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エピローグ


 高校生活最後の一年を過ごした教室。いつも賑やかで、楽しかった想い出しかない教室は、今ではただ静かで、寂しさを感じずにはいられなかった。黒板に書かれた皆の落書きが余計に哀愁を感じさせる。


 今日、高校生活三年間を締めくくる卒業式が行われた。


 心のどこかでは、かったるい朝礼のように感じていたその式は、参加してみると色々な事が思い出されて、思わず涙がこぼれてくるような尊い時間だった。


 式が終わった後、しばらくは皆が教室に残っていた。誰も自分から教室を出て行こうとする人はいない。


 思い出話が止まらない人達。


 別れを惜しんで写真を撮る人達。


 再開の約束をする人達。


 誰もが最後の一年間をともにすごしたクラスメイトたちと離れる事を寂しがっていた。


 もちろん僕もだ。


 このクラスは学校でも評判になるほどクラスの団結力が強かった。学校行事には皆が積極的に参加して、どの行事でも最高の時間を過ごすことが出来た。全員が仲良しで、ニュースでたまに見るような虐めなんて、影も形もない。このクラスの一員として過ごせた時間は僕の宝物になった。


 そんなクラスメイトたちも、今はもう僕以外は誰も教室に残っていない。


 皆すでに教室を後にした。けれど、帰ったわけじゃない。この後、クラスで集まって高校生活最後の打ち上げをする事になっているからだ。お店の予約時間も近くなり、皆は場所を移しただけ。


 それでも僕が一人で教室に残っているのは訳がある。


 『卒業式が終わった後、大事な話があります。教室で待っていてください』


 下駄箱に入っていた手紙には、見慣れた字でそう書いてあった。手紙の主は、僕の一つ前の席の主。直接言えばいいのに、わざわざ手紙にしたのは、他の人に聞かれたくないような話でもあるからだろうか。


 一旦、カモフラージュとして先に帰って行ったその人物が戻って来るのを、少しだけドキドキしながら待つ。


 すぐに無人の廊下をかける足音が聞こえてきて、僕の心臓の音も大きくなったような気がした。


「ごめん優君! 待たせたよね?」


 息を切らして教室に入って来た恵里香は、申し訳なさそうな顔をしながら上目遣いで僕を見つめて来た。手紙を入れた人物で、最後の高校生活を一緒のクラスで共に過ごした、僕のただ一人の大切な幼馴染。


「全然待ってないよ。それより、一旦落ち着いて」

「う、うん。アハハ、ちょっと緊張しちゃって」


 どことなくソワソワしている恵里香の顔はほんのりと赤い。いつもお淑やかな恵里香がここまで取り乱しているのは新鮮で、なんだかいつもより愛らしかった。


 恵里香は目を閉じて軽く深呼吸をしたあと、ゆっくりと目をあける。その瞳には決意が宿っていて、真剣さがひしひしと伝わって来る。僕も思わずそんな空気に自然と姿勢を正していた。


「優君。私から大事な話があります」

「うん。何かな?」

「私たち、もう十年以上も一緒にいるけど、そろそろ、次の関係に進んでもいいんじゃないかな?」

「次の関係って?」

「もうっ! 分かってるくせに意地悪しないでよ……本当に私だけを見て欲しいの」


 懇願するような視線に射抜かれる。こんなお願いを断る理由が僕には欠片も思い浮かばない。


「うん。僕は恵里香だけを見つめていたい」

「……ほんと?」

「もちろん!」


 はっきりと答えれば、恵里香の表情に滲んでいた不安が吹き飛んで、見ているだけで幸せになれそうな笑顔が浮かんできた。


「じゃあ、これからはずっと一緒だよ?」

「うん、僕たちはずっと一緒だよ」

「嫌になっても離してあげないからね?」

「そんなのあり得ないよ」


 もし見ている人がいたら、口から砂糖でも吐き出しそうな会話が続く。気恥ずかしさはあったけれど、それ以上に恵里香の幸せそうな表情を見られる事が嬉しかった。


 それまで僕たちの話声しかしなかった校舎に、下校時間を告げるチャイムが鳴り響く。


 時計をみれば、すっかりと話し込んでしまっていたらしい。もうクラス会も始まる時間だ。


「そろそろ行こうか、皆を待たせちゃうよ」

「優君待って――




 ――私は、二人きりがいいな」


 最後のクラス会は楽しみだったけれど、恵里香にそんな事を言われたら選択肢は他になくなった。


 僕も恵里香と二人で一緒にいたい。今までのように、これからも。


「私、優君を連れて行きたいとっておきの場所があるの! ついてきてくれる?」

「もちろんだよ。どこに行くの?」

「ふふ、それはね、私と優君だけの特別な場所だよ!」


 可愛らしく言って僕の手を取る恵里香。十年以上、二人で一緒に過ごして来た大切な幼馴染。僕は一生彼女と一緒にいたいと、そう心から思った。


「優君。これからもずっと私だけを見ていてね」


 微笑む恵里香に手を引かれ、僕は高校生活最後の一年を過ごした教室をあとにした。

完結となります。夏のホラー2021参加作品いかがだったでしょうか?

読みやすい短編が多い中、連載の本作に手を伸ばしてもらえてとても嬉しいです。

最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白かったです!ヤンデレ見たさに見ていましたけどホラーとしても最高でした! [一言] 都合が良い妄想すると神奈は主人公が好きで孤立させたところを狙って、一真は恵里香が好きで、ってなる…
[良い点] 夜眠れなくなるくらい怖かったですがおもしろかったです
[一言] 完結お疲れ様でした。なるほど、三人は最初から居なかったことにされたのですね。 翔也君はとばっちりでしたね。 最後の所に、主人公が神様に何処かに連れていかれるような暗示がされているように思えて…
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