プロローグ
夏のホラーイベント参加作品です。
雨が降っていた。
誰かの様子を伺っているかのような、ゆっくりとした雨足。空はどす黒い色の雲に覆われていて、本当はもっと盛大に雨を地上に落としたくて仕方ないように見える。それでも先ほどから、どこか戸惑っているような降り方をしているのが、僕にはとても不自然に感じた。
本当に戸惑っているのは僕自身だからだ。
目の前に広がっている光景が理解できない。
別に雨が降っていることを不自然に思って戸惑っているわけじゃない。七月になってもまだ明けない梅雨が続いているのは知っていたし、なんなら折りたたみ傘だって持って来ている。僕が戸惑っているのはそんな事じゃない。
毎日まったく同じ日が来るなんてことはあり得ない。劇的な変化があるわけじゃないけれど、細部では毎日微妙に違った変化が起きている。今日だってそうだ。それでも、さっきまでの時間を見れば日常と言ってなんら差し支えない一日だったはずだった。
学校に来て、大切な幼馴染たちと過ごしていた時間。その日常が変わってしまったのは、終わりかけの昼休みだった。昼食も食べ終えてしばらくすると、いつもの時間に予鈴がなる。授業が始まる前に教室に戻ろうとした時に、終わりを告げる音が聞こえてきた。
大きな音だった。
昔、目の前でバイクと車の衝突事故を見たことがある。直進するバイクの前に車が不意に曲がって来たのだ。ぶつかったバイクの運転手が玩具みたいに宙を飛んでいった。運転手は何メートルも離れた場所で、地面に嫌な音を立てて落ちた。何かが折れて、潰れて、破れて、あの時はもう聞きたくないと思ったのを覚えている。
あの時の音に似ていると思った。
続いて聞こえてきたのは、絶叫。
耳をつんざく叫び声。
一番初めに感じたのは不快感。まるで、耳のすぐ傍で大声を出されたかのような絶叫に顔をしかめた。
それでもすぐに不快感は消えた。次に僕の心に湧き上がった感情は、心配とか、動揺。
その叫び声にどこか聞き覚えがあるような感覚がしたからだ。端的に言えば、僕がよく知っている人物の声に聞こえた。
すぐに駆け出した。音と声のした方向に、だいたいの見当をつけて脚を動かす。道中では音を聞いて戸惑っているような人が何人もいた。皆が音の出所を気にしているみたいだった。それだけ大きな音だったんだろう。
人の間をぬって進んで行くが、それでも正確な場所が分かるわけじゃない。なかなか音の発生源は見つけられなかった。まだ何分も経ってはいないけれど不安や、よく分からない焦燥感で余裕がなくなって来る。
しまいにはイライラして来て、進行方向にいる邪魔な人を突き飛ばしたい衝動に駆られた。けれど、幸か不幸かそんな暴挙に出る前に、僕は音の発生源にたどり着いていた。
怠惰な雨が降る薄暗い光景。その中に明らかに異様な物体が落ちていた。灰色の景色の中に鮮烈な色彩を放っている。コントラストだけを見れば綺麗だと思った。
初めそれを見た時、僕はまず自分の目を疑った。次に疑ったのは自分の頭。それだけ自分が見た物が何かを理解するのに時間がかかった。何とか理解できたのは、前にも一度同じようなものを見たことがあるからかもしれない。
とにかくそれは、そうなってしまう前の面影をあまり残してはいなかった。それだけ、僕の知っている姿とは似ても似つかない姿に変わっていた。
普段ならしっかりとしまわれているはずのモノが沢山飛び出して、飛び散っている。
普段ならそんな方向に向いてはいないモノが、変な向きに曲がっていた。
普段なら離れているはずのない部分が、分離してしまっていた。
僕が目の前にいるのに、それは何の反応もせず、表情はピクリともしなかった。
そんなに普段と違う姿をしていても、すぐにそれが何だったのかを理解したのは、それだけ深い付き合いだったからだろう。
理解した。だからこそ僕は戸惑っていた。混乱していた。
理解はしたが、認めたくはなかった。
僕が見つけたもの。
雨に濡れた地面に赤をまき散らして落ちていたもの。
それは、僕の大切な、とても大切な幼馴染だった。いや――
――幼馴染だったものが落ちていた。