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神社


 恵里香に連れてきてもらった神社について、思い出した事はとても限定的な事だけだった。


 この神社の名前すら思い出せない。確認しようにも、古ぼけた鳥居についている扁額へんがくは、鳥居動揺に古びていて、書いてあったであろう神社の名前が分からないほど汚れてしまっている。


 遠慮なく鳥居をくぐり抜けて境内に入っていく恵里香に、少なからず混乱していた僕たちも慌てて続いた。


 広い境内に人影なない。山道と同じく周りを木々に囲まれていて薄暗く、奥の方までは見えないようになっている。社殿は小さいものだった。古びていてはいるが、威厳のある佇まいで厳粛な空気が漂っている。生き物が多い山の中にしては、静かな空間。境内には社殿の他に建物はなく、住み込みの神主はいないのだろう事が分かる。他に目に着くのは、境内に植えられている沢山の低木。その低木を見ているとまた思い出した事があった。


 境内に沢山植えてある低木。何という植物なのかは知らない。けれど、今は青々とした葉っぱしかないこの低木は、春には小さな集合体のような真っ白な花を咲かせて雪景色のような光景を作り出す。一転して秋になれば、小さくて丸い真紅の実を沢山つけて辺りを彩っていた、はずだ。


 そこまで思い出したところで気が付く。春の景色、夏の景色、秋の景色、その全てを知っているという事は、僕はそれだけこの神社に来ていたという事になる。来た事が一回だけならいざ知らず、今まで忘れていた事が本当に不思議だった。


「覚えてる? この木、赤い実がなるでしょ? その実を一真君が食べようとして、神奈ちゃんが一生懸命止めてたよね」


 笑いながら恵里香が低木の葉を撫でる。一真と神奈は同時にハッとしていた。どうやら言われて思い出したらしい。僕もそうだった。今言われて思い出した。僕も一真に誘われて一緒に食べてみようとしたところを神奈に止められた事が確かにある。


「あったな、たしかに……思えば結構来てたよな? ここ」

「アタシも思い出した。なんか、忘れてたのが不思議なくらい、どんどん思い出してくるよ」


 そう言った二人は、翔也が社殿の下で蟻地獄を見つけた事だとか、一真が転んで足につけた傷跡がまだ残ってる事だとか、思い出すままに興奮して喋っている。その全ての話を聞く度に僕もその出来事を思い出し、今までのスポットの中で一番懐かしい気持ちになった。


 そんな中で一人黙っていた翔也が、不意に口を開いた。


「なぁ……ここで遊んでた時、何かなかったか?」


 その抽象的すぎる問に僕は困惑した。


「何かって?」

「いや、何だったか、何かあったような気がするんだ……何か、事件みたいな」

「事件?」


 その言葉に何か胸がざわつくのを感じた。

 脅かすようにふいてきた風が、木々を揺らす。

 頭が勝手にありもしない何かを想像して、周囲に気配を作り出す。

 まるで、得体の知れない何かに見られているような感覚だった。


 そんな馬鹿げた感覚を頭を振ってかき消し、事件について考える。けれど、ピンとくる出来事は覚えていない。興奮していた二人も難しい顔で黙っている。僕は期待を込めて恵里香を見る。すると、僕の視線を受けた恵里香は、何の事はないというように口を開いた。


「それは、たぶんあれだよ……私が行方不明になった事」


 衝撃が走った。


 当時の記憶が情景として、全てが頭の中に流れ込んでくる。まるでこの神社に記憶そのものを置いていたような感覚だった。


「そうだ、それだ! それが、かくれんぼだ!」


 翔也が声を上げる。同じく全て思い出したようだった。


「確かかくれんぼしてた時に、いくら探しても恵里香だけ見つからなかったんだよな? あの時は焦ったよなぁ」

「優人が鬼だったんだっけ? アタシたちはすぐに見つかったけど、恵里香だけどうしても見つからなかったから、私たちも一緒になって探したんだった、よね?」


 一真と神奈の言う通りだった。


 僕たち五人は小学生の頃、この神社でかくれんぼをした。僕が鬼で、四人が隠れる。三人は割とすぐに見つかった。ただ、恵里香だけがどうしても見つけられなかった。広い境内、いくら探しても見つからない恵里香。困った僕は三人にも協力してもらった。そして――


 ――どうなったんだったか……肝心な所が思い出せなかった。


「あれ、それで、恵里香は誰が見つけたんだっけ?」

「それはお前……あれ?」

「え? アタシ知らないけど」

「俺も知らないな、どうなったんだ?」


 肝心な所はまたもや誰も覚えていなかった。ここまで来ると不気味というか、逆に笑えてくる気もした。答えがきになった僕はまた恵里香を見る。仕方ないなぁという声が聞こえてきそうな顔で恵里香は教えてくれた。


「優君でしょ。私を見つけてくれたのは」


 不思議な事に恵里香の言葉を聞くと、瞬時にその時の光景が蘇って来る。


 そうだった。境内を隅々まで探して、敷地の外にも出て見て、それでも見つからなかった恵里香。僕は必死になって探し続けた。かすかに見える空が赤く染まり、そのまま暗くなってきた頃になって、たしか僕は泣きながら恵里香を探していたっけ、その甲斐あってか、やっと恵里香を見つけたんだった。


 恵里香は今までの苦労が嘘のように、何度も探した社殿の裏で眠っていたのだ。


「そうだった。普通に社殿の近くで寝てた……よね?」

「うん。ちょっと不思議だったよねあの時、私も全然探しに来ないから自分から出て行ったんだけど、いくら探しても皆が居なくて、焦って走り回った。それでも見つけられなくて、疲れて眠ってたら、そしたら優君が見つけてくれたよね。ちょっと怖かったから見つけてくれて嬉しかったなぁ」


 微笑みながら過去を懐かしむ恵里香。


 僕は自分がこんな事まで忘れていた事に驚いた。あの時の心境を思い出すと、かなり泣きそうになりながら恵里香を探していた気がする。当時の小さい自分にとっては大事件のはずだ。まぁ無事に見つけた事で、一気に安心して、忘れてしまったのかもしれない。


 三人も曖昧なままらしく。「あぁ、そんな気がしてきた」とか「そうだったかも」とか少し頭を捻りながらも一応は納得しているようだった。恵里香は皆を微笑みながら見ている。


「皆はあまり覚えてないかもしれないけど、私にとっては大切な想い出。あの時、私を見つけてくれてありがとうね、優君」

「うぇ、ど、どういたしまして?」


 急に抱き着かれて動揺する。神奈は普段からボディタッチが多いけど、恵里香からこういう事をしてくるのは珍しい。顔を見ると眩しいくらいの笑顔で、本当に嬉しがっているのが伝わって来るようだった。


「あぁ、そういえば恵里香が優人に懐いたのはあれからだったな。それまでは一真と一緒になって素手で虫を触るようなお転婆だったのに、急にしおらしくなって」


 翔也が目を閉じながら頷いて言った。


 言われてみればそうだったかもしれない。今では基本お淑やかで大和撫子みたいな恵里香は、小さい頃はたしかにやんちゃだった。今は伸ばしている髪も短く、半袖半ズボンで駆け回る姿は、知らない人が見たら男の子に見えたかもしれない程だった。


 内向的だった僕とは今ほど馬が合うわけでもなく、元気な一真と駆け回っている事の方が多かったはずだ。その恵里香が急に髪を伸ばして、今のように女の子らしくなったのは、あれからだったかもしれない。


「え~そうだったかな? 私は今も昔も変わらないけど」


 当の本人はあまり意識していないみたいだった。


「いや、変わったさ。神奈も昔は、優人と静かに絵本を読んでるような大人しい子だったのにな。今じゃこんなだ」

「おい翔也、こんなとはどういうことなの?」


 藪蛇をつついた翔也は口笛を吹いてそっぽを向いたけれど、そんな事では誤魔化されない神奈が詰め寄っている。


 僕はと言うと、いまだにニコニコ顔の恵里香に抱き着かれたまま。改めて意識すると、顔が熱くなってくる気がした。僕はなんとか恵里香を引きはがして、話題を変えるために思いついたままの言葉を口する。


「い、いやぁでもホントよくここで遊んだよね! 結構遠いのにわざわざ来てさ、子供の頃って凄い元気だったね!」


 自分で言っていて、僕は何故か違和感を感じていた。わざわざここまで来て遊んだのは、ただ元気が有り余っていたからだろうか、何か、別の理由があった気がした。


「いや、何か理由があった気がする」


 それまで俯いていた一真が顔を上げた。先ほどから黙っていたのは、僕と同じような違和感を感じていたからかもしれない。


「さっきからいろいろ思い出してきたけど、まだ何かあった気がするんだ。オレたちがこの神社に来るきっかけみたいな出来事が」


 一真は頭を乱暴に掻いた。思い出せないのがもどかしいらしい。言われてみれば、きっかけがあったような気もする。ただ、一真と同じでそれが何だったのかは出てこない。神奈も眉間に皺を寄せているし、翔也も黙って考えているみたいだった。


「私たちが最初に来たのは、身代わりかくれんぼをするためだったよ」


 そんな中で、やっぱり恵里香だけが確かな記憶を持っていた。

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