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鬼の半妖  作者: 汐華
1/3

~その青年、華麗に舞い戦う事~

━━鬼。それは人外の力を持つ、人と似て非なるもの。見た目は人間のようだが、その腕力は人の数倍、寿命は千年以上とも言われている。

人間の立場から見れば鬼だけでなく河童や天狗といったその他のあやかし全てが恐怖の対象であるが、あやかしの世界では力によって地位が決まっており、必然的に地位の高いものほど恐れられていた。

鬼はその中でも上位に位置し、あやかしから特に恐れられている存在だった。

しかし今、その絶対的な定義に変化が生じ始めていた。


「···ここはテストに出すからね。しっかりと復習をしておくように」

凛と透き通る声が授業終了間際の教室に響き、生徒たちが一斉にざわめきだす。

「待って先生!テストっていつ!?」

「うーん···次の授業の時だから、明日かな。まあ今日一日家にこもって勉強すれば何とかなるだろう?」

顎に手を添え考え込む仕草をしながら、その端正な顔立ちを少し意地悪げに変えると、男は教卓の教科書をまとめ黒板を消しにかかった。

もう話すことはないと言わんばかりのその姿に生徒たちはブーイングをする。

「テストとか聞いてねえし!そういうのはもっと速くいうべきなんじゃねえの!?」

「そうだよ先生!!俺たちだって部活あるし!」

「ちょっとは生徒の気持ちを考えろよ!」

わあわあとわめく生徒に男は黒板消し片手に振り返り、非の打ち所のない完璧な笑顔で答える。

「前にも言っただろう?このテストは今のお前たちの理解度を知るためのものだから、今年やった内容の中からしか出さない。つまり、授業をしっかり受けて、ある程度内容を理解しておけば、80点前後はとれるテストなんだ」

「········」

文句を言いたいのは山々であったが、別に間違ったことを言っているわけではないし、何よりあの笑顔は反論を許さない笑顔だ。

生徒たちは、この顔のときの男には逆らってはならないという暗黙のルールを持っていた。今反論したら論破されてさらに面倒な説教に繋がってしまう。

結局次の日男はテスト片手ににこやかな笑みを浮かべていた。


「竹内先生···こんな難しいの習ってないでしょ···」

今にも死にそうな顔で呟いた生徒はそのまま机に突っ伏した。

見れば教室のほとんどの生徒が机に突っ伏したりほおずえをついたりして諦めモードに入っている。

クスッと笑うと、男━━竹内竜也は立ち上がった。

「はい、30分たったね。ご苦労様。後ろからテストを集めてきてくれるかな」

テストを集め、教卓で名前の確認をしていると、恨めしげな視線が集まっていた。

「···その顔だと、大分解けなかったみたいだね。そんなに難しかったかい?」

「·········」

もはや文句を言う余裕のない生徒たちに竜也は微笑む。

「まあ、あと15分くらいしか残っていないが残りは自由時間にしよう。今日は特別に寝てても良いよ」

生徒たちはガバッと起き上がる。自由時間ほど楽しい時間はない。

それぞれ椅子を持ったりして仲の良い友達のところへ向かう姿を見て、竜也は目を細めた。

人間は良い。こうした少しの時間ですら大切に過ごすことが出来る。何にも縛られることなく、この子供たちは自分の道を自分で切り開いていく。

━━自分とは違って。

窓から吹き込んだ優しい午後の風が竜也の漆黒の髪を揺らし、流れていった。


竹内竜也。その名は学校で毎日と言って良いほど飛び交っている。

なぜなら竜也はモデルかと思うほど端整な顔立ちに、温柔敦厚な性格だったからだ。

その為生徒には絶大な人気を誇り、今や教師のなかで一番人気があると言っても過言ではない。

しかしそんな端整な顔立ちが微かに歪んでいた。

「今朝も話したとおり、通り魔が学校付近にいる可能性がある。未遂だが刃物で人を襲ったという話だから、もし不審な人を見かけたらすぐに近くの人に助けを求めるように。俺たち教師も見回りをしているから、何かあったら声をかけなさい」

厳しい表情でする通り魔の話に生徒たちも不安を覚える。

「先生、何で警察は逮捕できてないんですか?」

「おそらく、犯人に直結するような証言が無いせいで、犯人を絞り込めていないからだと思うんだが···。まあパトロールもしてくれているし、保護者の人と一緒に帰るようにね」

「じゃあ先生も見回りするの?」

「ああ。俺が近くにいたら俺でも良いよ」

「先生剣道部の顧問だしね」

「まあ、時間稼ぎくらいは出来るかな。それより、絶対に戦ったりはしないように。取り敢えずお前たちは逃げることだけを考えなさい」

厳しい表情で告げた竜也は、胸がざわつくのを抑えられなかった。

そして、竜也の嫌な予感は当たってしまった。

竜也と同い年の教師、河井虎之介が学校付近を見回っていた時、すぐ近くで事件は起きたのだ。

少女の甲高い悲鳴が突如として住宅街に響いた。

その声を聞くや否や竜也は声の所まで走った。

そこには、刃物を持った男と、組み敷かれ悲鳴をあげる生徒、そしてその母親らしき女性がいた。

思わず固まる虎之介を横目に竜也は駆け出した。

まずは通り魔を蹴り飛ばし、生徒と保護者を庇うように立つ。

通り魔は近くの塀に背をしたたかに打ち付けるも、すぐに立ち上がった。包丁を竜也に向けて構える。

その様に竜也は眉を潜め、通り魔の持っていた包丁を鋭く蹴り上げた後、喉を片手でつかんで壁に押し付けた。

あまりに速すぎる攻撃に通り魔は何が起こったのか分からなかった。

そこへ竜也は形の良い唇を開く。

「一体何故、うちの生徒を狙ったんです?」

「·······」

吊し上げられ、怒りの表情で睨み付けられた通り魔は恐怖のあまり喋れなかった。

無言の通り魔に竜也はさらに苛立ちを増す。

「···答えたくないならば結構。このまま警察署につれていくとしましょう」

そして言葉通り喉をつかむ手を話し、尻餅をついた通り魔を無理矢理警察署の前まで引きずっていき、警察に手渡した。


「いやぁ、すごいですね、竹内先生!!あんなに速い攻撃で犯人を捕まえちゃったんですから!」

「買いかぶりですよ、河井先生。たまたま犯人が弱かっただけでしょう」

「いやいや、生徒も保護者も感謝していたじゃないですか。竹内先生が近くにいて良かったって」

「まあ、生徒が無事なのは良かったですが、もう少し遅ければ彼女は怪我をしていたでしょう。今回はたまたま犯人が弱かっただけ、たまたま近くにいた俺たちが間に合っただけなんです。次も同じように守れるかと言えば、そうではない」

「でも生徒を守れた。それが一番じゃないですか!」

にかっと愛嬌のある顔で笑った虎之介に竜也は苦笑する。

「まあ、そうですね···。そう思うことにしましょうか」

微笑んだ竜也に虎之介は笑顔を返しながら密かに考えを巡らす。

竜也が先ほど見せた動き。あれはただ鍛えたにしては速すぎる動きだった。速すぎて目に写らなかったくらいだ。しかも犯人を片手で吊し上げる腕力。竜也体格であんなこと出来るだろうか?

また、通り魔を吊し上げた時、彼の瞳が紅く染まったように見えたのは目の錯覚ではないだろう。

(彼には何か秘密がある)

しかしその秘密が何かは皆目検討もつかなかった。


その事件から数日後。

残業を終え、竜也は駐車場へと向かった。

月はもう大分高くなっており、さすがに疲れたなと目を揉みほぐしながら、車の鍵を開けようとした。

「·······」

妙な気配がする。

剣道などの武術を習得している竜也は気配を読むのに長けていた。

「闇討ちにしてはいささか勇み足ですね。不馴れなのですか?」

ビクリと気配が動く。読み通り不馴れな者らしい。

「···私を狙うのは結構ですが、生徒に手を出したらただでは済ましませんよ」

目を紅く染め、低い声で脅した竜也に気配の主がひっと息を飲む気配がした。

すると木の影から目を見張るほど美しい白い毛並みをした大きな狐が姿を表した。普通の狐にしては大きすぎる。

「妖狐ですか。私に一体どんなご用で?」

怯えたように上目遣いで見上げてきた妖狐に、さすがに可哀想かと思った竜也は優しい声音で話しかけ微笑んだ。

「·······その···貴方様にご助力を願いたいことがあります。どうかこのまま私に付いてきて下さいませんか?」

「·········分かりました。私に出来ることならば、手助けしましょう」

その言葉にパアッと明るい表情をした妖狐は足取り軽く後ろの森に体を向けた。

「竹内先生···?その狐は、一体···?」

突然後ろから声が聞こえ、竜也が驚いて振り向くとそこには同僚の河井虎之介が立っていた。

そういえば自分以外にも何人か職員室に残っていた。

まさか、見られたとは。

動悸が激しくなるのを感じ、あえて深く深呼吸して落ち着きを取り戻した竜也は、穏やかな微笑みを浮かべて虎之介に話しかける。

「河井先生。今からお帰りですか。お疲れ様です」

「え?ええ、そうなんですけど···。·······その狐、妖狐ですか?」

あっさりと正体を見抜いた虎之介に竜也は動揺を押し隠してさらに一度微笑む。

「一瞬で正体を見破ってしまうとは。あやかしの知識がおありのようですね」

「···昔からそういうのが見える体質だったんです。竹内先生もそうなんですか?」

「私の場合は少し特殊ですね。まあ説明すると長くなるので省きますが」

あまり話したそうではない姿に虎之介はそれ以上問うことはしなかった。

「···何かあったのですか?」

「それを知るために今から彼女についていくのですよ」

「彼女···?メスなのか···」

虎之介は呟くと、竜也を真っ直ぐ見据えた。

「そのあやかしについていって、大丈夫なのですか。いくら狐とはいえ、あやかしなんですよ」

「お気遣い、ありがとうございます。ですが、俺は大丈夫なのでご心配なく」

「·····でも、不安です。···俺も一緒に行きます」

竜也は目を見開く。

「何を言っているのですか。そんなこと許す訳無いでしょう。何が起こるか分からないんですよ」

「いや、俺はこれでも陰陽道の修行をした身です。多少ならば戦うことも出来ます」

「陰陽道···?陰陽師なんですか」

「陰陽師って名乗るほど修行したわけじゃありませんがね。でも、自分の身ぐらいなら守れます」

「········分かりました。何かあっても自己責任で良かったらどうぞ」

竜也は諦めた。

二人は妖狐の後を追い、森の中に足を踏み入れた。


しばらく彼女の後を歩き続けたが、ワイシャツにズボンという格好で来てしまったことに竜也は後悔をしていた。泥が付き、落ち葉でどんどん擦れていく。

逆に虎之介はジャージという山歩きには適した格好だったため、さほど気にしてはいなかった。もともと大雑把なところもあり、竜也ほど格好を気にする性格でもなかった。

竜也の後悔をよそにどんどん山の奥に進み続けると、突然開けた場所に出た。

夜目のきく竜也はそこが何の場所か察しがついたが、虎之介は何か分からなかった。

「···?ここは···?」

「私たち狐の集まる広場です。普段は地中で過ごしますが、集会の時はここに集まることになっているんです」

「集会なんてするのかよ·····」

虎之介の呟いたツッコミに妖狐は反応せず、闇の広がる森に向かって一吠えした。

すると、何処から現れたのか、狐がぞろぞろと広場に集まってきた。

案内をしてきた妖狐は貫禄のある細身の狐に話しかけた。

「長老様。竜也様をお連れ致しました」

長老と呼ばれた老狐はヨボヨボと歩いてくると、竜也の前で座った。

「···ようこそおいで下された、鬼の倅殿よ」

「·······」

竜也がその言を聞き、すっと目を細めると、辺りの気配が一変した。

虫の鳴き声がやみ、鳥が一斉に飛び立ち、生き物の気配が消えた。森にピンと張り積めた緊張感が漂う。

陰陽道の修行をした虎之介は隣に立つ竜也の気配が変わったことに気づいた。見れば瞳が闇夜の中でも分かる程紅く染まっている。数日前のあれはやはり目の錯覚ではなかったのだ。

思わず虎之介はゴクリと喉を鳴らし、一歩下がって周りを見渡すと、狐たちが怯えたような表情で尻尾を足の間に挟み、竜也を見つめる姿が目に入った。

何か気に食わないことを言われたのだろうか。

そういえば老狐は竜也のことを『鬼の倅』と呼んだ。倅とは息子のことだ。一体どういうことなのか。

「···何か失礼なことを申しましたか?」

震える声で老狐は竜也に問うと、彼は紅い瞳のまま優しげな笑みで答えた。

「···いや、なんでも?それより、何故私をここに呼んだのですか?何か複雑な事情がおありだと察しますが」

「···その通りでございまする。我らはこの地を先祖代々受け継いで参りました。しかしながら三月前からこの地に化け百足が住み着いてしまったのです」

「化け百足ですか。なら退治してしまえばよろしいでしょう」

「それがそうもいかぬのです。実は化け百足の体液には毒があり、斬るにしろ焼くにしろその体液が流れれば、その毒がこの地に染み入ってしまうのです。そうなればこの地の作物は枯れ、何百年、何千年をかけて地の底に埋もれるまで生き物の住めるところではなくなってしまうのです。それだけは避けねばならない」

「なるほど。打つ手なしと考え、私を頼ってきたわけですか」

「はい。貴殿ならば何か策を考えつかれるのではないかと」

老狐は竜也を見上げ、必死な目で訴えた。

「どうか、どうかこの地をお守りくだされ!この地を後の子孫にも受け継げるように、この地に豊かな自然が残るように···!」

老狐の必死な姿を見つつ、竜也は考えを巡らす。

老狐の望みはこの地に何の影響も残さず、化け百足を退治する、あるいはどこぞへ追いやるというものだろう。

しかし退治するにしろ追いやるにしろ、結果的に戦いになるのは目を見えている。一滴の血も流させることなく終えるにはどうするのが最善の策か。

すっと目をつむり、考え続ける竜也を老狐は祈るように見つめ続けた。

この鬼の倅は、あやかしの中でも最も強いかもしれないと言われる程の実力を持つ。彼が手を貸してくれなければこの地に住み続けることは難しくなってしまう。

どうにかして彼を説得し、この地と一族を守ることが長老としての使命。そう考え、老狐は口を開こうとした。

しかし先に竜也は目を微かに開き、同時に口も開く。見れば瞳は紅から漆黒に戻っていた。

「分かりました。その件、私が解決しましょう。しかし、条件が一つあります」

「条件ですと?」

「ええ。それをのんでくださるのならば、力をお貸しします」

「·····その条件とは?」

竜也の出した条件の内容に老狐は目を見開いた。


「河井先生は何故教師になろうと思ったんですか?陰陽道の修行をされたのでしょう?」

化け百足のいるという場所まで森の中を歩いている時、突然竜也が口を開いた。

「陰陽道の修行をしたのは、自分の身を守るためですよ。見鬼の才を生まれつき持っていたので、幼い頃に陰陽師に預けられたんです。そこでずっと修行をしながら学校に通ってたんですけど、学校は好きで、勉強もそこそこ好きだったんで、じゃあ教師になりたいなって」

「なるほど。では陰陽道の修行もかなり長くされていたと言うことですね」

「でも戦闘に加われるほど強いわけではありませんよ」

「身を守れるのならば十分だと思いますよ。···と、言いたいところなんですが、河井先生にも少し手伝っていただきたいことがあります」

「手伝う?何をですか?」

虎之介の問いには答えず、竜也はニヤリと冷酷な顔で笑って話を続けた。

「もちろん、封じるだけでも良いんですけどね。でも何らかの拍子に封印が解けてしまえば、また同じことをしなければならなくなります。そんな面倒なことをするくらいなら、別の方法でとっとと退治してしまえば良いと思いましてね」

「別の方法と言うと?」

「実は知り合いのあやかしが草木の生えない、あやかしの住めない土地を作りたいと話していましてね。今回の化け百足の件を利用すれば簡単に出来ると考えたわけです」

「ちょっと待ってください。なんでそんな土地を作ろうなんて考えてるんですか?」

「たしか、武術の修行をするためだとかなんとか···。まあ、あやかしの世界なので、何をしても実力があれば許されるし、問題はないかなぁと」

「問題ありまくりじゃないですか···」

常識人の虎之介は大声でツッコミたいのを抑え、呟くと、考え込んだ。

この世界には人間の住む世界と、あやかしや幽霊の住む世界の二つが重なりあって出来ていると言われている。決して同じ世界ではなく、時の流れも大きく違うが、全く違う場所に存在していると言うわけではなく、あくまで重なりあい、共存している複雑な摂理だ。

そしておそらく妖狐の住むこの地はあやかしの世界だろう。あの森のどこかで二つの世界が繋がっているということだ。

そして虎之介はずっと気になっていたことを聞きたくなった。

虎之介はチラリと斜め前を見る。竜也は笑みを浮かべたまま、ゆっくりと歩いている。機嫌はさっきより良さそうだ。

「···あの、竹内先生」

「なんでしょう?」

「·····さっきの狐が言った、鬼の倅とはどういうことでしょうか?」

ピタリと足を止め、振り向いた竜也は虎之介を真っ直ぐ見据えた。

虎之介は何故か目を離すことが出来なかった。そして全身の毛穴という毛穴が広がり、ぞくりと背筋が震えた。足がすくみ、動けない。

これはおそらく、妖気だ。

妖気はあやかしの強さに比例する。この妖気はおそらく虎之介が過去に出会ったどのあやかしよりも強い。

闇を背にしているぶん、迫力があり、より恐怖を感じやすくなっている。

紅い瞳を微かに細め、ため息をついた後瞳を閉じ、漆黒に戻してから竜也は口を開く。

「···私はもと、人間の生まれでしてね」

「·······はあぁっ!?」

虎之介は驚きを隠せない。人間があやかしになるなど聞いたことがない。

そんな虎之介の姿に竜也は笑みを浮かべる。

「本当ですよ。もともと人間の夫婦の間に生まれた、ちゃんとした人間です。でも、幼い頃に両親に捨てられ、鬼に拾われたんです。その時私は瀕死の状態で、鬼は私を助けるためにその血をくれたんです。鬼の血は高い治癒力を持ち、その血に順応できれば人間でも鬼と動揺の力を手に入れることが出来る」

「···そして竹内先生はその血に順応した、と」

「話が早くて助かります。その通りです。そうして私は生き延びたんです。私が生まれたのが何年かは分かりませんけど人が甲冑を着て争っていた時代ですから、だいたい五百年くらいは生きているんじゃないでしょうか」

「五百年···。確かに、人間ではあり得ませんが」

「私を拾った鬼は鬼の棟梁でしてね。鬼の棟梁は鬼の中で一番強い者がなるんですよ。そして鬼の血は力が強れば強いほど順応しづらく、順応出来たならば強大な力を手に入れることが出来るんです」

「だから竹内先生は人間でありながら、あっという間に強い力を手に入れたと···」

「ええ。その通りです。私は、拾ってくれて、さらに育ててもくれた養父ともいえる鬼を『父さん』と呼んでるんですよ。だからあの老狐は私のことを鬼の倅と呼んだのでしょうね」

竜也は微かにため息をつきつつ前を向いた。

「···これまで私を半妖と蔑んだものは数多くいました。だから彼らを見返すためにも私は強くなりたいんです。強くなり、私の悲願を達成するために」

顔は見えないが、彼が決意を固めていることは良く分かった。

「そうだったんですね。ありがとうございます、教えていただいて」

「それで、なんですけど。河井先生」

くるりと後ろを振り向き、イタズラっぽい表情で竜也は笑った。

「私は人間の世で生きるために年齢を偽っていますが、一応河井先生とは同い年なんです。どうせなら、下の名前で呼んでいただけませんか?」

「下の名前?」

「ええ。今まで呼び捨てで呼び合う仲の人間っていなくて。どんな感じなのかなってすごく興味があったんです。プライベートだけで構いませんから、呼んでいただけませんか?···どうせ私の正体をばらしてしまったのなら、細かいことは気にしなくても良いかと吹っ切れてしまって」

恐怖の対象である鬼の発言とは思えぬ内容に虎之介は思わず笑ってしまった。そんなことなら別に問題はない。

「構いませんよ。んじゃあ、俺のことは虎之介って呼び捨てで呼んでください。俺も竜也って呼び捨てにします。ああ、呼び捨てするならついでに敬語も無くしましょうか!そっちの方が楽だし!」

ニカッと大口を開けて笑った虎之介に竜也も淡く微笑んだ。

「もちろん」

その後他愛ない会話をすると、意外にも気があった二人の中は急激に縮まった。

その後も話しながらゆったりと歩いていると、突然首筋がピリピリとする感覚があった。

「···竜也、これ···」

「ああ。おそらく化け百足の気配だろうね」

「聞くのを忘れてたんだが、俺は何をすれば良い?」

「化け百足は何匹いるか分からないんだ。何か確認する術はあればやって欲しいんだが」

「それなら式神を使えばなんとかなるかもしれない。ちょっとやってみるか」

虎之介はジャージのポケットから呪符を取りだし、呪文らしきものを唱え始めた。

すると、符が光り、一羽の鳥になった。

「近くにいる化け百足の数を確認してこい」

鳥は大きな翼を広げ、夜空に飛び立った。

「あれが式神か。確かにあやかしとも人とも違う気配だ。······ところで虎之介、明日も学校はあるが、このまま手伝ってくれるのか?」

「なーに言ってんだ!ここまできたら手伝うに決まってんだろ!ちょっとは友人を頼れよ!!」

「友人···か。·····そうだね。お願いするよ」

これまでのどの笑みとも違う、嬉しげな笑顔で竜也は言った。

すると、バサバサと羽音が聞こえ、式神が戻ってきて、虎之介の肩に止まった。

「·········なるなど。ご苦労さん。戻ってくれ」

ポンッと可愛い音がして、それは符に戻った。

「数は二匹らしい。なんとも言えない数だな」

「なあ虎之介。お前、どのくらいなら戦えるんだ?」

「どのぐらいって···結界を張ったり式神を使ったりとかだな」

「そうか···。じゃあここをずっと真っ直ぐ東に向かって走ってくれるか。その先に小さな小屋があって、狼のあやかしが住んでるんだ。彼に竜也に言われたと前置きして事情を説明したあと、小屋の回りに結界を張ってくれ」

「お前はどうするんだ?」

「私は化け百足を連れてそこまで行く。そこなら適当に斬って退治しても大丈夫だから」

「···囮になるってことか」

「囮ってほど大層なものではないよ。適当に刺激しながら逃げれば良いだけだし」

にこっと笑い、竜也は頼むよ、と言い残し化け百足のいるであろう方向に駆け出した。

姿が見えなくなると虎之介はため息をつき、東に向かって走り出した。


しばらく走り続けると、小屋らしきものが見えてきた。

小屋までたどり着き、扉を叩く。

夜中のためかしばらく誰も出てこなかったが、叩き続けるとガラッと扉が開いた。

突然開いた扉に虎之介は驚いたが、開けた小屋の主の姿に更に驚いた。

そこには狼がいた。不思議なことに着物を着て、二本足で真っ直ぐ立ち、不機嫌そうな顔で虎之介を見る。

しばらく呆けてしまったが、本来の目的を思いだし、虎之介は口を開いた。

「夜分遅くに申し訳ありません。竹内竜也に言われて来ました」

「竹内竜也?なんで主がそんなことを。ってか、なんで主があんたと関係あるんだよ。あんた人間だろ」

どうやら竜也とは主従関係にある者らしい。確か竜也が彼の名前は疾風だと言っていた。

「竜也とは同じ学校に勤める同僚の関係です。竜也の知り合いの疾風さんですよね」

「竜也だぁ!?おいてめえ、俺の主にそんな言葉遣いで許されると思ってんのか!?」

いきなり怒鳴られ、さすがに驚いたが聞いているうちにだんだん苛立ちを感じ始めた。

なんでこいつに説教されなきゃいけないんだよ。俺は嘘は言ってないし、むしろ竜也に頼まれてここまで来たのに。

「悪いけど、今はそんなこと話し合ってる暇はないんだよ。あんたの主が今戦ってんだ。おとなしく俺の話し聞けやコラ」

語尾が荒れてしまったが、言いたいことは伝わったらしく、疾風の顔は引き締まった。

「どういうことだよ、主が戦ってるって!!」

「まあ、落ち着いて聞けって」

虎之介は状況を細かく説明し始めた。

「じゃあもうすぐ主がここに来るってことか。ならすぐに結界を張ってくれ。小屋が壊れても困る」

疾風は武器を手にすると素早く外に出た。

すると闇夜にピンと張りつめる緊張感が漂い始めた。

しばらくしてドドドドド、という重い足音が聞こえ、足音の主のものとは思えぬ強い妖気が感じられた。

そして、漆黒の髪をした青年が森から姿を表した。

「·····主!!」

竜也は化け百足を適度に刺激しつつ疾風の小屋まで木に跳び移ったりしながら駆けた。何も知らぬものから見れば天狗と見間違えたかもしれない。

百足の攻撃を軽くかわしながら跳びつつ見れば、小屋の前で疾風がひきつった顔で竜也を見上げていた。

その顔にクスッと笑うと、疾風の横に跳び降りた。

「久しぶりだね、疾風」

「なに危ないことしてるんですか、主!!」

「ごめんごめん。前に疾風が修行のために草を無くしたいと言っていただろう?ちょうど良いかと」

「そんなことどうでも良いです!危ないことをしないでください!」

「だってねぇ、頼まれちゃったんだよ。断りづらかったし」

「だったら俺でも誰でも配下を頼ってください!主の命を守るのが仕事なんですから」

「うーん、それは違うよ、疾風」

化け百足が竜也に向かって毒液を吐く。

結界の外に出つつ竜也は微笑みながら言った。

「お前たちの仕事は私のために生きることだ」

どこからか刀を取りだし、化け百足の頭上に艶やかに跳び刀を振り下ろす。

胴体が真っ二つに割れ、化け百足は耳障りな悲鳴を上げる。

竜也は気にせずもう一度刀を振り上げ、今度は頭を叩き割るように斬った。まるで舞を舞うかのような優雅な身のこなしだ。

「一匹目終了っと。さて、もう一匹は···」

さらに森からもう一匹が現れ、竜也に向かって突進してきた。

竜也は同じようにひらりと頭上に跳び、刀を振り下した。今度はうまく急所をついたのか、一撃で仕留めた。

(化け物かよ···)

虎之介は開いた口が塞がらなかった。いくら虫とは言え、化け百足の体長は人間五、六人分程度だ。決して小さくはない。

それを一撃で仕留めるなど、人間ではあり得ないことだ。

そんなことを考えていると、竜也がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。

「ご苦労様、虎之介。終わったよ」

「···ああ。そうみたいだな···」

取りあえず返事を返すが、虎之介は驚いていた。

「おい、竜也。その服···」

「ああ、困ったね。明日はどうしようかなぁ」

さほど困っていないような顔でヘラヘラと笑う竜也に虎之介は思わず怒鳴ってしまった。

「馬鹿か!あの百足の血って毒が含まれてるんだろ!そんな返り血を全身に浴びちまったらもうその服使えねえだろうが!!」

「うん。このワイシャツはもう使えないね。予備は一枚しかないから、買いに行かないと」

のんびりとした口調で話す竜也に虎之介はあきれ返ってしまった。

ここまで楽観視できるというのもある意味才能だ。

「ってか、お前毒は大丈夫なのか?百足の毒がどのくらい強いのかは知らねえけど」

「ああ、それは大丈夫。私は毒に耐性があるからね。この程度の毒なら大したことはない」

「そうなのか···まあ、取りあえず一旦家に帰るか」

「え?何を言っているんだい?」

小首をかしげながら竜也は言った。

「は?何って、家に帰ろうって話」

「今何時だと思ってるの?」

「は?どういうことだよ」

「だから、今は人間の世界じゃ六時半くらいだろうから、家に帰る暇はないよってこと」

「はあぁ!?」

虎之介は叫ぶ。

「だって考えてごらんよ。人間の世界とあやかしの世界は時の流れが違うんだよ。確かにこちらの世に来てから三時間くらいしかたってないだろうけど、向こうじゃもっとたってるんだよ?」

「嘘だろ···」

「嘘じゃないよ。だから今から人間の世界に戻っても、家に帰る暇はないんだって」

「じゃあお前服はどうするんだよ」

「ああ、それは···」

くるりと後ろを振り向き、竜也は疾風を見た。

「お前の着物を貸して欲しいんだけど、いいかな?」

「········」

完全に着物を借りるつもりの竜也に虎之介は何も言う気にならなかった。


「化け百足は退治しました。あとはお任せします」

広場に戻り、老狐に報告した竜也はにっこりと笑った。

「じゃあ、失礼します。あと、例の件、忘れないでくださいね」

その言葉を聞き、狐たちがビクッと震えたのを見てさらに笑うと、竜也はすたすたと森を出ていった。

「なあ、竜也。最初に言ってた条件ってなんだ?」

「ああ、別に大したことじゃないよ」

「大したことだろ。皆怯えてたじゃねえか」

「本当に大したことじゃないんだよ。ただ、今生徒たちが育てている野菜があるだろう?あれを食べるなって言っただけ」

「···ほんっとうにそれだけか?」

「······もし食べたらこの世の終わりっていうぐらいの恐怖を味わわせると言った」

「だからじゃねえか!!可哀想に」

「要は食べなければ良いんだよ。生徒たちがあんなに一生懸命に育てているんだから、教師としてはそれを見守ってやりたいと思うのは当然だろう」

竜也はにこりと笑った。

「·········」

(今年は害獣の被害は少ないだろうな···)

生きるために食べている狐に初めて同情した日だった。


その後二人は森を歩き続け、ようやく学校についたと思った時には七時五十五分だった。この学校の始業時間は八時だ。

「うわっ!やっべえもうこんな時間かよ!」

「だから言っただろう?帰ってる暇はないと」

「なんでお前はそんな冷静なんだよ···。教師が遅刻するとか絶対ダメだろ」

「別に職員室に入っていれば良いんじゃないかな。多分怒られないと思うよ?」

「·····多分怒る前にお前の格好について聞かれると思うぞ」

「?何で?」

「今どき学校に着物着てくるやつがあるか!なんて言い訳するんだ!」

「え?そりゃあ汚しちゃったから借りたって言えば···」

「俺、お前のその何でも楽観視できる才能が羨ましいわ···」

もうあきれ返って何も言う気にならなかった。この鬼の常識はかなりずれているらしい。

職員室に入った時、他の教師から何かあったのかと心配げに話しかけられたことは言うまでもない。


竜也が一人の友人を得て、また人間の世界を楽しみ始めた頃、あやかしの世界では新たに事件がおころうとしていた。










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