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身代わりかくれんぼ


「身代わり? かくれんぼ?」


 そう聞き返した神奈の言葉には、隠しきれない不信感が混在していた。


「なんだ、それ?」


 一真もちょっと引き気味で、翔也も珍しく怪訝さを表情に出して恵里香を見ていた。


「あれ、覚えてない? 昔神社の行事だとかで頼まれたんだけど、ほら、紙で作った人形みたいなのを背中に貼られて、境内の中でかくれんぼしたじゃない」

「「「「……あ」」」」


 この神社についての記憶は、不思議と忘れている事ばかりだったけれど、『身代わりかくれんぼ』なんていう少し不気味な遊びもその一つだった。


 これまでの記憶と同じで、恵里香の言葉を聞き、しまわれていた記憶が引き出される。


 確かにそんな遊びをした気がする。そう思ったのは、『紙で作った人形みたいなもの』と聞いたからだ。恵里香は人形と言ったけれど、本来は形代かたしろと呼ばれるもの。人型に切られたペラペラの紙だ。小さい頃は、形代という名称を知らなかったけれど、たしか何かの映画か漫画で見て、それ以来覚えていた。


 あの時の形代は、グループディスカッションのまとめに使うような大きい画用紙を切って作られていて、子供の頃の僕たちの背丈と同じくらいの大きさだった。鬼以外がそれを背中に貼って隠れ、全員見つけたら終了。そんな事を確かに、大人たちにさせられた事があった。三人も思い出したようで、思い思いに頷いている。


「ホントよく覚えてるわね、恵里香」

「ふっふっふ、やっぱり神奈ちゃんとはここの出来が違うのかな?」


 ニヤニヤと笑って頭を指さす恵里香は、少し悪い顔をしていて心底楽しそうだ。


「……」そんな恵里香も、神奈が無言でゆびをバキバキと鳴らすと、悪い笑みを引っ込めて両手を上げていた。


「やったな~、そうだそうだ。最初はそれで連れてこられたんだったな」

「あぁ、そうだったな。あの時はまだ立派だったし、神主もいたと思ったが、改めて随分と変わったな」

「でも何でそんな事したんだっけ?」


 一真と翔也は改めて境内を見渡し、思い出をかみしめているみたいだった。けれど、まだ完全に疑問が解けたわけじゃない。そんな僕の疑問に答えたのは恵里香ではなく一真だった。


「それは確か、ここに祀られてる神様のためじゃなかったか?」

「神様のため?」

「あぁ、よく覚えてねぇけど、たしかここって子供の神様が祀ってあっただろ? その神様が寂しくないようにとかって言ってた気がするけどな」


 そう言って一真は確認するように一度恵里香を見た。「あってるよ~」と恵里香から緩い返事が返って来ると、今度は自信を持って話始める。


「んでさ、何で紙を付けたのかっていうと、ズバリ! あの紙人形を付けないで神社で遊ぶと神様に連れて行かれちゃうから!」

「え? さらっと怖いよ」

「でも確かそうだっただろ。紙人形が身代わりになって神様に連れて行かれるから、身代わりかくれんぼ」


 一真は大真面目に言った。流石に冗談かとも思ったけれど、恵里香も頷いているから嘘ではないらしい。けれど、それが本当なら余計ダメじゃないのか?


「でも僕たち、その後散々遊んだよね? かくれんぼもしちゃったし、ダメじゃない?」


 慌てて皆を見渡すと、神奈が心底おかしそうに噴き出した。


「大丈夫だって、皆こうして一緒にいるんだから。それにさ、アタシも思い出したけど、それが狙いでアタシらこの神社に来るようになったんじゃなかった?」

「へ? それが狙い?」


 神奈の言っている事がいまいち理解できない。けれど、皆はもうだいたいの事を思い出したようで、翔也が後を引き継いだ。


「まだ子供だった俺たちは、やっちゃダメと言われた事をやりたくなった。それであわよくば神様を見てやろうと考えた。そんな感じのバカだったな俺たち」


 少し恥ずかしそうに視線を逸らす翔也。けれど、翔也のおかげで僕もここに来るようになった理由を思い出す事ができた。


 神社の行事のために呼ばれた僕たち、どうして選ばれたのかとか、その辺の細かい事までは流石に思い出せないけれど、そこで聞いた神様の話は、小学生の僕たちには格好の面白ネタだった。


『形代を付けつずに神社で遊ぶと神様に連れて行かれてしまう。これからは絶対に神社で遊ばないように』神主らしき人からきつく言われた言葉が、頭に浮かんでくる。


 今考えると、子供に神社を荒らされないようにするための方便だったのだろうけれど、あの頃の年齢の子供にそれは逆効果だ。好奇心に駆られた僕たちは、それから暇を見ては神社に通い、形代を付けずに遊び続けた。


 だから、春になれば、神社が花で白く染まり、秋になれば赤い実がなる事も知っていたし、かくれんぼをして恵里香が見つからなかった時、恵理香が連れて行かれたと思って泣きながら必死に探したのだ。


 やっとだいたいの事を思い出せたような気がする。失くしていたパズルのピースを見つけたような気持ちよさだった。


「身代わりかくれんぼした時も、たしか僕が鬼だった気がするなぁ」

「確かに優君は鬼やってたよ。私が見た時、形代を付けてなかったのは優君だけだった」

「優人はなんかいっつも鬼だった気がするな」

「アタシもそんなイメージある」

「俺も」


 それから誰からともなく起こった笑いは、全員に伝染して、僕たちはしばらくお腹を抱えて笑った。こうして皆で笑っていると、まるで、本当に小学生の頃に戻れたみたいに感じた。しばらく笑いあったあと恵里香が「かくれんぼしてみる?」と言った言葉に一真が乗り掛かったけれど、神奈が制服が汚れるから嫌だと猛反対して、木々の隙間から見える空が薄暗くなって来たこともあってお開きになった。


 皆で名残惜しむように、ゆっくりと住宅街まで戻り、後はそれぞれの家に向かって別れる。まず翔也が、次に神奈と一真が、そうして僕は恵里香と二人で歩いていた。


 横目で見れば上機嫌で歩いている恵里香、元々色白な肌は、日傘で上手くカバーしていたのか、少しも焼けてしまったようには見えない。僕のために誘ってくれた外出で、普段から気を付けているだろう肌が、焼けてしまっていない事にホッとした。


「今日はありがとうね、恵里香」

「ふふ、どうしたの急に?」


 気が付くと自然にお礼を口にしていた。恵里香も急な事に戸惑ったようだったけれど、すぐに優しく微笑んでくれて、その顔を見ているだけで安心できた。


「恵里香のおかげで明るい気持ちを取り戻せたからさ」

「そっか、優君の役に立てたならよかった」


 恵里香は優しい。幼馴染たち以外の人の前ではお淑やかな仮面をつけていて、それを決して外さない。僕たち幼馴染にはその仮面を外して、すこしはっちゃけたところも見せてくれる。そして、僕にはいつも優しく接してくれている。それは、今日思い出したけれど、あのかくれんぼをした日からだ。


「今日でいろいろ思い出したけど、恵里香はやっぱり変わったよね」

「もぅ、優君までそんな事言うの?」

「ごめん、別に揶揄ってるわけじゃなくてね、あの時、頑張って探したから恵里香とこんなに仲良くなれたのかなって思ってさ」


 自分で言っていて少し恥ずかしくなった僕は、それとなく視線をそらした。面と向かっていうのはちょっと敷居が高かったのだ。



「そうだよ。優君が私を見つけてくれたの。だから私は、優君が大好きだよ」

「え⁉」


 耳元で囁かれてゾクッとした後、すぐに驚いて恵里香を見ると、彼女は珍しくいたずらっぽい笑みを浮かべていて、僕はしてやられた気がして脱力した。


「まったく、恵里香こそ揶揄わないでよ」

「別に揶揄ってないよ。私は優君に元気になって欲しいだけだから」


 タイミングを計っていたのか、丁度家への分かれ道に差し掛かり、恵里香は小走りでかけて行った。走るたびにその長い髪が流れるように揺れる。


 見惚れるように見送っていると、恵里香が振り向いて手を振ってくれた。ぼんやりと手を振り返し、恵里香が見えなくなってしばらくしてから僕は歩き出した。


 心臓の音が少し激しく聞こえたのは、たぶん気のせいだと思うことにした。




 家に着いたあと、僕は今日の出来事を家族には話さない事にした。思い出すのは別れ際に一真が言っていた言葉。


「学校でも言ったけど、今日のことは親にも言わねぇ方がいいぞ。大人が入ってきても、変に問題を大きくするだけで、結局何も変わらないって事になりかねない」


 心配そうにしていた一真にはそのつもりだと応えた。一真の言う事は最もだと思ったし、それ以上に自分が虐められているという事を家族に言う事が、何よりも恥ずかしかったから。


 顔を合わせた母親はいつも通りだった。学校から連絡でもあるかもしれないと思っていたけれど、それもなかったのか、確認する気にはなれなかった。


 ただ、今日行った神社の話だけしてみた。『身代わりかくれんぼ』をすることになった経緯に興味があったからだ。けれど、残念ながら母親も何も覚えていなかった。そんな事あった? と不思議そうな顔をする母親に、自分もこうだった事を思い出し、説明も面倒になった僕は、何でもないで話しを終わらせた。


 部屋に戻ると、すぐに眠気が襲ってきた。予想以上に疲れているみたいだ。今日の事を振り返れば、色々ありすぎたから仕方ないと思える。ただ、朝は事件のせいで陰鬱としていたけれど、今は皆のおかげでぐっすりと眠れそうな事は救いだった。

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