真相
九月。残暑の厳しい日が続いていた。
学校に来た僕は、相変わらず自分の席から外を眺めている。
夏休みに入る前と同じく、クラスメイトたちは僕に話しかけてくる事はない。ただ、夏休み前とは変わってしまったことが沢山あった。
神奈と一真が死んだ。
あの日、僕は神社で恵里香を見つけた後、その場で意識を失った。
ハッとして目が覚めた時、僕はどこかの病室にいて、隣には恵里香が驚いたような表情で座っていた。恵里香はすぐに泣きそうな顔になって抱き着いてきた。あの時は、気を失う直前の記憶がフラッシュバックしてきて、思わず恵里香を突き飛ばしそうになったけれど、泣きじゃくる恵里香はどう見ても普通で、いつもと何も変わらない。最後に見た偽物じゃなく、正真正銘の恵里香だと受け入れられた。
僕も恵里香を抱きしめる。涙が冷たくて、やっと僕たちは二人とも生きている事を実感することができ、そのまま二人で抱き合って泣いた。
ただ、そこで終わらないのが現実というもので、それからが色々と大変だった。
ガマズミ様がまたやってくるかもしれないと言う心配は、すぐに目覚めていた恵里香が二日間何もなかった事を教えてくれて、ひとまずは安心した。
二日間眠っていた事に驚いたけれど、すぐにやって来た医者や、家族、さらには警察との話もあって、感傷に浸る暇もなかったのだ。
いろいろと検査を受けたり、心配する家族への言い訳だったり、大変な事ばかりだったけれど、そんな中でも警察から聞いた話が一番僕の心を疲弊させた。
まず、神奈と一真が死亡した事を聞かされたこと。
どこかでまだ、あれが夢か幻覚だったと思いたかった僕は、目の下にクマを作り、くたびれたような様子の刑事から二人の死亡を聞かされて、改めてあれが事実であり、二人がもういない事を実感させられた。
話はそれだけでは終わらない。二人が死んでいた現場に僕はいたのだ。何かしら聞かれるのは当然で、悪ければ何かしらの疑いを向けられているかもしれない。
けれど、身構えていた僕の予想に反して、刑事は二人が自殺したと言い切った。
流石に話を止めざるをえなかった。
あり得ない。どうして二人が自殺だと断定しているのだろうか。一真はまだしも、神奈の死にざまを見れば、とても自分でやったとは思えないはずだった。
だが、驚きは続いた。
神奈は首吊り、一真は飛び降りでそれぞれ自殺。二人は遺書も残していて、僕と恵里香は危うく巻き込まれそうになっただけ、それが刑事の話の全てだった。
しっかりとした現場検証で、もう間違いはないと結論づけられているらしい。
もはや訳が分からなすぎて開いた口が塞がらなかった。確かに、神奈のいた部屋をよく見たわけじゃないし、ホテルの部屋にも戻らなかった。それでも、神奈が首を吊っていなかったのは確かだし、一真だって、助けを求める電話をしてきていたのに。
あまりにも混乱して、僕は自分が見た光景を説明した。二人が自殺じゃない事を伝えたかった。けれど、僕の話を聞いた刑事は、ただ気遣うように「とりあえず、ゆっくり休みなさい」と諭して来た。その目は可哀そうなものに向ける目で、僕は自分が錯乱していると思われている事を理解した。
信じてもらえない怒りが湧いたけれど、それ以上に当然かと諦める気持ちの方が強かった。神様だのなんだのと言って、そのまま信じてくれる人の方がどうかしている。
結局、他殺ではないのかもう一度聞くのが精一杯だった。
刑事はきっぱりと否定した。そして、自殺の理由として、二人が残した遺書の内容を教えてくれた。これまで全ての話が衝撃的だったけれど、この話が一番の爆弾で、僕は今でも心の整理が付けられていない。
遺書には、一真と神奈が僕を虐めていた首謀者だったという事。それを知って止めに来た翔也を、屋上から落として殺した事。段々と良心の呵責に耐えきれなくなった事。僕と恵里香を巻き込んで、自殺をすることに決めた事が書かれていたらしい。
一度聞いただけでは、全てを飲み込むのが無理な内容のオンパレードだった。
「なんで二人が、そんなはずない」
「キミが虐めを受けていた事は、他の学生たちにも確認したよ。もちろん誰の指示だったかもね」
この時ほど、他人を信じる事を難しいと感じた時はない。
それでも、どの生徒も、自分は関わっていないとしたうえで、虐めが行われていた事を認め、その主犯が一真と神奈だった事を指摘しているらしい。
どうして二人が虐めを主導したのか、その一番の理由は、僕が部活で一真の活躍を台無しにした事だった。
それに怒った一真が主導して、神奈もそれに加わった。神奈が加わった理由は、ある生徒によれば、一真の事が好きだったから、らしい。
それが本当なのか、嘘なのか、まったく判断が付かない。それだけ僕は二人の関係に気が付きもしなかった。
二人はいつも、周りの生徒と使って僕を虐めさせ、あたかも味方のように助けに入る演技をしていたらしく、真実を何も知らず、助けてもらったと心からお礼を言う僕を馬鹿にして笑っていたのだとか。
そんな話を聞いたとしても、今までの僕なら何も感じずに否定していたはずだった。けれど、ホテルで一真と話をした事を思い出した。
『ほら見ろ! 何も知らないじゃねぇか! オレの気持ちも、神奈の事も、翔也の事も……恵里香の気持ちだって知らないだろ! お前はおまけだから、オレたち幼馴染の事は何も分からないんだ!』
『ハハッ、それでオレたちの事考えてるなんて、ホント馬鹿みたいだなお前。お前は何にも知らないんだ。本当は誰がお前を虐めてたのか、翔也が何で死んだのか、何にも知らないだろ!』
一真はあの時、極限まで追い詰められた状態で、何かを暴露しようとしていた。結局、あの時、一真の口からその内容を聞くことはなかったけれど、言っていた事を考えると、あの言葉の全てが刑事の話と辻褄が合ってしまう。
認めたくはない。けれど、あの日ホテルで言われた事は、正真正銘一真の本音だった。僕はみんなのおまけ、その程度の存在。神奈にとってもそうだった。だから、一真の足を引っ張った僕を虐めることにした。大切な幼馴染にはそんな事は二人だってしないだろう。僕が二人にとって、ただのおまけだったから、こうなった。
悲しいほど、綺麗にオチがついた気がした。僕は大切だと思っていた二人から虐められていたという事実を認めるしかなかった。唯一の救いがあるとすれば、翔也と恵里香からは、そうは思われていなかった事だけ、ただ、そのうちの翔也はもういない。
翔也の件でも、屋上に翔也以外にも人がいた痕跡があり、警察は密かに捜査を続けていたそうだ。一真の身辺をあらっていたことも聞いた。
そこまで言われると、もう二人の遺書を否定する要素がない。たとえ僕が否定したとしても混乱しているだけだと思われるのが関の山だし、話しを聞いているうちに、僕も自分が信じられなくなっていた。
この全てが真実だとしたら、『ガマズミ様』とはいったい何だったのだろうか。
どうして翔也の死の真相を知っていた一真と神奈は、あんなにも怯えていたのだろうか。
たとえ、一真と神奈の死に方や、ガマズミ様の存在、それが僕の幻覚や妄想だったとして、いったい何時から僕は空想の世界にいたのだろう。
考えれば考える程、何が正しいのか分からなくなり、自分の記憶が信じられなくなっていった。
結局、夏休みは外に出ることなく過ごし、家に引きこもり続け、たまに恵里香と電話をする他には本当に何もしていない。そのおかげでほとぼりが冷めたのか、夏休み明けに報道関係者を見ることはなくほっとした。
学校では、謝って来るクラスメイトもいた。一真と神奈に言われて仕方なくと言い訳をしてくる。それが事実だとしても、二人を悪く言われるのは、どうしても許せなかった。
また日常に戻れるチャンスを捨てて、僕は一人でいる事を選んだ。今更、この教室にいる人達と、一緒に笑いあうのは想像も出来ない。
ふと、空席になった前の席を見る。
いつも振り向いて話しかけて来てくれていた神奈は、もうそこに座ることはない。神奈がいてくれたから、教室でも一人じゃなかった。神奈の存在に本当に救われていた。
教室のドアを見る。今にも一真と翔也が入って来そうな気がするけれど、そんな事は二度とない。毎回休み時間に様子を見に来てくれた一真。いつも気遣ってくれた翔也。二人にどんなに元気づけられたか分からない。
ただ、翔也は一真と神奈に殺された。そして、僕はその二人に虐められていたというのに、それを知っても僕はまだそんな風に考えてしまう。
それだけ僕にとって一真と神奈の存在が大きくて、大切で、翔也の事だけは許せないけれど、それでも二人の事を嫌いになんてなれそうもなかった。




