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空いた穴


 昼休みに翔也の死体を発見した後。そこからは本当に怒涛の展開で、何があったのかも正直よく覚えていない。


 動けないでいた僕たちは、駆けつけてきた教師たちの手で翔也の元から引きはがされた。学校には救急車が来て、続いてパトカーもやってきた。


 学校は一時騒然となり、僕たちも発見時の状況など話をきかれる事になった。動揺して上手く答えられなかった僕の代わりに、恵里香が警察の質問に応えてくれていた。


 その時のやり取りのうち、警察の言った一言が重く心にのしかかる。


「死んだ菊池翔也さんとは、どういった関係でしたか?」


 あの惨状を見て、その事実は理解していた。けれど、他人からはっきりと言われるほど辛いことはない。どうしようもない程の喪失感を感じた。


 友達であったことや、未成年であった事を考慮されたのか、警察からは割とすぐに開放されたような気がした。実際には時間の感覚も曖昧になっていたからよく分からないし、解放された時には、他の生徒たちはすでに帰らされていたから、かなり時間が経っていたのかもしれない。


 生徒たちがいなくなり、静けさに包まれていた教室で、僕たちは何をするでもなく呆然としていた。


 教師からは荷物を持ってすぐに帰るように言われている。ついでに事件の詳細を聞きに来た人間がいた時の対応も何度も繰り返し教えられた。ほとんど聞き流したけれど、まとめると、余計な事を喋るなと言っていたと思う。


 必死になってもはや懇願するような様子の教師に、そんな心配は必要ないと僕は思った。余計な事もなにも、一言ですら喋る気力が湧いてこないからだ。


 三人も似たようなものだろう。一真は強く手を握りしめている。神奈は目を閉じていた。恵里香はさっきから窓の外を眺めて何も喋らない。


 僕たち五人は小さい頃から一緒だった。その付き合いはもう十年以上になる。そのうちの一人がいなくなった。その事実は、まるで身体の一部がなくなってしまったかのような喪失感を与えてくる。僕たち全員が失ったものの大きさをはかりかねていた。


「クソッ」


 静かな空間に響いた一真の呟きは、とても小さいものだったけれど、妙にはっきりと聞こえてきた。急に訪れた別れに混乱してイライラしている。そんな心境が漏れて出たみたいだと思った。


 重苦しい時間が流れる。


 そのうち、僕はある考えにたどり着いていた。それはとても恐ろしいものだった。


「やっぱり……もう僕とは関わらない方がいいかも」

「……優人?」


 神奈が目を開けて見つめて来た。その瞳に混乱と不安の色が見える。


「こんな時にいきなり何? そんな事言うの止めてよ」

「こんな事があったからなんだ」

「……どういうこと?」


 神奈は僕を見つめたまま息をのんだ。一真も顔をあげてこちらを見ている。恵里香は、窓の外を見たままで、聞いているのかは分からない。それでも僕は話すことにした。


「翔也がね、お昼休みの前に言ってたんだ。俺が何とかしてやるって、具体的に何をするとかは聞いてない。翔也はそれだけしか言ってなかったから。きっと翔也は僕の状況を何とかしようとして、実際に何か行動を起こしたんじゃないかな? それで、虐めの首謀者に……突き落とされた」


 二人が息をのむ音がした。たぶん、僕の考えが的を射ていると思ったのだろう。また沈黙が場を覆った。


 僕は自分の考えに、そこまでするかという信じられない想いと、大切な幼馴染にまで手を出された怒りを同時に感じた。そして、それら以上に、恐怖を感じていた。


 僕はもう、一人失ってしまった。残っている三人まで失うかもしれないと考えると、怖くて怖くて仕方ない。虐められていた僕を見捨てずに庇ってくれていた幼馴染たち。嬉しかった。けれど、命まではかけてほしくない。自分から皆と距離を置くのが正解だと思った。


「一人で何とかやってみる。今の話しを警察の人にもしてみるよ」

「やめろ!」


 一真が叫んだ。


 驚いてなかなか声が出せない。神奈もびっくりしたように一真を見ている。


「一真? どうして?」

「それは、その……そんな事したら、お前がもっと標的にされるかもしれないだろ!」

「そ、そんな事充分覚悟してるよ!」

「それでもダメだ!」

「どうして⁉ 僕はもう皆を巻き込みたくないんだ!」

「オレ達は気にしない! お前を一人にはしない! オレ達が何とかしてやるから!」


 お互いに興奮していた。けれど、怒鳴る一真の言葉は、どれもストレートに僕を心配するもので、言い合いをしているのに、嬉しくなった。やっぱり優しい幼馴染たちを巻き込みたくないと強く思う。


「私も傍にいる。皆で一緒に何とかしよ?」

「神奈まで……」


 手を優しく握ってくる神奈。一真も神奈も、こんな事態になっても僕の事を見捨てようとはしない。幼馴染たちからの愛を感じ、それと同時に、この優しい幼馴染たちを巻き込みたくないと強く思う。


 僕たちはお互いに譲らなかった。どちらも相手を想っての言動。それ故に、どちらも自分の意見を曲げる訳にはいかない。


 場が膠着した時、今まで黙っていた恵里香が口を開いた。


「私は違うと思う」


 皆の注目が恵里香に集まる。本人は相変わらず窓の外を眺めていて表情が見えない。僕は恵里香が何を否定したのかが分からなかった。


「違うって何が?」

「翔也君は、虐めの主犯に殺されたわけじゃないって事」

「え⁉」


 驚きの声を上げたのは一真だった。もちろん僕も神奈も、恵里香の言葉には驚いた。翔也が自殺なんてあり得ない。僕に何とかしてやると言っていた事も考えると虐めの主犯に話をしに行って、そいつに突き落とされたと考えるのは、そこまで突拍子もない事ではないと思う。


 けれど、恵里香はきっぱりとその可能性を否定した。


「じゃあ、何で翔也は?」




「神様に連れて行かれたんじゃないかな」


 こちらを振り向いた恵里香は、大真面目な顔でそんな事を口にした。

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