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鬼の半妖  作者: 汐華
2/3

~その青年、闇夜で冷酷に笑う事~

鬼の半妖。それは鬼の血を授かり、鬼へと変化したもののこと。本来ならば鬼の血にその他の生物が順応することはない。

なぜなら鬼の血は生物の肉体の構造そのものを変化させて鬼へと変貌させるものだからだ。普通のあやかしはもちろん、人間がその血に順応できた例は少ない。

それ故、鬼の半妖となれたものは羨望の眼差しと、鬼へ堕ちたとする軽蔑の視線を同時に受ける。たとえどれ程力を持ったとしても、あやかしたちから慕われるなどといったことはこれまであり得なかった。

━━この男が現れるまでは。


決して都会ほど人は多くないが、そこそこ活気のある街の一角にその中学校はあった。生徒は五百人程で、運動部が強いという特色があり、生徒たちは活気に満ちていた。

生徒で賑わうグラウンドの風景をにこやかに職員室から眺めているのは端整な顔立ちの美男子だった。

「いやぁ、生徒の活気に満ちている学校って良いねえ、虎之介」

「ここで呼び捨てにするんじゃねぇ」

「良いじゃないか。友人だろう?」

「ここは仕事場だからやめろって意味だよ!前も生徒の前で呼び捨てにしやがって」

「ごめんごめん。···でもさぁ、生徒が活気に満ちているって本当に良いよねぇ。平和でさ。今もあやかしの世界では戦いが起きているかもしれないのに」

「その発言でお前の正体バレても知らねえぞ」

自分の正体をバラしかねない発言に虎之介はそれ以上文句を言う気にならなかった。楽観的すぎるだろう。

この男は人間の常識が多少欠落しているらしい。

以前も化け百足の血によって汚れた服の代わりに着物を着て仕事をしていた。教師はもちろん、生徒も驚いていたことは言うまでもない。

この男の常識というのを聞いてみたいと常々思う。

「そう言えばさ、虎之介」

「なんだ」

「実は私さぁ、命を狙われているんだ」

「···はあぁ!?ど、どういうことだよ!」

思わず職員室の中でで怒鳴ってしまい、周りにいた教師の注目を集めてしまった。

「ああ、すみません。何でもないです。·····んで、どう言うことだよ!」

立ち上がって謝った後、座り直して小声で問いかける。

「んーとねぇ、お前も知ってるだろうけど、私は鬼の血を受けて人間から鬼になった半妖だ。でもいくら半妖と言っても、私は頭領の血を受けたから、そこらにいる本物の鬼より治癒力とかの能力が優れている」

「ああ、そういえば強いやつが鬼の頭領になるんだったな」

「そう。で、昔から鬼の血は傷や病を治すために狙われてきた。それに対抗するために鬼は小さい頃から己の身を守れるよう男も女も護身術を身に付けるようにしていた。だからなかなか鬼の血を奪えなかったんだよ。でもそこに、人間から鬼になった半妖が現れた。しかも、鬼の頭領の血を受けている。血を狙うものからしてみれば、格好の的だろう?」

「つまりお前は元人間ってことでなめられた上に血を狙われている、と」

「そう。だから今でも、そうだねぇ。···あの森の中。何か感じないかい?」

竜也が指差す職員室の窓から見える近くの森を虎之介は目をこらして見つめる。

「······!何の気配かは分からないが、妖気がする」

「そうだね。多分小妖怪だから、問題はないけれど」

「良いのか?小妖怪でも妖怪だぞ?」

「そんなの全部退治してたらキリがないよ。もちろん、危険なのは配下のあやかしたちが退治してくれてるけどね」

「配下とはいえ、あやかしが近くにいるのか」

「ああ。まあ忠誠を誓ってくれた信頼できるあやかしだから大丈夫だよ。授業の邪魔にならないようにっていう配慮からかそんなに近くにはこないけどね。···あ、そうだ。虎之介に一つ報告したいことがあって」

「報告?なんだ?」

「前に妖狐の依頼で化け百足を退治しただろう?あの時森を案内していた狐がいたのを覚えているかい?」

「ああ、あの綺麗な毛並みの白い狐か」

「そう。その狐なんだけどね、その数日後に私のところへ来て、『恩返しをさせてください』って言ってきたんだよ」

「え?あの狐がか?」

「そう。恩返し自体は問題ないんだけどね、何をするのか聞いたら、『竜也様に、この命を賭けてお仕えします』ってさ。でも私の配下なんて本当に危ないからね。さっき話した内容をその狐にも話したんだけど、『決意は変わりません』って言われちゃって」

「で、どうしたんだ?」

「他に断る理由がないから承諾したよ。名前は楓だって」

「楓か。今はどこにいるんだ?」

「多分あの森の中を他の配下のあやかしと一緒に見回っているんじゃないかな。新しい仲間が出来たってみんなが喜んでいたから、色々と教えていると思うんだけど」

「なぁ、配下って何匹いるんだ?」

「正確には覚えてないけど、百五十匹くらいはいるかな」

「そんなに多いのかよ!よくそんなにたくさんのやつがいるな」

「まあ、彼らのほとんどは私が以前助けた子達なんだよ。で、楓と同じように恩返しをしたいからってことで配下になってるんだけど」

「命を助けたって前の化け百足の時みたいにか」

「いや、それだけじゃないよ。道端で倒れてたりしたのを拾って手当てをしたりとか、ボコられてたのを止めたりして助けたとか」

「そんなのあるんだな」

「あやかしの世界じゃ日常茶飯事だよ。喧嘩やら決闘やらいろいろやってるからね。そりゃあ怪我するやつだって現れるさ」

コーヒー片手に妖艶に口許を緩める姿に思いがけず虎之介はドキリとしてしまった。それを隠すように竜也の頭を小突く。

「だったらお前はその配下のあやかしに感謝しながらしっかりと仕事をしねえとな。サボったら俺が許さねえぞ」

「···なんでお前に許す許さねえの判断を任せなきゃいけないんだい」

ため息をつきつつ吐き出した言葉とは裏腹に、竜也は内心で笑っていた。

竜也が素の表情を見せられる相手は少ない。虎之介とは出会って一年半程度だが、心を許せる数少ない友人になっていた。

(こんな風に誰かと軽口を叩けるようになるなんてな···)

時の流れと運命の不思議さに愉快な気持ちになった放課後だった。



「大人しく答えてくれたら命は助けてあげる。鬼の半妖はどこにいるの?」

絶世の美貌で妖艶に笑いつつ女は問う。

「·····答えるわけにはいきません!あの方の命を守るのが我ら配下の役目!」

「あらあら。随分とあつい忠誠心だこと。···でもね、」

ゴスッと鈍い音を立て、女は相手の頭を踏みつけた。絶世の美貌が醜く歪む。

「そういうのは実力をつけてからにしなさいな。力もないくせによく守ろうなんて口を叩けるわね。むしろ感心するわ」

「·····なんと言われようと話す気はありません···!あの方に救っていただいたこの命。あの方のためにならいくらでも捧げましょう。ましてやあの方の不利になることを私自身が口にするなど決してありません!」

「········ふうん。なら、いいわ」

冷ややかな目で見下ろすと、女は持っていた刀を振り上げる。

「···あの世で大事な大事な主と再会できれば良いわね」

森の中に鮮血が飛び散り、一つの命がこの世から消えた。


「·······っ!」

教鞭をとっていた竜也はその気配を感じて窓に振り向いた。

(·····この気配···。茜のもの···!)

「?先生、どうかした?」

生徒の声に我に返ると、生徒たちが自分を見つめていた。

「···あ、ああ。なんでもないよ。さあ、授業を続けよう」

どうにかして気持ちを切り替え、授業を進める。

授業終了のチャイムがなると、竜也はすぐに教室を飛び出した。

生徒の驚く声を背中に感じつつ、外へ出て気配のした森の方へと駆ける。

学校から少し離れた森の中に足を踏み入れると、あやかしの世界に入ったことを感じた。妖気が漂っている。

「······竜也様···!」

目に涙を浮かべながら近寄ってきた楓に竜也は問いただす。

「楓、茜は?」

「茜さんはっ···!·····さっき胸を貫かれた状態で見つかって、その···もう、息がないと···」

ぼろぼろとこぼれおちる涙をぬぐう。

「·············そうか」

竜也は楓の横を通り抜け、配下の集う場所へと足を向けた。

「主···!」

竜也の気配を感じ、皆が一斉に振り返った。

「···茜は」

暗い顔で口を閉ざすあやかしたちを横目に古参の猫のあやかしが進み出た。

「ここにいるにゃ」

顔を後ろに向けた先には小さな妖怪が血だらけで横たわっていた。

竜也は無言のまま近づきしゃがみこむと、その体を抱き上げた。

氷のように冷たい体は、魂の抜けた脱け殻になったことを物語っていた。

「··········」

竜也はその体をきつく抱き締め、声をおさえて静かに涙を流し続けた。


しばらくして、竜也はそっと茜の遺体を地面に寝かした。

「·····誰がやった」

「多分竜にゃんの血を狙っている奴だと思うにゃ。うちらが駆けつけた時、僅かに妖気が残っていたんにゃ···」

猫のあやかしは暗い声で報告した。

「·····そうか。···珠子、そいつを探せ」

珠子と呼ばれた猫はうなずいた。

「わかった。うちが必ず見つけ出すにゃ」

怒りに満ちた目で言うと、珠子は森の中に消えた。

「夕霧」

「なんだ、主」

夕霧と呼ばれた細身の青年は進み出た。

「茜を葬ってやってくれ。私はこの後も授業があるからこれ以上ここにはいれない。丁重に頼む」

「分かった。俺が責任持ってやるよ」

竜也は悲しみを押し隠して学校へと戻った。

茜を殺した者に対する憎しみがふつふつと湧いてきていた。


「おい竜也。お前なんで学校を飛び出してったんだよ。皆心配してたぞ」

「·········」

「おい、竜也」

「·····配下のあやかしが殺された。授業をしている時に」

「え···そうだったのか···」

「猫のあやかしに行方を探させている。見つかるのも時間の問題だろう」

「見つけたら、どうするんだ?」

「必ず敵をとる。生まれてきたことを後悔させるぐらいの恐怖を与えてね」

一瞬目が紅く染まり、周りに漂う空気が変わったのを虎之介は気づいた。

改めて思う。この男は決して人間ではないのだ。あやかしの中でも一、二を争う強さの『鬼』。

恐ろしさを感じたものの、すぐに竜也は漆黒の瞳で微笑みかけてきた。

「大丈夫。ちゃんと仕事はするよ。その上での話だから」

思わず見とれるほど綺麗な顔で笑っているが、目は笑っていないため迫力があった。

(怖ぇ···)

それ以上何も言えなかった。


「茜を殺した奴が分かったにゃ。一里離れたところに住む山姥にゃ」

「山姥だと?あれは人を喰らうあやかしではなかったか」

「そうにゃ。でも最近、大怪我をおった山姥がいるらしいんにゃ。多分、それを助けるために竜にゃんの血を狙ったんにゃにゃいかと」

「········」

「竜にゃん?」

「今からそいつの所に行く。鬼の半妖を怒らせたらどうなるか、その身を持って知らしめてやろう」

虚空を睨みつつ吐き出した言葉に、空気が震える。闇の中で紅い瞳が爛々と光った。

「俺達も行くぞ、主」

声の方を見れば、夕霧を含めた配下全員が揃っていた。

「夕霧···お前たち···」

「茜は主を守るために戦った。なら俺達はその意思を継いで主を守り、敵討ちの手伝いをする」

「だが何が起こるかも分からない。お前たちを必ず守ってやれる保証は···」

「主」

夕霧が話を遮った。

「俺達は主を守るために配下になったんだよ。茜もそうだ。命を救ってもらった恩返しのために俺達は生きてきた。今じゃそれが生きがいになってる奴だっている。主が俺達を守るんじゃない、俺達が主を守るんだ」

竜也の強い妖気に怯えながらそれでも真っ直ぐ見据えてくる夕霧に、竜也は苦笑した。

「困ったね。私はお前たちに生きてほしくて命を助けたんだけどね···。だから私はお前たちに見返りなんて求めなかったし、今もそんなものを必要としてはいない。私としてはお前たちに平穏に生きてもらえればそれで良いのだが」

「主·····でも、俺達は俺達の望む生き方をしろって主は言ったよな。だったらもう何も言わないでくれ。俺達は主を守るために生きるのが望みなんだ。大切な主のために命を惜しむ腰抜けなんか、ここにはいないぜ」

あやかしたちが一斉にうなずいた。

そうだ、その通りだ、と叫ぶ配下に、竜也はまたも苦笑した。

「·····分かったよ。お前たちがそこまで言うなら、もう何も言わない。来たいなら来なさい」

優しく微笑むと、突然顔をうつ向けた。

少しして頭を上げた時にはもういつもの優しい笑顔ではなく、あやかしらしい冷酷な笑みがそこにはあった。

「さて、行こうか。生まれてきたことを後悔するぐらいの恐怖を味わわせてやる」

先ほどとは比べ物にならないほどの強い妖気を醸し出すと、ゆったりと森の中へ歩を進める。

配下のあやかしたちはかなり離れたところをついてきていた。

妖気が強すぎて近づけばあてられてしまうからだ。

「···久しぶりにゃ。竜にゃんがあんなに怒っているのは」

「主って本当はあんなに強いんだな。今まで感じたことないくらいの妖気だ」

「竜にゃんは自分の力を誇示したりする性格にゃにゃいからね。でもうちは鬼の頭領以外に竜にゃんよりも強いあやかしは見たことないにゃ」

「·····そんなに強かったんだな。俺達の主って。俺達が守るとかそんなのおそれ多くなってきちまった」

夕霧は苦笑した。

「そんなことないにゃ。竜にゃんが仕事をしているときはすごい大切にゃよ、その仕事は」

「へへっ。そうだな」

夕霧は照れくさそうに笑う。珠子はその様子に微笑んだ。



「随分と大勢でいらっしゃったのですね、鬼の半妖さん。とても強いお方だとお聞きしましたけど、それは配下のあやかしが勝手にした自慢話かしら」

森を突き進み見えた一軒の家の前に、絶世の美女が立っていた。

「·······あなたか。茜を殺したのは」

竜也は山姥が近くにいることに気づいてから妖気を消していた。下手に戦闘態勢に入られても面倒だからだ。

「茜?ああ、あの使えない小妖怪のことですか。本当にあなたの配下だったのですね。あまりにも弱すぎてあなたとは関係のないあやかしかと思っていましたわ」

ピクリと竜也の眉が動く。しかし無表情のまま冷ややかに山姥を見据える。

絶世の美貌を醜く歪ませながら山姥は笑い続ける。己の所業によっているようだった。

「鬼の半妖なんて所詮そんなものなのですねぇ。まあどうせ元は人間ですし、たいして力がないことくらい分かりきってましたけど。でも、あなたの体に流れる鬼の血は本物ですからね。それをくださるのならば命だけは助けてあげましょう。さあ、血をよこしなさいな」

凄みのある美貌で妖艶に笑いながら、女は優雅に近づいてくる。

竜也の前まで来ると、そっと竜也の頬に触れ、撫でる。

「それにしても、随分と美しいお顔ですこと。そうだわ、血をくださるのならば私の取り巻きにしてあげましょう。お互い美しい顔に生まれたのですもの、お似合いだわ」

「···生まれた?作ったの間違いでは?」

山姥の手が止まる。

「山姥。『絶世の美女に化け旅人に宿を与え、旅人の就寝後に喰らうあやかし』でしたか。だから言ったんです。作ったの間違いでは、と」

山姥の顔が憤怒の表情に変わる。

「こっちが下手に出ていれば···」

「下手?どこをどうとってそういっているのか分かりませんね。それに随分と私をなめくさっておいでのようだ」

竜也は山姥の細腕をきつく握りしめた。そして、怒りのままに本性を現す。

漆黒の瞳は紅く染まり、絹のように滑らかな黒髪は真っ白になっていた。山姥の腕を掴む手は鋭い爪が延び、竜也の体から発せられる強い妖気が大気に満ちる。

腕を掴まれた山姥はその妖気をもろに浴び、あてられて気を失いかけていた。

「おや、まだ気を失うのは早いですよ。あなたには地獄を見せると決めましたから」

冷酷な笑みのまま山姥の耳元で囁くと、突如力を込めて山姥を蹴りとばした。

近くの木にぶつかり、その衝撃からか山姥の姿が美女からシワだらけの老女へと変化する。

「お、の、れぇ·····」

しわがれた声で腹のそこから吐き出した言葉に、竜也は鼻で笑う。

「随分と上手に化けていたんですね。さっきとは全然違って驚いてますよ」

憎しみを込めて山姥は睨む。

この男だけは許さない。正体を見ただけでなく、馬鹿にするとは許せない。

「貴様に何が分かる···!鬼の血という恵まれた物を受け継いだお前に!」

「分かりませんね。鬼の血なんてろくなものじゃないですし」

「その血はどんな病も傷も治す万能の血だ!それさえあれば仲間の傷も癒え、私もお前のように若く美しい姿を保っていられる!」

「·········」

その言を聞くと、竜也はすっと目を細め、ゆっくりと山姥に近づいた。

山姥はさっきの威勢など嘘のように、怯えて腰が抜けながら必死に後ずさる。恐怖で顔がひきつっていた。

「なら、与えてあげましょうか?鬼の血を」

「·····え?」

山姥は目を見開く。今、この男は与えると言ったのか?喉から手が出るほど欲しかった鬼の血を与えると。

「ほしいのでしょう?ほら、飲めば良いではありませんか」

竜也は自ら腕を傷つけると、血の滴った腕を山姥に差し出す。

山姥はしわがれた手を必死に伸ばして竜也の腕を掴み、その血を吸うように飲んだ。

その後も山姥は狂ったようにその血を飲み続けた。


「な、何をしてるんだ、主は!?」

「竜にゃん!与えてはまずいにゃ!!やめにゃさい!!」

「竜也様!!止めて!」

配下のあやかしが必死に止めるも、竜也は無視し続ける。

あやかしに血を与えて力をつけられれば倒すのが難しくなる。

「竜にゃん!!」

珠子が必死に叫んだ時だった。

山姥の様子が変わった。地面に倒れ付し、絶叫しながらのたうち回る。

その様子にあやかしたちは言葉を失った。

ただ一人竜也だけがその姿を冷ややかに見ていた。

「苦しいでしょう?鬼の血があなたの身体に順応しようとしているんです。その苦しみに耐えれば、あなたも鬼になれますよ」

冷酷な笑みで面白そうに見下ろす姿は、まさに鬼と言えた。

(竜にゃん···)

普段の姿からは想像できないほど恐ろしかった。

その後も山姥はのたうち回り続けたが、突然叫ぶのを止め、ぐったりと寝転んだ。

しばらくして、むくりと起き上がったが、そこには元の山姥とは比べ物にならないほど恐ろしい形相をした化け物がいた。

「······っ!」

あやかしたちは皆息をのみ、硬直した。

竜也とは全く違う。竜也は鬼に変化してもそこまで見た目は変わらない。本物の鬼もそれに角が生えるぐらいで、大きな変化はない。

しかし目の前に立つ山姥であった化け物は原型をとどめておらず、口から鋭い牙を生やし、髪は意思を持つようにうねうねと動き、瞳は真っ赤に染まり光っていた。

「うそ···」

竜也は配下の様子など気にせず、穏やかに話しかける。

「順応できなかったみたいですね。もう自我も保てない化け物に成り下がってしまった」

にいっと鬼の表情で竜也は面白そうに笑う。

「もう私の声も届かないでしょうね。先ほどの偽った姿よりもよほど女性として魅力的ですよ。まあ自我もないので女性とも言えない気もしますが」

心底面白そうに笑うも、優しくいたわるように話しかける。

「そんな姿を他のあやかしに見られるのは嫌でしょう?私が殺して差し上げましょう。少しずつ切り刻むという残酷な方法で」

どこからか刀を取り出し、鞘を外す。

月の光を反射し、闇夜に白く光る。

竜也は冷ややかに笑いながらひらりひらりと舞うように刀を振るい、少しずつ山姥の身体を切り刻んでいった。

山姥は斬られる度に悲鳴を上げたが、竜也は気にせず刀を振るい続けた。

鬼の血を与えられた山姥は治癒力も高くなったが、生まれながらの鬼ではないため治癒が少し遅い。竜也が先の傷が治る前にどんどん切り刻んでいくため、治癒が間に合わず痛みが倍増されていった。

山姥は悲鳴をあげ続けていたが、だんだん弱ってきた。所詮自我を無くし本能のままに暴れ続けるため、攻撃をもろに受け、治癒が間に合わないのだ。

「···もうそろそろ限界なのではありませんか?」

ふふっと笑い、優しく話しかける。

「では終わらせてあげましょうかね。···茜が受けた痛み、あなたも味わいなさい」

穏やかな口調ながらも厳かに言い放ち、竜也は刀を構える。

胸を鋭く一突きし、その後刀を一閃した。化け物と化した山姥の首が宙に舞った。

竜也はふっと息を吐くと、刀に付いた血を懐紙で拭い放り捨てた。

そして配下のあやかしたちに優しく微笑む。

「···帰ろうか」

そっと目を閉じ、瞳と髪を元の漆黒に戻すと、ゆったりと山を降りていった。


その翌日の学校の昼休みでのこと。

仕事を一つ片付け職員室で一休みしていた竜也に、虎之介が話しかけた。

「なあ竜也。昨日近くの山であやかしが殺されたのを知ってるか?」

「近くの山で?さあ、知らないよ」

「·····本当か?」

「·····私が嘘を言っているとでも?」

そう言いながらプイッとそっぽを向いて、近くにあった資料を意味もなく眺める。

嘘が下手という特徴を発見したが、今はそれよりも話さなければならないことがあった。

「あのあやかしさあ、最近行方不明だった人間の三割くらいをさらって喰らってたって噂だぜ。おまけにあやかしまで喰ってたとか」

「ふーん」

「···お前絶対知ってただろ。ってか、証拠は掴んでるんだぜ。昨日お前があの山に登っていったのを式神使って見てたんだからな!ちなみに一部始終全て見てたぜ」

「···じゃあ聞く必要なかっただろう」

「お前がどんな反応するかと思ってさ。そういやぁ、あの山に住んでるあやかしが退治してくれて感謝してるってさ」

「そうか」

興味無さそうにコーヒーをすすりつつ、生徒でにぎわうグラウンドを眺め始めた竜也に、虎之介はため息をついた。

「そのあやかしに両親を殺されたあやかしが一匹いるんだけど、敵をとってくれたお前に仕えたいって。伝言してくれって今朝頼まれた」

「···なんでどいつもこいつも仕える以外の選択肢が無いかな。命懸けられても困るんだがなぁ。まあ、私の配下は危険だが、それでも良いのなら別に構わないと伝えてくれ」

「了解。いやぁ、実は今朝、野次馬根性出して山を登った時にそのあやかしに会ったんだ」

「だから今朝ギリギリの時間に出勤してきたのか」

「悪い悪い」

虎之介は悪びれる様子もなく笑う。

竜也は深くため息をついて、ゆっくりと立ち上がった。

「ん?どこ行くんだ?」

「教室だよ。数学の教科書を置いてきてしまった」

「あ、じゃあ俺も行くわ。俺も忘れ物があるんだ」

ガタッと勢い良く立ち上がり、早足で後を追った。


竜也の後ろを歩きながら虎之介はふと思った。この男はきっと性根がとても優しいのだろう。

百五十あまりもいる配下のうちの一匹のために涙を流し、敵討ちをする。そんなあやかしが果たして何匹いるだろうか。

元は人間であったというのもこれなら納得ができる。この男は己の情のもとに大切なものを決して見捨てることができない。

しかしやはりあやかしらしく、それ以外の者を見捨てる冷酷さも持ち合わせている。愛するものを守り、それを妨げるものには容赦しない。意外にも単純な性格の竜也に虎之介は好感を覚えていた。


互いに密かに好感を覚えながらもそれを決して伝えないこの二人の男たちが、いずれあやかしの世界を大きく変えていくことになるなど、この時は誰も予想していなかった。












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