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五人目の幼馴染(上)


 二学期が始まって、もう一月の時間が流れた。


 学校の人気者だった二人がいなくなった事で、始まったばかりの頃はどことなく寂しさが漂っていた学校も、三年生全体が登校してくる事が減った今、自然とその影響も消えていた。開いた穴は僕が想像していたよりも小さかったのかもしれない。


 僕は相変わらず周りから避けられている。けれど、虐めを指示していた一真と神奈がいないからか、クラスメイトから何かをされることもなく、ただ距離を取られているだけで、そんな状況になれてしまった身としては、特に不都合はない。


 それでも居心地が良いわけでもない学校にわざわざ来ているのは、恵里香がいるからだ。


 今僕たちは、来年同じ大学に通うために、一緒に勉強を進めている。私立のその大学は何度か受験のチャンスがあり、一番早い十二月の試験に向けて、成績のいい恵里香に勉強を見てもらえるのはとてもタメになった。


 大学のレベルは高いわけじゃなく、元々の成績でも安全圏だったこともあり、恵里香に勉強を見てもらえている今は、だいぶ自信も付いてきた。


 はっきりとした進路を決めていない僕を心配していた担任や両親も、目標を持ったことで安心したのか、特に進路を反対される事もなかった。


 なかなか立ち直る事ができず、何も手に付かなかった日々から、目標ができた事で抜け出せた事は大きな一歩だった。それに、勉強に集中している間は、いなくなった三人の事を考えずにいられた。


 そんなに僕を見てくれている人がいたとしたら、きっと僕が立ち直ったように見えたかもしれない。もしからしたら恵里香にもそう見えているかも。


 僕が進路を同じ大学に決めてから、恵里香はやたらと機嫌がいい。


 今では毎日お弁当を作ってくれるようになったし、一緒に歩くときはいつも手を繋いでくるようになった。最近は、ルームシェアできる部屋の情報をよく教えてくれる。恵里香の中ではもう一緒に部屋を借りる事まで決まっているのかもしれない。


 改めて好きだとか、付き合うとか、そんな話をしたわけじゃないけれど、三人が死んで、お互いしかいなくなった僕と恵里香は、どちらともなくお互いから離れられなくたった。今までの仲のいい幼馴染とは、また違った関係になっているような自覚はある。恵里香はそんな関係が嬉しそうだし、僕も嫌だなんて思ってはいない。


 だから、傍から見れば、僕は可愛い女の子と同じ大学に進学を目指して、勉強を頑張っている学生そのもので、暗い過去を乗り越えたように見えるのだと思う。



 実際には、そんな事はないのだけど……。


 恵里香と一緒にいる時はまだいい。けれど、一人になるとどうしても三人の事を考えてしまう。


 ふと教室の入り口を見る。毎時間のように顔を見せてくれていた一真が、僕を訪ねてくる事は二度とない。『夏休みになったら、久しぶりに虫取りしようぜ! オレが一番デカいのを掴まてやる!』あの時、楽しそうにしていた一真は、いったい本心では何を考えていたのだろうか。実際に虐められるほど憎まれていたのだとしたら、一真が僕にかけてくれた言葉は全て噓偽りでできていたのかもしれない。それでも、僕にとって一真との思い出は大切なもので、虫取りの約束が果たせない事は一生悔いて生きていくような気がする。


 空席になった前の席は主がいなくなり、どこか寂し気に見える。いつもなら、神奈が振り向いてきて一緒にお喋りをしていた休み時間。もうそんな事も出来なくなった。一真と一緒になって僕の虐めを指示していた神奈。けれど、いつもクラスメイトたちの虐めから僕を助けてくれたのも神奈だった。何もしらない僕は、神奈や一真に感謝して、それを陰で笑っていたらしい。ならどうして、僕を助けてくれた神奈は、あんなに辛そうな顔をしていたのだろう。僕と二人きりでいた時『毎日が、こんな風に幸せだったらいいのにね』と言っていたのはどうしてなんだろう。もう神奈に聞くことはできない。答えのない疑問を僕は一生考え続けると思う。


 窓の外に野球部が見えた。連想するのはもちろん翔也の事。翔也は昔から仲間想いだった。初めて河川敷で一緒に遊んだ日から、翔也はいつも僕を気にかけてくれていた。そんな翔也は僕のために虐めを止めさせようとして、一真に殺された。どんな状況だったのかは、もう二人ともいないから聞くことはできない。激しい喧嘩になったのだろうか、僕のせいで……。最後に会話をした時、翔也は『俺がこの状況を終わらせてやる』と何かを覚悟した顔をしていた。その結果、たしかに状況は変わった。あれが崩壊への始まりだった。あの時、どうしてもっと強く引き止めなかったのかと考えると、自分を責め続けることを一生止めることはできそうにない。


 ただ日常生活を送っているだけで、そこかしこに三人との想い出が落ちている。学校だけじゃなく、その辺の道端にも、どこに行ってもだ。それだけ僕にとって大きな存在だった。想い出を拾う度に、もう二度と三人には会えない寂しさをかみしめた。


 寂しさといえば、いきなり子供が死んだ家族はどうなったのだろう。何度も言えに行っているうちに三人の家族とは何度も会っているけれど、あれ以来一度も関りはない。僕のとばっちりで死んだ翔也の家族。実は虐めの首謀者だった一真と神奈の家族。それぞれ別の理由で、もう会う事はないのだろうと思う。


 三人との繋がりは、もうほとんど残っていない。あの短い期間の間ですっかりと変わってしまった。


 僕はあの日々、特に一真と神奈が死んだあの日の出来事を、夢か幻としてきれいさっぱり忘れる事が出来なかった。僕の記憶ではあの日、僕たちには恐ろしい事が起きていた。『ガマズミ様』が神奈と一真を連れて行ってしまったのだ。


 けれど、目が覚めて時、警察は二人を自殺と断定していた。ご丁寧に遺書まで書いていた二人。僕はそんな所を見ていないし、二人は必死に生きようとしていた。それが自殺だなんて、意味が分からない。ただ、現実でそうなっている以上、僕の記憶がおかしいと無理やり納得するしかなかった。


 あの日の事は、今まで恵里香とも一度も話をしていない。僕の記憶では、恵里香も恐ろしい目にあっていたから、気を遣って話題にするのを避けて来た。恵里香もあの日の話が出る事を何となく避けているように見える。


 けれど、それでも僕があの日何があったのか知りたいと思っているのも事実だった。


 表面上は日常に帰ってこれたように見えるけれど、僕の心の中はいつまでもあの三人との想い出と、あの日の出来事で埋め尽くされている。この想いを消化しない限り、僕は永遠にあの日に囚われたままなのかもしれない。


 僕は、恵里香とあの日の事を話す覚悟を決めた。




 昼休み。馴染みのベンチで恵里香と昼食を食べる。


 五人で使っていた二つ並んだベンチは、二人で使うには大きすぎる。僕たちは端でくっついて座った。空いているスペースに三人が座っている幻覚が一瞬見えたような気がして、誰もいない空間に目を奪われた。


「優君? 食べないの?」


 固まったままの僕を心配そうに恵里香が覗き込んでくる。


 恵里香はもうだいぶ元気になった。そんな恵里香にまたあの日の事を話していいのか少し迷う。せっかく元気になったのに、また落ち込ませてしまうかもしれない。けれど、逡巡したのは一瞬で、僕は口を開いていた。


「ねぇ恵里香。あの日、本当は何があったのかな?」

「あの日って……」


 疑問がすぐに溶けたのだろう。怪訝な顔つきになる恵里香。やっぱりあの日の事はあまり話したくはなさそうだ。それでも、僕はモヤモヤしている自分の心を何とかしたかった。


「こんな話をしてごめんね。でも、僕は一真と神奈が自殺するなんてどうしても思えないんだ」

「あの二人は優君を虐めてた事を後悔して自殺したって、遺書の事、警察の人が教えてくれたじゃない」

「けど、あの二人は必死に生きようとしていたじゃないか、それに、あの日見た二人の死体は、絶対に自殺じゃなかった」

「死に方も、警察の人に聞いたでしょ」

「聞いた。けど、僕の記憶とはまったく違うんだよ。僕がおかしくなったのかな? それならそれでもいいんだけど、僕は一真と神奈がどうして死んだのか、その真実が知りたい」


 恵里香の目を見つめて宣言する。言われた恵里香は最初驚いたように目を見開いて、すぐに僕から視線をそらした。


「……どうして、そんなにあの二人の事が気になるの? もうあの二人はいないんだよ?」

「それは分かってる。けど、僕の心の中ではまだ翔也も含めて三人とも生きているんだよ。有耶無耶にして終わらせたくないんだ」

「あの二人は、優君を虐めてたんだよ? それなのにあの二人がそんなに気になるの?」

「そうだったとしても、僕はあの二人の事が嫌いになれないんだ」


「……け……を…てよ」


 その小さな呟きを、僕は聞き取る事が出来なかった。あまりにも早くて小さな声。すぐに聞き返せなかったのは、恵里香の表情を見てしまったから。悲しみとも怒りともとれる酷い顔だった。。恵里香は見たこともない酷い顔のまま、言葉に怒りと悲しみを乗せて語り掛けてくる。


「ねぇ優君。もうあの人達の事を気にしなくていいんじゃない? もう忘れよ、ね?」

「そんな事、できないよ。三人は僕たちの大切な幼馴染なんだから」

「どうして? 翔也君はともかく、あの二人は優君に酷い事をしたんだよ! そんな二人に優しくしてあげる必要なんてないのに!」


 恵里香が大きな声を出した事に、僕は少なからず驚いた。こんなに感情を爆発させているような恵里香を僕は初めて見たかもしれない。恵里香にとって、あの二人の行為はそれほど許せない事だったのだと実感する。


「それでも、一緒に過ごした楽しい日々が忘れられないから」

「……わかった」


 短く答えた恵里香は、何かを決心したように表情を引き締めて、僕に鋭い視線を向けて来た。


「優君、そんなに気になるなら、もう一度あの神社に行ってみない?」


 恵里香から言われた言葉に、思わず唾を飲み込んだ。


 もう一度神社へ、それは、僕も密かに考えていた事だった。この騒動を引き起こしたと僕が考えている存在『ガマズミ様』が祀られている山奥の神社。


 正直、直接あそこに行くのはすごく怖い。無邪気に遊びに行っていた昔や、想い出を巡りに行った最近とも事情が異なっている。


 ガマズミ様に連れて行かれたと思っていた翔也の死の真相が、実は一真によって殺されただけだと判明している今、あの頃僕たちが怯えていたのは滑稽にも思える。けれど、一真と神奈が死んだ日の事で言えば、はっきりと異常な事が起きていた。

 

 ガマズミ様は存在する。僕はそう思っていた。だから神社に行くのが怖い。


 けれど、真相を知るためには、また神社に行かなければならないとも思っていた。


「行ってみるよ」


 短く答えると、恵里香はただ頷いた。

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