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四人目


「もしもし! 恵里香!」


 すぐに着信を取り、夜中である事も忘れて大声で呼びかけた。


『……』

「恵里香? 恵里香!!」


 返事がない。嫌な想像が現実になってしまいそうで、焦りが募る。


「恵里香! 返事をして!」

『……ッ……け、て』

「恵里香⁉」




『……たす、け、て』


 その言葉が聞こえた瞬間、僕は立ち上がっていた。恵里香はまだ生きている。もう失いたくない。


「すぐ行くから! 今どこにいるの⁉」

『じ……ん、じゃ……』


 かすかな返答が聞こえてすぐ、電話は唐突もなく切れてしまった。途切れ途切れで聞き取りづらかった恵里香の声、それでも確かに『神社』と言っていた。神社なんていくつもあるけれど、どこの神社に行けばいいのか、それくらいは何となく分かる。


 あの山奥の寂れた神社。

 僕たちが身代わりかくれんぼをした場所。

 言いつけを破って、かくれんぼをしてしまった場所。


 ガマズミ様が祀られている神社だ。


 神社までは、また隣駅まで戻り、そこから住宅街を抜けて山道を進まなければならない。足はもう限界で少し震えている。それでも僕は走った。


 一秒でも早く神社に行かなければ、大切な幼馴染を全員失ってしまう。もう三人、ガマズミ様に連れていかれてしまった。


 恵里香だけ、もう僕には恵里香しかいない。ガマズミ様に渡したくない。余計なことは考えず、その一心でひたすらに走る。隣駅に着き、住宅街を抜けて山道に入った頃には、電話を受けてからもう何十分経ってしまったのか。すでに手遅れだと心の中の自分が冷ややかな視線を向けてくる。心が折れそうになるけれど、絶対に諦めない。


 もう足に力が入らず、身体の平衡感覚も保てないくらいにフラついていた。左右に蛇行しながら山に入る。目がチカチカして視界が狭くなっている。酷使した肺が痛みを訴えてきて、口の中で血の味がした。


 満身創痍。その言葉がぴったりな状態で、それでも僕は神社にたどり着いた。


 手を付きながら石段を登り境内に入る。


 少しずつ明るくなってきているような空とは対照的に、境内は暗くて不気味だった。辺りを見渡す。ライトをつけてみるけれど、見える範囲に恵里香の姿はない。


「ぇ……えり、か」


 大きな声を出したつもりが、かすれたような小声しか出なかった。返事はない。僕の声が小さすぎたせいだと思い込む。もう一度呼びかけようとして、どうやっても声が出なくて諦めた。直接探すために、足を引きずって歩き出す。


「恵里香……お願い」


 生きていてと呟きながら、今動ける一番の速さで境内を見て回る。


 探している間も、頭の中では絶えず恵里香との思い出が再生されていた。一緒にいて楽しかった日々、恵里香の柔らかい笑顔。それがまるでお別れの儀式みたいで、縁起の悪い回想を何度も自分で断ち切った。


 必死になって恵里香を探す。低木をかき分け、這いつくばって社殿の下を除き、しらみつぶしに端から端まで見ていくけれど、それでも恵里香を見つけられない。泣きそうになりながら、それでも諦めずに境内を歩き回る。


 そのうち、なんだか前にもこんな事があったなぁと感じるようになった。


 小さい頃。神様を見てみようという一真の発案で、神社ではしてはいけないと言われていた『かくれんぼ』をした時の事。鬼をしていた僕は、三人をすぐに見つけたけれど、最後の一人、恵里香だけがどうしても見つけられなかった。あの時の記憶が鮮明によみがえって来る。


 あまりにも見つからない恵里香に、初めは見ていただけの三人も一緒になって探し始めた。それでも恵里香は見つからない。何時間も経って日が傾いてくる頃には、すっかりと探すところもなくなっていた。


 三人は、恵里香が飽きて先に帰ったのではないかと言い出す。今のお淑やかな恵里香しか知らない人には想像も出来ないだろうけど、あの頃の恵里香はやんちゃで、見た目も性格も男の子みたいだった。遊んでいる最中に自分だけ違う事を始めたり、僕を揶揄ったりする事もよくあった。


 恵里香は、僕に男らしくないとか、なよなよしてるとか、色々と言って来ていて、あまりいい感情は持っていなかったように思う。だから、今回も僕を残して先に帰ってしまったのかもしれない。三人はそう考えて納得し、恵里香を探すのを止めて帰ってしまった。


 そうだった。


 思い出した。


 だから僕は、一人で泣きながら恵里香を探したんだった。


 三人の言う通り、恵里香は先に帰ったのかもしれないと思った。それでも、もしまだ隠れていたらと思うと、勝手に帰るのは気が引けた。結局は何も決断する事ができずに、泣きながら恵里香を呼び、探し回った。


 結局、あの時恵里香は何度も見ていたはずの社殿の裏に座っていた。


 恵里香を見つけた瞬間。やっと見つけられた感動と、帰らないで探してよかったという安堵で、僕はへたり込んだ。そして、何時間も見つけられなかった事で、恵里香にまた文句を言われると覚悟をしたのだ。


 けれど、そんな想像とは違って、恵里香は「やっと見つけてくれた!」と満面の笑みで抱き着いてきた。予想外の出来事と、その時初めて恵里香に女の子らしさを感じて、ドキドキしたのは今まで忘れていたのが不思議なくらいだった。


 あれ以来、恵里香は変わってどんどん女の子らしくなっていき、僕にもすごく優しくなった。それは、きっと諦めずに探し続けた事で、僕が認められたからだ。


 今も、諦めるわけにはいかない。


 あの時の記憶を急に思い出したのには、何か意味がある気がして、僕は最後の力を振り絞って社殿の裏に走った。


 昔、恵里香を見つけた場所。


 まだ小さくて、男のみたいだった恵里香が大人しく座っていた場所。


 そこに――




 ――恵里香が落ちていた。


 ピクリとも動かず横たわっている恵里香を見て、何も考えられなくなる。


 顔は見えない。


 すぐに駆け寄りたい気持ちと、確認したくない気持ちがせめぎ合う。


 心の中で決着が付かないまま、それでも足は恵里香に向かって動き出していた。


 だんだんとその姿が見えてきて、目立った傷や血が出ていない事が分かる。それでも安心はまったくできない。


 すぐ近くまで近づいて、恐る恐る隣にしゃがみ込んだ。


「恵里香?」

「……」


 呼びかけには反応がない。


 額から汗が流れてくる。


「恵里香、起きて!」


 少し声を上げて身体をゆすって見た。



「……ぅ……ゆう、くん?」


 うっすらと目を開けてくれた恵里香を、その瞬間に抱きしめていた。


「恵里香! よかった……」

「優、君……ちょっと、いたい」


 普段の僕だったら、慌てて恵里香から離れていたと思う。けれど今だけは、恵里香を離したくなかった。せっかくこの手に取り戻した大切な幼馴染。もう誰にも奪われないように、抱きしめる腕にもっと力を込める。


「よかった。本当によかった」

「優君? 泣いてるの?」

「ごめん……ちょっとだけ、嬉しくて」


 頭に暖かいものが触れる。恵里香がゆっくりと撫でてくれているみたいだった。


 神奈や一真に触った時とは違う。冷たくないその手が愛おしい。


 泣き顔は見られたくなくて、恵里香の肩に顔を埋めた。そうしていると、急激に意識が遠くなっていくような気がした。


 尋常じゃない疲れと、恵里香を見つけた事の安心感で、一気に緊張がほぐれたのかもしれない。撫でてくれる恵里香の手の心地よさが、さらに微睡みを促してくる。


「ごめんね。また、優君に見つけてもらっちゃったね」

「いいんだよ。無事ならそれで、僕が何度だって探すから」


 話しかけてくる恵里香に、何とか返事をするけれど、段々自分でも何を言っているのか分からなくなってきて、そろそろ限界が近い事を感じた。


「本当?」

「うん」

「私だけを探してくれる?」

「うん」

「私だけを見てくれる?」

「……うん」

「私と一緒にいてくれる?」

「…………うん」






「だってもう私しかいないものね」



 瞬間的に身体を離そうと腕を離した。


 でも出来なかった。


 逆に抱きしめられて、怖いくらいの力で締め上げられる。


 肺から空気がなくなり、声も出せない。


 呼吸が出来なくて苦しい。意識がもうろうとしてきて視界が暗くなっていく。


 完璧に何も見えなくなる前に、自分を締め上げているモノを見た。


 初め、恵里香の姿をしていたそれは、今はただの黒い人型で、それだけ見て僕は意識を手放した。

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