしか届かず、昼までも薄暗い。
一真がよく連れて行ってくれた昆虫採取のポイントとも違い。藪の中に入って行くわけでもなく、細い道をつたうようにして進んで行く。恵里香が何処に向かっているのか分からないながらも、見ている景色はおぼろげに見覚えがあるような気がした。
そうしてしばらく進むと、山道の脇に古ぼけた鳥居が見えて来た。恵里香はその鳥居の前で足を止める。
「私が来たかったのは、ここでーす!」
そう言われてポカーンとしていた僕たちは、ほぼ同時に思い出して声を上げた。
「「「「かくれんぼしたとこ!!」」」」
「せいか~い! 途中、皆全然覚えてないのかと思って不安になっちゃった」
僕は少し、自分に対して唖然としていた。恵里香は冗談めかして言っていたけれど、実際に僕はすっかりとこの神社の記憶を失くしていたからだ。実際にここまで来て、この光景を見たことで、フラッシュバックのように当時の記憶がよみがえって来た。突然の衝撃に何を喋っていいかわからない。それは恵里香以外の三人も同じようで、皆目を見開き、口を開いては何も言わずに閉じる動作を繰り返していた。