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5.エリアルvs巨獣

 イビルギガンテはこの森に潜む強力な魔獣の一体として名高く、普通は複数人で綿密な討伐計画を立ててから臨むような強力な相手となっている。

 昼に倒した怪魚が小動物にさえ見えてしまうような魔力を、巨人から感じ取れる。


「これは少しだけ、本腰を入れないとかな」


 奴は人間の往来にはまず出てこない、森の奥深くを根城にしているため、あまり問題視はされていない。

 それでも一度出くわしてしまえば豪腕に押し潰されたあげく、強力な魔法や巨大な体躯から繰り出される踏みつけ、拳の餌食となることはまず疑いようがない。


『グルルル』


 獰猛な獣は知恵が働く。

 相手が自分よりも圧倒的に小さくても、むしろその企みに主眼を置き、万全を期そうとする。

 生まれてから死ぬまで、不定期に繰り返されるそれは、いかに尖っているかに生物たちそれぞれの命運が試されていると言っても過言ではない。


「あんな危険な魔獣に戦いを挑むには早過ぎる。熟練の冒険者でも戦いを避けるほどの相手だぞ」


 テムズはベテランなりの豊富な経験を活かし、無謀、蛮勇に映る彼女の制止に動く。

 怪魚との戦闘で先走り過ぎていたことにも大層肝を冷やした先には、結果勝利の女神がこちらに微笑んだ。


「油断は禁物だ。自惚れていると足下を掬われかねない。この俺のようにな」


 同じ過ちは繰り返さないし、繰り返させない。

 散々痛感させられた教訓を胸に、やけに昂っている彼女の奢りに類するであろう戦意を咎める。


「大丈夫だよ。ご主人様から力をいただいたあたしにかかれば倒すことなんて簡単さ」

「なんでそんな軽口を叩けるんだか。絶望されるよりは全然良いが」

 

 エリアルのヘラついた態度が気になるものの、攻撃を避けながら喋る余裕もあるようなので、そこまで気にするこちらがおかしいのかと、頭を悩ませる。

 あの魔獣の危険性を知るテムズの制止を振り切り、彼を守るための強さを求め、エリアルはイビルギガンテに無謀とされる戦いを挑む。 


『うがぁぁぁぁぁ!』

 イビルギガンテは拳を振り下ろし、エリアルを殴って潰そうと画策しているようだ。

 すり潰そうがそのままであろうが、この魔獣が食う分には等しく栄養源。それならば確実に生命を絶つのが、精神的な荷重無く食うには適切な処理となるだろう。


「人間はともかくとして、獣の精神分析なんて反吐が出る」


 対抗する彼女はこれを逆手に取り、腕を斬り落とそうと刃を突き立てる。

 イビルギガンテの表皮は匠に打たれ、磨き上げられた鉄のように強固で、相対している本人であるエリアルは眉をひそめていた。


「短剣、食い込んでいないな」


 彼女が突き立てた短剣はさほど深手にはなっていない。

 巨獣の肉が硬く、戦闘用に研ぎ澄まされた特注品ですら食い込んでいかないようだ。

 エリアルはこの事実を知ってなお、お構いなしに接近戦に打って出る。硬い外皮を破る魔法や武器を持っておらず、活路を見出すためにはこの一手しかない。


「チッ、無駄に硬い。こっちは特別性なのに通らないなんてね」


 腕で捕らえられそうになったので仕方無く仕切り直す。捕まったら元も子も無いからだ。

 幸い、相手の分析力が裏目に出ているようで、イビルギガンテは彼女の狂気を警戒して深くは踏み込んでこない。


『ギィィィィィィ!』


 してくるのは臆病風に吹かれ、腕や足の先端で間合いの際から槍先で突くような甘い技くらいだ。


「一応は警戒してくれているようだ」


 小康状態に至り、テムズは額に染み出した汗を腕で払う。

 味を占め、木陰に隠れるエリアルであるが、こちらは逆効果。

 イビルギガンテはエリアルの動向を確かめるために、彼女が隠れたと判断したら即座に野太い腕が風を切り、森の地形を勝手に変遷させる。


「うぎっ!」


 エリアルは背にしていた木ごと、木っ端の一部として跳ね飛ばされる。

 小さくて軽い身体は高空に浮かび上がり、目にしたイビルギガンテはすかさず彼女を上から、巨大な手を覆い被せるようにはたき落とす。


「ふぎゃ!」


 エリアルは邪魔なものが取り払われた何も無い大地に前面から減り込む。

 切り株だけが無残に残された荒廃した地の中心で、彼女はめっきり動かなくなっていた。


「エリアル! だからあれだけ言ったのに」


 テムズはあれだけ危険を提言しておきながら、聞く耳もほどほどに突っ走っていた彼女が迎えた末路には頭を抱える。


「むにょ、むにゅにゅ」


 頭の辺りが出来損ないの火山のように盛り上がり、そこから枯れ果てた植物片が混じる土に塗れたエリアルの頭が、彼女自らの叡智により掘り起こされる。


「お、お前は不死身なのか」


 イビルギガンテが津波のような猛威を背中に預けながら迫っており、予断を許さない状況に置かれている中で、彼女は自らのペースを守っていた。


「はい、このエリアルはどうやら無事ですね。防御はしていましたから」


 出血はおろか、骨折なども確認することはできない。

 防御態勢がどれだけ完璧なら、これだけ綺麗な姿を保てるのだろう。

 その硬さは魔獣顔負けの硬度を誇っていて、少なくとも生身の人間において、他の追随を許さない。


「着ていたローブはちょっと痛みましたが、必要経費と割り切るしかありませんか。申し訳ありません」

「ローブなんて代えがいくらでも効くから構わない。それより自分の身を案じろ」


 良心を捻り出して無事を聞くも、彼女はどうやらそうした心配の言葉も無に帰すくらいの回復力をもって、実際の無事を証明していた。


「そこまで言う必要は、無さそうか。ちょっとどころか、大分野暮ったかったかもしれない」


 イビルギガンテは他人の事情も知ったことかと言った風に、巨躯で直接威圧するように押し寄せてくる。

 やや小ぶりに映ったそれも、近づけば人の心を容易く奪う一種の殺戮兵器として有力な働きを見せる。


「土よ、うなれ≪ランド・アッパー≫」


 テムズは傷を庇いながら、指先に集約した魔力を媒体として魔法を放つ余裕が生まれていた。

 矢面で大立ち回りを演じるエリアルにばかり注力したことが仇となり、テムズを戦力としては数えていなかった。

 イビルギガンテにとっては短い時間ではありながら、不意の瞬間が完成、そこを見事に貫かれ、穴を開けられる。


「ありがとうございますご主人様。助太刀、感謝!」


 盗賊稼業で培っただろう高い身体能力を活かして疾風のごとく、縦横無尽に奴がこれまでに喰らった骸舞う大地を駆ける。

 イビルギガンテはもう、小さな虫がちょこまかと足下を這うのが我慢ならず、轟音を声帯から打ち鳴らし、癇癪を起こした。


「筋肉が貫けないなら、思い当たる弱点はまあ」


 足下は巨体を打ち付けた重量に凹み、振り回される腕は巨木を歪に捻じ曲げる。

 腕に対して跳び上がり、大きく突き出している目玉を狙うことにした。


「眼球くらいなものか」


 目玉は人間であったとしても、化け物であったとしても、自然の猛威に晒されて鍛えられた魔獣であっても数少ない、鍛えようがない部位となる。


「くたばってね、化け物さん」


 細い足からは想像もつかない野太い蹴りが弱点と見られる巨獣の目玉を穿つ。蹴られた部分は衝撃に耐えられず破裂し、内側からは紫色の血液が滝のように草木を押し流す。

 激痛に喘ぐイビルギガンテは化け物に相応しい悲鳴を伴って尻餅をつき、大きな隙を曝していた。そうして負傷した目玉を庇いながら苦しむ姿は何とも痛々しく映る。

 それを加味しても弱肉強食の世界に生きる彼らに情けは不要であった。恨みを持って生き残った敵は執念を糧に、いくらでも強さを得られ、将来戦う際には危険な相手となることもしばしばある。

 テムズはともかくとして、魔術で狂ったエリアルからはもはや相手を慮って逃がそうとする感慨は喪失している。

 出会った敵は容赦なく排除し、後に至るまでの危険を排除しようという合理的な考え方は、おそらく永遠に変わらないだろう。


「ご主人様の手に勝利を」


 体格や体力の差から、長期戦は不利を極める。そのため怯んでいる隙に一気に決めるのが賢明だ。

 そのように冴える思考の中で素早く結論を出した彼女の、敵を殺すまでの過程は洗練されていた。


「一気に決めさせてもらうよ」


 温存していた体力を振り絞り、秘めたる魔力を解放、イビルギガンテに対しては斬れ味が物足りない短剣に魔力を注ぎ込む。


『グォォォォォォ!』


 イビルギガンテが知能の高さを活かして魔法を行使し、遠くからの反撃を仕掛けてきた。

 魔力を帯びた巨大な手を地面へ置くと、氷から形成された鋭利な針が多重に飛び出ていき、先にいるエリアルを串刺しにしようとする。


「魔獣の魔法なんて、これだけで十分」


 対抗馬として苦し紛れに出された≪アイス・ニードル≫の壁を横へ魔力を溜め込んだ剣を払うことで一掃。障害の消えた道へ飛び込む。 

 高揚した気持ちを乗せつつ、エリアルが巨獣の目玉の奥にある脳を潰そうとするのを読み切ったように、腰をじっくり据えて、人間と等しい落ち着きを持って構えている。

 決して自らの死を認めない、巨獣イビルギガンテの傲慢な生存本能が無知な人間に畏れをもたらす。


「しまった!」

「エリアル!」


 勝負を決めることに急ぎ、固執し、反撃への予防に割く意識を薄くしたことから油断していた彼女には、手痛い迎撃であった。

 今度は防御なんてあったものではなく、体勢は不完全なのが断定される。

 イビルギガンテがエリアルの足を掴んでそのまま振り回し、木の幹に投げつけた。


「かはっ!」


 彼女は勢いよく硬い自然の成す壁に打ちつけられ、ダメージから吐血する最中、それでも立ち上がろうとしていた。

 身体は死にかけてもエリアルの瞳は死んでおらず、再度戦場に足を踏み入れようとする。


「深傷だ。もう無理はするんじゃない。それ以上やったら間違いなく死ぬぞ」


 テムズのためだけに強くなること以外、頭に無いからこそできる、彼女の自己犠牲な死に急ぎだ。

 当のテムズは彼女を死を恐れ、戦地へ再度赴くのを止めようとしていたが、抵抗する意思をより強めていたエリアルを屈服させるには至らない。

 魔術によって傀儡となった少女はより一層憐れだ。そんな、愚かな彼女を支えるのは主人への歪な想いに由来する。


「ゲホッ、殺さなきゃ……殺さなきゃ」


 血反吐を吐きながら、傷だらけのエリアルはその疲弊した身体を惜しまずに駆動させ、巨大である魔獣イビルギガンテにはない素早さをさらに引き上げ、奴を撹乱する戦法をもちいる。


「パワーじゃ現状あいつには敵わない。ならばスピードで勝負しかない。それも全てを引っ張り出すように、もっと早く……」


 魔術によって感情という枷が外れた彼女の身体能力だけはかえって、本来あった自分か、はたまたそれ以上を取り戻したようであり、あのクラスの化け物に怯えることも、ダメージに屈することも無い。

 毅然とした態度でこれを当たり前の武器にしながら向かっていく。

 それは熟練のテムズですらやらないような無茶が過ぎた、命を投げ打つがごとき無謀な行為であった。

 ここへ来て、苦境に立たされていた形勢において獅子奮迅の活躍が光る。エリアルが少しずつだが、あのイビルギガンテを押し始めていた。


「うりゃぁ!」


 イビルギガンテはその攻勢に圧されて堪らず後退りし、氷の魔法を絡めて柔軟な応戦に出る。

 魔獣の本能は、結局は人間の論理で塗り固められた思想とは似ても似つかない。

 先ほどの反撃に代表されるように、生き残り、獲物をなんとしてでも仕留めるためだけに洗練、特化されたもので、そこに効率的な倒し方や複雑怪奇な魔術式などはどうしても介入しにくい。

 そういったものは大概人間の領分であり、住み分けはある程度は為され、剛力の魔獣に、知恵の人間と、人間界におけるパワーバランスはある程度確立されていた。


『グギャァぁぁぁぁ!』


 強力とはいえ、イビルギガンテの用いる魔法は偶然の産物である“アイス・ニードル"のみで、対応札には乏しい。

 退かぬ攻めの思想に後押しされている彼女が、一度受けている魔法程度で屈するはずも無い。

 剣の一振りで針の壁を打ち砕き、イビルギガンテの懐へ有無を言わせず飛び込んだ。


「お前を殺して、糧にする。ご主人様を守り抜くための糧にだ」


 彼女にはそれだけ無謀という言葉が似合っていて、その無謀はやがて化け物を倒すほどにまで追い詰めていた。

 木に背を預け、逃げ場を失った魔獣は腕を振るも、あらぬ方向どころか、宙を舞った。

 そこにあるはずの腕が根元から消えていた。

 秘めていた力を解放したエリアルは素早さだけでなく、攻撃力も跳ね上がっている。

 硬くて難儀していた皮膚を、手に持った短剣が今度は難なく斬り落とし、恐怖を着実に与えていた。

 魔獣はまるで理性があるかのように瞳から涙を流しながら、助けを懇願しているようであった。


「それは周りにある骸、お前が食ってきた生き物たちに示しが付かないよ」

 エリアルはやはり、イビルギガンテへの情けは微塵もなかった。それもそのはずである。背後に残った手で忍ばせている大岩で潰そうとする魂胆が透けて見えている。

 手を抜いたところで背中を刺そうとする狡猾な奴に手玉に取られて命を奪われるというのが、この世における悲しき運命となる。


「うがぁぁぁぁ!」

「隠しているのは見えていたよ」


 見逃されなかったことで激昂し、岩を押し付けようと最後の抵抗。

 嘆かわしく、醜く追い縋ってくる魔物に擦れ違うエリアルに、イビルギガンテの動きも止まる。

 振り返って反撃などもないままに、奴の首がずれていき、最期には陥落した。

 

「はぁ、やっとか。時間も惜しいし今度こそ死んでくれるかな」


 月が夕陽を侵食する紺色の空を横目に流しながら、首を切ってもなおしぶとく生きている奴の生首。

 これに彼女は短剣よりも何倍も長い、本命である剣をもってとどめを刺す。

 剣が潰れた目玉ごと脳を貫き、奴の生命活動は沈黙した。

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