表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/32

一人目


 次第に強くなる雨の中、僕は自分が濡れている事なんて気にしている余裕もなく、ただ目の前に落ちているモノから目が離せないでいた。


 薄暗い世界の中で、その周辺だけが赤く彩られている。


 けれど、とても綺麗だとは言えない惨状だった。


 潰れたトマトのようなそれは、死体。


 状況的には、屋上から落ちて来ただろうという事は分かる。


 落ちてくる途中でどこかに引っ掛けたのだろうか、腕と脚が不自然な向きに曲がっている。最終的にうつ伏せに落ちただろう死体は、横顔の半分が潰れ、破裂した身体から中身が飛び散っていた。


 本体と散らばった臓物から、雨で滲んだ赤が僕たちの方にゆっくりと侵食してくる。それが僕たちに届く前に強烈な血生臭い刺激臭が襲ってきた。


「ウッ⁉」


 後ろで一真が嗚咽をもらした。


 神奈は何も喋らない。ただ荒い息づかいだけが聞こえてくる。


 隣に目を向ければ、恵里香が微動だにしないまま、目を見開いて固まっていた。無理もない、僕たちの前に広がっている光景はそれだけ衝撃的なものだった。


 翔也は……翔也はさっきから何の反応もしない。


 死体を発見してしまうなんて、非現実的なシチュエーションで、真っ先に行動を起こせるのは、いつも冷静な翔也だろう。けれど、僕の考えに反して翔也はまったく動かないままだ。


 目を見開いて、驚愕しているような表情を顔に張りつけたまま、地面にうつ伏せになって動かない。


 この状況をどうにかして欲しいと思った。うろたえるだけで何も出来ない僕に、どうすればいいのか教えて欲しかった。いつもみたいに、頼りになる姿を見せて欲しかった。


 でも、それが無茶ぶりだという事も頭では理解していた。


 だって、翔也はもう明らかに死んでいるからだ。


 翔也は誰よりも先にこの場所にいた。いや、落ちていた。


 僕が来た時から、すでに半分になってしまっていた顔は、固まったように一切表情を変えていない。翔也の身体から流れてくる血だけが、ゆっくりと動いているけれど、翔也本人はまったく動かない。


 そういう一つ一つの要素全てが、翔也が死んでいることを証明している。


 その事実を認識したところで、やっと僕の身体が少し動いた。足を一歩前に踏み出す。そのままもう一歩、また一歩。ふらふらした足取りで、少しずつ翔也に近づく。


「しょ、翔也?」

「……」


 呼びかけてみる。当然返事はなかった。


「む、無視しないでよ」

「……」


 クラスメイトたちから虐められていて、最近は無視されるのにも慣れてきていたけれど、流石に大切な幼馴染に無視されるのは心に来るものがある。僕はどうしても翔也に無視されたくなくて、無理やり抱き起そうとした。


「触っちゃダメ」


 翔也に向けて伸ばしていた腕を掴まれて、ハッと我に返る。


 僕を止めてくれたのは恵里香だった。


 いつの間にか、一緒に翔也の近くまで来ていたらしい。恵里香は目を閉じてゆっくりと首を横に振った。


「クソッ!」

「……翔也」


 一真がどうしようもない想いを吐き捨て、神奈は悲しそうな目で翔也の死体をみている。


 三人を視界に捉えた事で、翔也しか見えなくなっていた視野が広がった。騒ぎを駆けつけた他の生徒たちが遠巻きに騒いでいる。中にはスマホをこちらに向けている人も見えた。写真、もしかしたら動画を撮っているのだろう。


 そういう事をする人がいる事は知っていたけれど、自分の大切な人にそれをされるのは、とても我慢できるものではない。


「救急車……呼ばないと」


 血が上っていたところに聞こえてきた冷静な声、恵里香だった。その言葉になんとか落ち着きを取り戻す。


「神奈ちゃん。お願い」

「あ、うん」


 恵里香に言われるがままにスマホを取り出す神奈。その手は震えていた。恵里香もさっきからまったく表情を変えていない。見開かれたままの目を見ると、本当に冷静なのか分からなくなった。


 後方のざわつきが大きくなる。やっと教師たちが到着したらしかった。生徒たちを教室に戻そうと躍起になっている。生徒たちも抵抗していて混乱が広がっていた。


「お前たちもそこから離れるんだ!」


 遠くから呼びかけられて僕と一真は視線を交わした。


「翔也について病院に行かないと」

「優人、お前……」


 もう深く考える思考は残っていなかった。結局、立ち尽くしたままの僕たちに痺れを切らした教師がやってきて、無理やり離れるように促してきた。それに逆らう気力もない。ただ茫然と、促されるままに一度翔也に背を向けた。


 その時点で、一真と神奈はもう翔也から離れていて、僕の前を歩いていた。けれど、一人足りない。急に不安が襲ってくる。


「恵里香?」


 振り向くと、恵里香は翔也の方を見ながら、ゆっくりと指をさした。


「あれって、あの時の?」


 あれが何なのか、あの時がいつなのか。抽象的すぎる問に応える事が出来ない。とりあえず恵里香が指さすものを見て、僕はゾッとした。



 翔也の死体の向こう側。校舎の壁に白い物が置いてあった。


 形代だった。


 紙で作られた人型。


 日常生活ではあまり目にする事のないもの。当たり前だけど、この学校では一度も見たことがない。その形代が、何故か壁に立てかけられるようにして置いてあった。


 まるで、翔也の死体を見ているかのような配置。雨に少し濡れながら佇む形代は、言いようもない不安を僕にもたらした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ