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菊池翔也


 お弁当のおかずを奪おうと、隙を狙って手を伸ばしてくる神奈。それを華麗に躱して僕の口元に食事を運んでくる恵里香。二人に挟まれて困っていた僕の耳に待ち望んでいた人たちの声が聞こえてきた。


「~~ってことが今朝あってよ。あいつらマジ許せねぇ」

「そうだな。俺ももっと顔を出そう」


 一人は今朝も聞いた声、一真だ。そして、一真と会話をしているもう一つの声が、幼馴染メンバーの最後の一人、菊池きくち翔也しょうやだ。


 一真、神奈、恵里香に翔也。この四人が僕の幼馴染。僕たち五人はもう十年以上も一緒に過ごしている。


「一真! 翔也!」

「優人、今朝は教室に行ってやれなくて悪かった」


 そう言って律儀に頭を下げる翔也。野球部だった翔也は、がっしりと鍛えられた体つきをしていて男らしい。サイドを短く刈り上げた清潔感のある髪に、誠実そうな顔つきで、一真とは違ったタイプのイケメンだ。


 翔也は少し寡黙で、あまり自分から場を盛り上げようとしたり、積極的に他人を関わろうとはしない。それでもいざという時の行動力があって、幼馴染メンバーからも頼りにされている。それに翔也は気にしていないけど、硬派なイケメンが好きな女子たちからの人気が凄まじいものがある。


 頭を下げる翔也に「気にしないで!」と慌てて声をかけると、少しして顔を上げてくれたけれど、その時の表情は悔しさを押し殺しているようにも見えた。


 すでにお弁当を食べている僕たちを見て、一真と翔也も空いている場所に座ってご飯を食べ始めた。一真は学食で買ったらしいパンで、翔也は家から持ってきたお弁当だ。


 一真はパンにかじりついていたけれど、お弁当を広げていた翔也はこちらの違和感に気が付いたらしい。僕たちの手元を見て顔を上げると、もっともな疑問を問いかけて来た。


「優人、神奈、お前ら飯は?」


 まぁ隣で恵里香からアーンされていれば気にならない方がおかしい。翔也の言葉に一真も視線を向けてくる。恵里香でさえかなりキレていた事を考えると、一真と翔也に正直に事を話すのはかなり躊躇われた。けれど、僕が言わなければ神奈か恵里香が暴露するだろう。そうなる前に、僕は意を決して二人にも事情を説明する事を決めた。


「~~ということで、トイレから帰ってきたらもう食べれない状態になってて、後は神奈が連れ出してくれたんだ。それで恵里香がお弁当を分けてくれてて」

「アタシはその時忘れて来た」


 翔也は黙ったまま最後まで話を聞いてくれた。話の途中、あまり表情を崩さない翔也が苦々しい顔をしていて、心苦しくなった。僕は皆に心配をかけてばかりだ。こうして親身になってくれる事は素直に嬉しい。けれど、それだけ皆の心に負担をかけていると思うと、やっぱりどうにかしなければとも思う。


「俺のもわけてやる」


 ずいっと大きな弁当箱を差し出してくる翔也。恵里香の弁当とは違いご飯が沢山詰まっていて、おかずも肉肉しい。如何にもいっぱい食べる男子高校生のお弁当と言った感じだった。


「沢山食え、大きくなれないぞ」

「あはは……翔也、ありがたいけど、大きなお世話だよ!」


 詰め寄るように言い返すと、翔也はふっと口角を上げて静かに笑った。もしからしたら僕を励まそうと思った翔也なりの冗談だったのかもしれない。そんな小さな気遣いに心が温かくなる。


「ちょっと翔也君、優君は私の栄養満点のお弁当を食べてるからもう必要ないのに!」


 先に食べさせてくれていた恵里香が、何故か張り合うようにしてお弁当を差し出してくる。


「なら翔也のお弁当はアタシが食べてあげる。大丈夫、半分は残しといてあげる」


 恵里香からお弁当を貰えずに拗ねていた神奈が、チャンスとばかりに翔也から弁当を奪う。


「おい神奈、お前は教室から取ってくればいいだろうが」


 そうは言いつつも、がっついている神奈からお弁当を取り返そうとはしない翔也は、仕方ないかと息を吐いていた。


 いつもの光景だった。皆が楽しそうに過ごしている姿を見るだけで不思議と落ち着くことが出来た。この面子で十年以上一緒にいた。皆大切な親友で幼馴染。皆がいれば、この先何が合っても大丈夫な気がしてくる。僕はまだ頑張れる。


 改めて幼馴染たちの有難さを実感していた時、ふと気が付いた。


 一真が静かだった。


 いつもならこんな話を聞けば、感情のままに叫ぶか怒りをぶつけにいくような性格の一真が、一言も喋ろうとしない。気になって恵里香の向こう側にいる一真を見ると、俯いて手を握りしめていた。


 その表情はここからではよく見えない。けれど、よほど怒っているのだろうか、握りしめている手がうっ血して色が変わってしまっている。


「か、一真?」

「……ん、ぁあ、わりぃ」

「いや、それより、僕は皆がいてくれるから大丈夫だよ」


 落ち着いて欲しくてなるべくゆっくりと話しかけると、一真はハッとしたように握っていた手を開いた。静かに怒る一真は珍しいけれど、それだけ僕の事を心配して心を痛めていたのかもしれない。その優しさだけで救われた気がした。


「……あぁ、そうだな」

「ありがとう一真」

「いや、気にすんなよ……さぁ、食って元気だそうぜ」


 話題的に暗くなってしまいそうだった昼休みも、幼馴染が全員揃えば賑やかで楽しいものになった。虐めは段々とエスカレートしていて、あんな事をされたのも初めてだった。けれど、皆がいてくれる。それだけの事がこんなにも心強い。


 かなりショックを受けていたけれど、気が付くと僕は皆と一緒に笑えていた。

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