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崩れていく


 急に死んでしまった翔也。そして、三人に送り付けられてくる形代と髪の毛の束。異変は収まる気配を見せていない。


 あの日から、三人の家には毎日形代に包まれた髪の毛の束が送られてきているらしい。しかも家だけでは収まらなかった。


 一真は、家に帰っていた途中の帰り道で、待ち構えられていたように形代が落ちていたらしい。

 恵里香も、初めはポストに入っていただけだったのに、昨日は部屋の前の廊下に落ちていたそうだ。

 神奈は、今日、下駄箱と机の中に入れられていた。


 さらに、三人を悩ませているものがまた増えた。


 誰かに見られているような気配を感じるようになったらしい。


 学校にいる時、家にいる時、道を歩いている時、どんな時でも関係なく、急にゾクッとする視線を感じて振り向くと、けれどそこには誰もいない。四人で話している最中にも、急に神奈が誰もいない方を振り向いて、震えをとめるように身体を抱いていた。


 そんな事が続いたせいで、三人は明らかに憔悴して、弱弱しくなっていった。いつも元気だった一真は静かになって口数も極端に減った。神奈は隠しきれないクマが目の下に出来てしまっている。恵里香は気丈に振舞おうとしているけれど、無理をしているのが見え見えだった。


 こんな事になってしまうなんて、想像もしていなかった。数日前まで自分が虐められていた問題が些細な事に思えてくる。直接的な虐めはなくなったけれど、僕は相変わらず無視をされたまま。けれど、今はそんな事はどうでもいいと思っている。もっと考えなくてはいけない事態に陥っているからだ。


 神様に連れて行かれる。そんなオカルト話を全面的に信じたわけではないけれど、僕を虐めていた誰かが、この事態も引き起こしているとも考えられなかった。何か、常識では考えられないような事が起きている事は確かだと思う。


 苦しんでいる三人のために何かがしたい。とは言っても、僕に出来る事なんてほとんどない。なるべく三人の傍にいてあげることくらいしかやれる事がない。それでも、出来る事をしたかった。


 少し前まで虐められていた僕のために、いつも一緒にいてくれた幼馴染たち。それがどれだけ心強かったことか、どれだけ嬉しかったか。同級生からの虐めと、得体の知れない恐怖、その恐ろしさは比べるような物ではないだろうけれど、今度は逆に、僕が皆の傍にいてあげる番なのかもしれないと思った。



 昼休み。なかなかやってこない一真が心配になった僕は、神奈と恵里香を残して、一真の教室を見に行くことにした。


 廊下から教室の中を覗いてみるけれど、一真の姿は見えない。本当にいないか確認していると、教室の中にいる生徒たちから白い目を向けられた。当然、僕はここでも嫌われているのだろう。廊下にいる生徒たちからも睨まれ始めて、僕は足早にその場を離れた。


 一応、見た限りでは一真はいないようだった。


 教室にいた人達に聞いてみたところで、心よく教えてくれるとは思えない。よくて無視。悪ければまた何かしら虐められるかもしれない事はすぐに想像出来るから、誰かに聞くことも出来ない。


 あとは、一真の行きそうな所をしらみつぶしに探してみるしか方法がなかった。もう入れ違いになって、一真は中庭にいるかもしれないと不安になったけれど、そうなったら、誰かから連絡が来るだろうと思い構わず探してみることにした。


 特に当てがあるわけじゃない。時間がかかるかもしれないと思っていた一真の捜索は、あっけなく解決した。


 校舎裏。翔也の死体が落ちていた場所。


 少し前まで立ち入り禁止のテープが貼ってあったその場所に、一真はいた。


「一真、お昼食べないの?」

「ん? あぁ、優人か……わりぃ、探させたか」

「いや、割とすぐ見つけられたから」

「そうか」


 疲れ切った顔をしていた。一真のトレードマークだった自信に満ちていた表情は、見る影もなく鳴りを潜めてしまっている。このまま憔悴していけば、別人のようになってしまいそうで、自分のした想像が恐ろしかった。


「神奈と恵里香はもう食べてるよ。僕たちも行こう」

「あぁ、そうだな……」


 そう応えて、けれど一真は動こうとしない。今は何もない、翔也が落ちていた地面をじっと見つめている。


「なぁ優人。翔也は何で死んじまったと思う?」


 急かすこともないかと思って待っていると、急に一真がそんな事を聞いて生きた。


「分からない。自殺、なんてことはないと思うけど」

「……誰かに殺されたと思うか?」

「それは……分からないよ。最初はそう思ったよ。僕を庇って、虐めを止めようとしてくれた。そのせいで突き落とされたんじゃないかって」

「今はそう思ってないのか?」

「どうだろう。最近いろいろあったから……けど、まだそうじゃないかと思う時があるよ。だけど、一真に言われた通りに、そういう事は誰にも言ってない」

「そうか……あぁ、その方がいいな。下手な事言うと、折角落ち着いてきたのにまた標的にされちまうかもしれないからな」


 本当は、すぐにこういう背景があることを大人に知らせるべきだと思っていた。けれど、一真が言うことならその通りにした方がいいと考え直して、親にも教師にも、誰にも虐めの事は言っていない。それもこれも、今では本当に別の存在が翔也を殺したんじゃないかと、考えてしまっている自分がいるからだと思う。


「一真はどう思ってるの? 翔也は何で死んだと思う」


 逆に聞き返してみる。一真は相変わらず一点を見つめ続けていた。まるで、今もそこに翔也の死体が落ちていて、それからずっと目が離せないみたいだった。


「オレは……そうだな、オレも分かんねぇ」

「そう、だよね」

「優人が考えたことが一番あり得そうだなとは思ってる。だから下手に騒がない方がいいって言ったわけだからな。けど、最近の事は……一体何なんだろうな」

「紙人形の髪の毛とか、視線とかのこと?」

「あぁ、オレが行く先行く先で、あの紙包みが落ちてんだ。ホント……どこに行ってもだぞ!」


 急に大きくなった声に、思わず身体が震えた。一真は地面を見たまま、構わず話し続ける。


「家に届くだけでも気味わりぃってのによ! ポストを開けないようにしてたら部屋の窓際に置いてあったんだ! それだけじゃねぇ、学校に行く時も、ただコンビニに行った時も、オレの行くとこ全部に落ちてやがる! ホントなんなんだよ!」

「か、一真。落ち着いて」


 恐る恐る声をかけると、一真は大声を出していた事に今気が付いたような顔をして、それからすぐに俯いた。


「……悪い。ちょっと、参ってて」

「しょうがないよ。そんな事があったら誰だって、それに、神奈も恵里香も言ってたけど、変な視線も感じるんでしょ」

「あぁ、誰かに睨まれてるみたいな気がするんだよ。けど、振り向いても誰もいない。気のせいじゃないんだ。本当に、すごい嫌な感じがするんだけど、でも誰もいないんだ」


 目を見開いたまま一真が苦しそうに言葉をもらす。


「なぁ優人、神様って本当にいるのか?」


 翔也が死んでからまだほんの数日しか経っていない。それでも、だいぶ追い詰められているみたいだった。今の一真の姿が、それだけ常軌を逸した事が起きている事を物語っていた。


「ごめん、分からない」


 本当はすぐに否定してあげたかった。


 こんな事が起きる前ならすぐにそんなのはいないと言えていた。恵里香が初めて神様の話を出した時は、そんな事言ってる場合じゃないと思ってたくらいだった。


 けれど、今はもう状況が違っている。


 翔也の死体の近くに置かれていた形代。いつ、どうやって、誰が置いていくのかも分からない。しかも、皆の行く先、どこにでも落ちている髪の毛の束。僕だけが感じない何者かの視線。


 たった数日ですっかりとやつれてしまった三人を見ていると、そこには人間ではない何か別の存在を感じずにはいられない。今の僕には神様の存在を否定する事が出来なかった。


「ごめん」

「いや、こっちこそ悪かった。変な事きいたな」

「そんな事ないよ。それよりお昼たべないと、身体が持たないよ?」

「なんか食欲がな」

「うん、あまりわかないよね。でも、軽くでも食べておかないと、とりあえず二人のところに行こう? 皆でいた方がいいよ」

「……そうだな。行くか」


 今まで話しをしている間、ずっと地面を見つめていた一真がやっと顔を上げてくれた。僕はそれだけでも少し嬉しかった。


 ゆっくりと振り向いた一真に駆け寄ろうとして、僕は変な音を聞いた。


 ギギィという何かをひっかくような深いな音。


 その後すぐに、何かが折れるような金属音がした。


 音につられて上を見る。


 屋上の手すりの一部が、一真の上から降ってくるのが見えた。

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